第37話:最後のバクチ:バカとハサミは使いよう

例によって体育館裏。

時間が無いのに秋晴れが能天気でいやがる。

浅倉はもじもじ落ち付かない。

自分のいさみ足で私をイジメに追いやったい目があるからだ。

私は、それを利用し、私の間合まあいを取る。

わざと黙るんだ。

すると、浅倉は、ますます居心地いごごち悪くなる。

きまりの悪い職員室みたいな空気が出来上がったところで、私は言葉を投げ付けた。

「私、辞める。もう、我慢できないッ」

「ちょっと……!」

 浅倉が泣きそうな声で身を震わす。

「水谷が演出しないんなら、私もやらない。あのシーンは二人で作ったんだから」

「どうすんだよ、文化祭……」

「あのシーンがなくたって劇は成り立つ」

「そんなこと言ったって……。せっかくいいシーンなのに……」

 トホホ……と腹の底から力がびろーんと抜ける。

「あんた、私が今どんな状況か知ってんの?」

 浅倉は、口をとがらせ、甘えて言う。

「悪かったと思ってるよ……」

「こっちは死活問題なんだよッ!!」

 ぶった切ってやった。

 浅倉の背中が、ヤドカリのようにキューンと申し訳なさそうに丸くなる。

 私は、情けを掛けず、ジリジリと追いめるようににらみ付ける。

 浅倉は目を合わせられずに下を向いて、所作しょさの取りようがなく、またもじもじする。

 こらえ切れずにのそのそと舌なめずりをして口のかわきをふせいでいる。

 男前なだけに、なおさら腹が立つ。

 思わず手が出そうになる。

 しかし、本題はこれからだ。

「一つだけ質問に答えたらチャラにしてあげる」

「何だよ……」

 物乞いのように上目使いで顔を上げた。

「水谷のこと、どう思ってるの?」

「何のことだよ」

 オチャラかそうと逃げやがる。

「答えて!」

 私はドスをかせた。

 浅倉は、恥ずかしいのか、こんな事を言わされて腹を立てているのか、ムスッとして考えている。

 これを逃したらもう後はない。

 私は、鼻息を荒げて睨み殺すように黙り込んでやった。

 すると、逃げ切れないと思ったのか、浅倉は、ようやく観念して、のそのそと話し始めた。

「気になってたよ。ずっと前から……。頼りになるし、いろいろ世話してくれるし……」

 私は、この答えに理屈で腹が立った。

「だったら、何で止めなかったのよッ。三年間世話女房みたいに甲斐甲斐かいがいしく世話してもらって。あんたが舞台に立てるのも、あいつのおかげじゃないッ」

「……」

「違う?」

「そうだよ」

 !。

 私は、右の拳をヤツのどてっ腹に力いっぱいえぐり込ませた。

 今度は感情で腹が立った。

 ボグッと音がして、制服のボタンが指の骨にガリッと食い込む。

 薄皮がけて、しるにじむ。

 浅倉の顔が、しぼった雑巾ぞうきんのようになった。

「何すんだよ!」

「あいつは、あんたにれてる。あんたが説得すりゃ、あいつは部に戻る。だから、辞めるなって言えよッ」

 浅倉の眉毛まゆげが八の字になる。

「そんなことしたら西野たちが……」

「西野がツッコんできたら、私のせいにすればいい。私は今さらどうなったって変わらない」

 私は、浅倉を重く見据みすえた。そして、また睨み付けた。

「……」

 浅倉は黙った。

 眉毛は平らになっていた。

 私は、ただ黙って辛抱しんぼう強く待った。

 ここは慎重にいきたい。

 最後の賭けだ。

 待つしかない。

 すると、浅倉は、恐る恐るボソリとつぶやいた。

「本当に俺のせいになんないんだな……?」

「約束だ」

「破ったら?」

「あのビラを撒いたのは私だ、って教育委員会にでもどこにでも訴えればいい」

「お前なのか……?」

「どうだっていいッ。約束だッ」

  私は、じっと最後のにらみを効かせた。

「わかったよ……」

 浅倉はようやく嫌々そうに納得してうなずいた。私は、ヤレヤレと、その場を切り上げた。

 こっちは、腹が決まってるんだよ。


床屋の仕上げ。

首とえりの隙間に両人差ひとさし指を入れ、スーッと上から下へすべらせてやる。

柔らかくてつややかで慣れた指だ。

入れられた浅倉は気持ち良さそうにムムーッとあごを上にり上げ、すがままにされる。

そして、再び首を襟元に埋めて深呼吸。

笑顔がこぼれる。

次に曲がったネクタイをキュッと直し、へこんだ結び目の中に小指をなめらかにねじ込んで、ふくらませてやる。

肩のホコリをササッとはらうのはご愛嬌あいきょう

浅倉の顔がきりりと引き締まる。

浅倉は、そのまま胸板を突き出してあずける。

すると、今度はジャケットの胸ポケットに白いハンカチをしゅるしゅるっとしのび込ませ、かどをピンッと立たせてやる。

浅倉の口元が片方ニヤリとり上がる。

最後に、ジャケットの前と後ろのすそをパンッパンッと引っ張ってしわをとってやり「いってらっしゃい」とポンと背中を押してやる。

水谷作「浅倉公爵」の出来上がりである。

浅倉は背筋が伸び、お尻がピンッと上がって堂々と見える。

変わるもんだ。

浅倉は、そのままニコニコと発声練習。

水谷は、我が子のお遊戯ゆうぎを見つめるお母さんのように、心配そうに、だけどにこやかに見ている。

見てられんな。いいコンビだよ……。

こいつは、この先も、女房の尻に敷かれて生きていくんだろうな……。

悲しくて笑える。

文化祭まであと三日。


ここで、少し厄介やっかいなことが起きた。

今岡が再び狙われ出したのだ。

やはり、ビラきの容疑らしい。

面倒なことになったなあ……。

私がだんまりを決め込めば、私の前にイジメられていた今岡に火のが飛んでいくのは当然の成り行きか。

犯人が決まらないまま卒業するのは、それはそれでいいんだが、冤罪えんざいが起きるのはまずい。

ほかにも目を付けられている奴もいるって言うし……。

早く言わないと誰かがやられる。

しかし、今言えば文化祭がパーだ。

今日を入れてあと二日……。

文化祭はゆずれない。

みんな、それぞれ、文化祭に向けて走っている。

でも内心は、横目でチラチラ他人を疑いながら、あのビラのことで頭が一杯なんだ。

暗黙の了解で口には出せないのが、なおさら息苦しい。

あれだけの事件を一言も口に出さない方が不自然だ。

もう、みんな、とっくに酸欠状態。

どうする?。

言うか……?。

大騒ぎになるぜ、学校中が……。

私は、教室を見まわす。

人の目を見る。

じっとじっと見る。

みんな、焦点の合わない寝ぼけた目。

いや、寝ぼけたフリの目。

みんな、死んだフリ。

でも、生きてる頃より酸素が欲しい。

苦しそう……。

窒息寸前だ。

よしッ。文化祭の日だ。

当日決行だ。

今岡。すまない。

あと二日、こらえてくれ。

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