第16話:ほふく前進:恋は追えば逃げる

昼休み、久しぶりに軽音楽室に行った。

十代の男の子が散らかした部屋。

エロ本でもないかしら。

置きっぱなしの楽器。読み投げられた楽譜。散らばるCD。壁にられた不器用なライブのチラシ。

ここで演ってたんだなあ……。

薄汚うすよごれたスカイブルーの絨毯じゅうたんに足を踏み入れる。

ふわっと包まれる感じ。

何気なく楽譜をめくる。

陽に焼けた箇所と真っサラな箇所。

棚のCDを爪弾つまはじいて適当にあさる。

ミスチル……。こんなのってんのか、今……。

一人……。

自分の部屋に居るように遠慮なくドカッと座った。

楽だなあ……、一人。

ギターを持つ。

ネックがすんなり指にまる。

少しきたい。

何にしよう。

ジェフ・ベック。

偉大なギタリストだ。

中2の時、通過点と思って一年掛けてベックの『オレンジ』をコピーしたら、到達点だった。

ベックをコピーすると、ジミヘン以外のほとんどのロックギタリストが弾けてしまう。

フィードバックとかファズトーンとか、大概たいがいのギターテクが入っている。

「よッ……」

持ち上げると思わず声が出た。

なんか重いな。

ここ数日、まともに弾いてないからなあ……。

ピン、ポン、ポーンとチューニング。

じーんとアナログの血がかよった音が響く。

れ」……。

鼓膜こまくに……。

外から?。

小さい。

足音?。

突然、ぼわっと重い引戸ひきどが開いた。

冷たい空気。

小さなとげのようにチクチク顔面に突き刺さる。

思わず顔をそむける。

瞬間、かすかな光。

男の人……?。

ゆっくり目を開ける。

「やあ」

石堂くん……。

急に胃がクーッと縮まり、のどがカーッっとふくれ固まる。

まずい、静かだ。ドキドキしてる。どうしよう……。

嬉しいけど、でも、いきなり……。

とにかく、平生を装わなきゃ。

取りあえず笑って、彼を大きく受け入れているように見せかける。

「ギター?」

 石堂くんは、照れくさそうに聞いた。

 彼のほっぺたの薄桃色うすももいろふくらみを見ると、私も照れ臭い。

 でも 余裕を見せなきゃ。

「うん、何となくね」

「いいね、いつでも弾けて」

 少しノリが良くなった。が合ったのかな。

 息が重なったみたい。フワフワ浮くよう。

「適当なんだけど……」

 少し間がく。めないと。

 恥ずかしくて笑う。

 でも、またすぐに空く。

 今度は少し長い。

 運動場の遊び声でも聞こえないかな……。何か言わなきゃ。

「ギター決めたよ」

 石堂くんから切り出した。

 でも、それだけ……。

 恥ずかしいのかな。落ち付いているようだけど……。

「そう」

 私は笑顔でうなずいた。

 ギターは、私が先輩なんだから取りあえず余裕を見せなきゃ。

 でも、そうすると、やっぱり変な間が空く。

 下手したてに出れば良かった。

 気まずい……。

「フェンダーの中古。いきなり新品だと生意気だから」

「そんなことないよ」

 いつの間にかプライベートな話をしている。怖い……。

「文化祭の準備、進んでる?」

 たまらず、学校の行事に話題を変えた。

 石堂くんは黙る。

 ギターの方が良かったの?。

「このあいだ言ってたチャーって人のCD聴いた。『Smoky 』って凄いね」

 きと嬉しそう。

「ああ、あれはね」

 やっぱりギターの話か。

「どう弾いてんのかなあ……、あそこ?」

 私の持つギターを見ている。

「どこ?」

 話を続けようと、私はギターを渡す。

「出だし。どうやっても同じ音が出ない」

 ぎこちなく弾く石堂くん。

 初歩的なミス。

「ああ……、それは、スカすの」

 私は手真似てまねで指し示す。まだ距離は遠い。

「スカ。『チャッ』じゃなくて『スチャッ』。2拍と4拍、下から上へ」

「こう……?」

 石堂くんが振り向く。

 初めて目が合った。

 ウッと息をみ込んで思わずどうしていいのか分からずに見つめてしまう。

 でも、石堂くんは、あくまでも練習。

 ここがもどかしい。

 石堂くんは、ひたすら弾く。

 私は、ゆっくり導く。

 音が合ってくる。

