第5章 敵対:戦うことを恐れるな!

第36話:立て直し:水谷、お前って女は……

案の定、八坂はヒロインを降りた。

だろうな。

これで舞台に立ったら、恥っさらしのスポットライトだ。

西野が説得していたが、本人はしおれた野草やそうのように首を横に振っていた。

八坂が降りると、ついでに西野派の演出も制作三役もみんな降りた。

元々、八坂の太鼓たいこ持ちだ。神輿みこしが無いのに寄り集まっても意味がない。

一斉に潮が引く。

ドロドロドロドロうみを出し尽くしたという感じだ。

傷口は涼しく軽い。

部室。

残った水谷たちが、八坂が腹いせで床にき散らしたヒロインの衣装を見つめている。

急に水谷の瞳がクワッと引き締まった。

剛速球で副部長含め部員たちに言葉を投げつける。

「進行表はッ!?」

「大雑把だけど一応記録されてます」

「何幕まで行ってる?」

「クライマックスの手前まで終わってます」

「役者を全員集めてそこまでの台詞せりふ合わせをしなおして」

「はいッ」

「セットは?」

「背景の組み立てが残ってます」

「今日中に終わらせて。照明の段取りどうなってる?」

「まったく……」

「私がゲネプロで合わせる。ステージの使用許可取ってきてッ」

「分かりました」

「効果音は?」

「素材全部捨てられました」

「今回は無しでいくッ」

「はいッ」

「ギター、どう?」

「余裕。浅倉と合わせるよ」

「お願い」

「役者が少し足りない……」

「スタッフを使う。3年は一人二役掛け持ちッ」

「ヒロイン、どうするの?」

「辞めたあのを引っ張り出すしかない。今、何やってるの?」

「帰宅部みたいです」

「復部させる。私が説得する」

「顧問に何て言うの?」

「台詞が入ってるのはあのしかいない。あの以外なら上演はムリだ」

「池田をビビらすしかないね」

「それでいこうッ」

「忙しくなりそうね」

「立て直しだッ!!」

水谷が空へ向けて大きく叫んだ!。

忙しくなってきやがった。

立て直しである。

裏方は西野派以外の者で固めた。

記録係の帳簿が残っていたので、新任者は、引き継ぎなしで大体すんなり業務に移行できた。

そして、水谷が、退部した2年生のヒロインを連れ戻してきた。

一度断わってきたが、水谷派全員の力技でき伏せた。

このは、西野たちのやっかみが怖い、と正直に打ち明けたが、次期部長に推薦するという条件でオトした。

次期部長は前任部長が推薦することになっていた。

このが、演劇科の大学を目指して頑張っていたのは周知の事実だった。

そこをうまく利用した。

それに、右も左も分からない1年の入部時から、ずっと今まで水谷に育ててもらった役者だ。断われないだろう。

さらに、ヒロインなんて、なりたくてもなれない、役者としてはおいしい役でもあるわけだし。

新ヒロインを立てることに対しては誰も文句は言わなかった。

言えなかった。

文化祭まであと4日である。

台詞が入っている者はこの以外にいない。

西野は、文化祭自体を降りてしまえ、と腹いせに爆弾を投げ込んだが、しかし、これは池田が打ち返した。

文化祭に失敗すれば、顧問として責任問題である。

あいつのケツの穴の小ささが、ここへ来て幸いしたわけだ。

ヒロインが決まると、部は、冷え切ったエンジンながらも、何とかいつくばるように走り出したかに見えた。

ところが、水谷が、突然、9割がた仕上がったところで辞めさせてほしいと言い出してきた。

何故!?。

みんな、め寄った。

理由はここまでのゴタゴタをまとめ切れなかった責任を取りたいとのことだった。

こういう事態になったのは、自分が部長として統率できなかった力不足にある、と言った。

オイオイ……。ここに来て何だよ。

こんなどんでん返し起こして喜ぶのは西野だけだぞ。

少しゲンナリあきれたが、水谷らしいとも納得した。

私は興奮する水谷をなだめる。

「何もそこまでしなくても……」

「もう舞台はできた」

「そりゃそうだけど……」

「これでいいッ」

水谷はキッパリかたく発する。


お前って奴は……。


みんな、説得したが、気持ちは固い。

頭も固い。

クソ真面目で融通ゆうづうが利かない野郎だ。

まあ、私も、そこにれて、結局、部を辞めなかったわけだが……。

しかし、ほとんど舞台は仕上がっているとは言え、ここに来て水谷を辞めさせるわけにはいかない。

絶対いかない。

私は、最後のバクチに出た。

浅倉を呼んだ。

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