第17話:派閥争いと権力抗争:女の火種はそく発火

部員の中で、身の振り方を考えてくる連中が出てきた。

水谷に付く者。西野に付く者。

水谷にはそんな気はないのだろうけど、やはり派閥ができる。

1年からのきの3年生、あと、1・2年生の純粋に演劇に興味がある者は水谷派。

それ以外の浅倉に興味ある者が西野派。西野、八坂公認で浅倉にイチャつけるわずかばかりのおこぼれにあずかろうとする奴らだ。

私は、心情的には水谷派と言いたいが、

浅倉とのワンシーンだけの、しかもギター演奏のゲストみたいなものなので、

立場上は中立派になる。

でも、いつでも水谷の指示を優先させる心持ちでいる。

派閥ができて空気がよどんだ。

挨拶は無い。

部屋に入ると、西野派が床にコンビニ前のチンピラのようにべちゃーっとたむろして、ヘラヘラうんこ座りして取りとめもなくペチャクチャ話をしている。

出席は取らない。

記録係が目で確認してノートに記す。

発声練習も西野派はしない。

水谷たちが自主的にやっているだけ。

これをやるたびに、派閥間の亀裂が深まっていくような気がする。

水谷たちの発声練習が終わると、水谷が「はじめまーす」という事務的な号令を掛ける。

と言っても、西野派に対する連絡でしかない。

まるで国対委員。

すると、西野派がえさをもらえる牛のように、のっそのっそとフロア中心までやってくる。

西野は、この号令を聞くたびに煙たそうに舌打ちをする。

記録係、会計係、そしてスケジュール調整などをやる制作進行、

この制作三役が水谷に付いているので、結局は、水谷抜きでは部は動かないのだ。

西野派は、日に日に休憩時間にたむろしては、水谷の不満や悪口を聞こえよがしにネバネバとベトつかせるようになった。

それでも、文化祭という共通の目的で稽古けいこは何とか続いていた。

ある日の稽古までは。


「スタニスラフスキーって何だよ?」

 休憩時間に浅倉が水谷にじゃれつく。

「メソッドのこと。リアルさを追究した演技の方法論の一つなんだけどね」

水谷は、難解な数学の問題を聞きにきた生徒にじつに明瞭に解答を優しく教え導いてやるように言う。

浅倉に好意を持つ奴らは、突然の専門的な用語の華麗なあやつりに、攻撃的な興味と嫉妬しっとの眼差しで二人をにらむ。

「俺も、そんな芝居しなきゃいけないの?」

 何も知らない浅倉が照れくさそうに聞く。

「理屈だよ。今のままで充分よ」

 これがまた柔らかく優しい。

「これからもよろしくお願いします、部長ッ」

冗談めいて浅倉が甘える。

部室に寒気が走った。

バカ……、何てことを……。

後ろ見てみろよ……。

西野派の連中が、口をあんぐり開けて、平然としながらも眉間みけんにだけはいびつしわを寄せてにらんでいる。

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