 そして、納得したのか、石堂くんは手を止める。

「すごい曲だったんだ」

 嬉しそうに照れくさそうに顔をゆるめる。

「十代のときに作っちゃったんだって」

 私が説明すると石堂くんは笑う。

 私も笑う。

 同じ空気を吸う。

 私は少し得意気。

「そのあと、ピンク・クラウドってバンドで、色んなすごい曲、作ってるの」

  ふーん、と石堂くんは意味ぶかげにうなずく。

 そして、ポロポロ何気なく音を弾く。

 石堂くんは目を合わさない。

 何考えてるのかなあ……?。

 しっくりしているような気はするんだけど。

 私に余裕が出てきたのかしら?。ちょっと前にいってみようか?。

「他にどんな人聴くの?」

「ジミヘンとか」

「わあ、いきなりテッペン」

「俺、Fシャープがどうしても弾けないんだ」

「ああ……」

 Fは最初に突き当たる壁だ。

 Fが弾けなくてギターを止めちゃう人は多い。

 Fか……。考えていたらまた間が空く。

 石堂くんは喋らない。

 目も合わさないし……。

 どうしたらいいんだろう?。

 私が教えるなんてちょっと失礼。

 プライドが傷つくかなあ……。

 でも、彼からは言えないだろうし……。

 でも、この時間ってチャンスだ。

 ちょっと冒険しちゃえ。

「ちょっと弾いてみて」

 石堂くんは、ニコッと私を見た。やっぱり待ってたんだ。

「こう……?」

 不細工に爪弾つまびく。

 ククッ、ククッと盛り上がる石堂くんの肩。

 乱れる指先。

 襟元から白いうなじのぞく。

 クリトリスがモリッとふくれ上がった。

 さわりたい。

石堂くんは、ひたすら真面目にFを弾いている。

Fの音が呪文のように繰り返し繰り返しクネクネとつぶやく。

汗で濡れたたわむれる細く白い指。

この指でおっぱい揉まれたらどんなに……。

弾きすぎて指が疲れてしなびてくる。

教えるフリして触っちゃおうかな……。

少し覗き込むように身体からだを寄せる。

ギターのボディの隙間すきまから彼の股間。

彼の動かすネックの先が私の胸を揉みそうになる。

さわりたい……。

ええいッ、触っちゃえ。

突然、彼の手が止まる。

え?。なぜ?。

行き場の無い私の手。

ああ、やめないで……。

すると、突然、モワッと彼の鼻息が私の手首にかかった。

お尻の穴がキュッとちぢみ上がる。

なま温かい。

「疲れるねえ」

ニコッとてかる唇の赤!。

私は、思わず彼の手をゴツッと石のように鷲掴わしづかみにした。

熱い。当然だ。ずっと練習している。

彼が少しビクッとなって背筋を伸ばした。

白いうなじ

舐めたい。

何やってんだろう。触るつもりが掴んじゃった。

どうしよう。話題、話題……。ジミヘン……。

私は、咄嗟とっさに鷲掴みから彼の親指をそっとつかむ行為に切り換えた。

石堂くんは、キョトンとした顔でそっと私に振り向く。そう慌ててもいないのかな?。

「何?」

「親指で6弦を押さえてみたら?。手が大きかったらできるかも。ジミヘンはそうしてたんだよ」

「こう?」

 石堂くんがやってみる。やはり、ジミヘンほど大きくない。身体がよじれる。

「無理みたい」

 二人して笑う。

 骨がけたようにドロッと身体が垂れ落ちた。

 脇の下の汗。

 ムンッとしている。

 襟元えりもとから蒸せ返る。

 においが伝わったらまずい。

「ピンク・クラウドのCD、何かあげるよ」

 石堂くんの目が、アイドルの出待でまち客のように輝く。

「いいの?。廃盤になってるんじゃ……」

「うん。ウチ、練習用に聴くのが何枚もあるから」

 身体から湯気が出ているよう。

「ありがとう」

低音の太いドシッとした声、興奮で喉元のどもとはずんでいる。

私も嬉しい。

石堂くんの身体が、ちょっと片寄った。

ギターを立てる台が私の側にあるので、受け取って私が定位にしまった。

5時間目は体育。

石堂くんは足早に出ていく。

手渡しするときに小指がかすった。

へその下あたりが熱い。

少し濡れた……。

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