第31話:いびつな心:自己否定と自己肯定

あふれた。

止まらない。

ベッドの中でさなぎのようにうずくまって身を震わせ泣いた。

理屈が通ると、今度は感情が一気に溢れ出た。

毎日石堂くんに胸震わせた日々。

廊下ですれ違うときにドキドキする瞬間。

食堂の遠くの方で目が合った喜び。

合った気がしただけかもしれない。

でも、気がしただけで一日元気になれた。

そして、ギターについて語り合った軽音楽室。

石堂くんが必死に『Smoky 』のイントロを練習する息のおとを背中越しにいつまでも見ていた。

そして、手が触れたときの石堂くんの身体からだの熱。

伝わったこっちまで熱くなって……。

好きだと言われなくてもいい。

このコード教えてくれよ、って言われるだけで胸がけそうになった。

あの日々……。

すべては灰になって私の胸の奥から吹き飛ばされていく……。

一歩で乗って一歩で降りた。

それだけの瞬間。

そして、もう、あの手の温もりは戻って来ない。

私がFのコードを「こうだよ」と言って指を触ったとき、石堂くんの指先は小刻みに震えていた。

あの一瞬は、永遠のものとして私の心に刻まれることはなくなった。

ばかだよ……、私……。

あの、心ときめかせた日々は何だったんだろう?。

ギターのげんの音ひとつに胸を躍らせていた時間は何だったんだろう?。

今岡と同じ。

一瞬にして昨日の白が今日の黒になってしまった。

黒と言わなければならなくなってしまった。

な石堂くんのオチンチンを想像して下半身を熱くさせていた自分が悲しい。

処女を捧げるなら石堂くんと、勝手に胸算用して、

自分の都合のいいお伽噺とぎばなしの中でヒロインを気取っていた自分が、

恥ずかしくてみじめで烏滸おこがましくてならない。

自惚うぬぼれていた。

でも、美しい夜だったんだ。

私なりに……。

私は、石堂くんが好きでたまらなかった。

セックスしたかった。

服を引きちぎって乳房を握りつぶして欲しかった。

でも、もう、私と石堂くんは、以前の私と石堂くんには戻れない。

元々、何もなかったことが、偶然盛り上がって、それがまた元にリセットされたと言えばそれまでだけど、何かが違う。

私は、カジノに、軍資金10万持っていって、百万儲けた。そして、調子に乗って百万スッて、また10万に戻った。でも、今回の場合は、元手の10万までも失ったような気がする。

そして、さらに新しい借金を背負わされたようで、心にグサリと大きな穴を作ったような気がする。

人なんて世間なんて、ややこしくて、どうなるか、どうなっているのか分からない。

先のことなんて……。

入り組んだ人間関係なんて……。

私は世間知らずだもの。

でも、やっぱり私は男の人が好き。

恋がしたい。

セックスがしたい。

かと言って、次の日から、石堂くん以外の人に心を移せるほど器用でもない。

まだ心残りがあるんだ、正直……。

〝気持ちを簡単に切り換えてしまう自分〟には、何だか罪の意識を感じてしまう。

壊したい。

この世の中を。

何もかも捨て去りたい。

自分の世界と壁を捨て去りたい。

人間関係も部活も恋愛も、すべてを元から無いものにしたい。

 殺意……。

どいつもこいつも、そんなに西野が怖いか?。

私は、西野と八坂の中傷ビラを作成して、学校中にバラきまくる姿をリアルに想像する。

やってもいいと本気で考える。

あいつらを舞台から引きり下ろしてやる。

二度と立たせないようにしてやる。

私の、高校処女喪失の夢はついえた。

石堂くんの胸に飛び込む姿はもはや無い。

ビラ撒きをやる・やらない。

私に残された自由は、この選択をすることでしかない。

こんなこと本気で考えている自分が怖い。

膀胱ぼうこうちぢんでキリキリ痛い尿意が頭にツーンと頭痛となって走る。

自分でも押さえ切れなくなっている。

私、怖い……。

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