第9話:石堂君:ささやかな初恋

中古楽器屋……。

と言うか、ほとんど中古ギターショップ。

学校から駅の間になぜかある。

私は3年間結局ここには一度も入らなかった。

学校の連中と出くわしたくなかった。

昔から、この手の、ミュージシャンくずれの金髪頭の店員が嫌い。

私たち素人に業界話の能書のうがきれることで、デビューできなかった腹いせをしている。

話す暇があったら練習しろ。ギターで勝負しろよ。

秋の終わりの暮れかけの路地に、店内からかびたレモン色の灯り。

煌煌こうこうと無意味に力強くからまわりして手招てまねきしている。

入ってやるか……。

立飲み屋に寄らざるを得ないオヤジのやるせない気持ちってこんなもんか……。

「いらっしゃいませ」無し。と言うか攻撃的ににらんでいる。

女子高校生に何が解かるのかよ、と一瞥いちべつニチャっと視線をくれて、馴染なじみの金髪のニーチャンとヘラヘラ話を再開。

構わず入った。

所狭ところせましとギターが安物のクリスマスツリーの飾りのように四方に散らされている。

申し訳程度にベースやキーボード。

寝ぼけてるなあ……。

触るとほこり

丸めて玉にして爪弾つまはじく。

頼むから弾いてやってくれ。

楽器は生き物なんだよ、ニーチャン。

レジの背後のガラス張りのケースにアンティークの非売品。

ギターを飾るな。

現場で弾きこなせ。

やっぱり入らなきゃよかった。

思った通り。これ以上居たって時間の無駄。

さっさと入口へ向かう。


突然、石堂くん……。

涙が出た。

じーんと本当の涙だ。視界がうるむ。

「あ……」

 知っててわざと驚いたフリ。

「やあ」

 石堂くんは照れくさそうに笑う。

「どうしたの?」

 本当にどうしたんだろう?。こんな所に。

「ギター始めようかなって……」

 マジかよッ。

「へえ、これから?」

 私は、彼のプライドを傷つけないように、下手したてに明るく努める。

 石堂くんはニコッとはにかむ。

「うん。あ、上手いんだよね。かなわないってみんな言ってる」

 私のこと知ってた。

 キュンと肩がね上がる。

「どれ買うの?」

「ギブソンってのがいいって聞いたんだけど」

「ギブソンは初めてじゃ難しいかも。自分の音が出るまで時間が掛かる」

「へえッ」

 石堂くんの目が私に食い付く。

 がっつくなよ、私。

「フェンダーが鳴りやすいよ、ロック系のギターだし」

「ギブソン、聴いてみたいなあ。ちょっとってみてよ」

急に身体の中からリズムがき出してくる。

私は店員に、ちょっと弾かせて、と確認した。

どーぞー、としなびた声が返ってくる。

私は、アコギのギブソンを持ってイスに座る。

なに弾こうかな……。

久々にブルブルッと身体からだが鳴る。

私は、アルバート・キングの「Got to Be Some Changes Made 」のイントロを軽く弾いた。

店員のニーチャンがギョッとした顔でこっちを見る。

アルバート・キングはコピーするのに超難解なギタリストだ。

石堂くんが

「スゲーなあ」

うなった。

一千万人の拍手より嬉しい。

石堂宏一。

私はこの人が好き。

知的なメガネ顔がカッコイイ。

この歳で縁無ふちなしの眼鏡が似合っている。

無口だし、何だか柔らかそうで優しそうだ。

校内ではそんなに目立つ人じゃない。

出しゃばらない。

いつも6番手ぐらいの人。

そこがいい。

自己主張するのが好きじゃないのかしら?。

すごくクールだったりして。

少し色白で髪がサラサラ、ひ弱そうかも。

でも、眼鏡の奥は結構キリッとしてるんだ。

体育の授業のとき発見した。

私だけの秘密。

誰もまだ告白こくってないはずなんだけど……。

荒れた私の爪。

マニキュアもネイルアートもしていない。

これって、やっぱ変?。

不器用な私には、そういう才能がないのか、

男にこびを売るのがヘタだし、そんな行為に時間も掛けたくない。

石堂くん、私のどこ見てるのかなあ……?。

私のギター?。

それとも取りあえずふくらんでいる胸?。

私は丁度目の高さにある石堂くんのアレばかりに気を取られている。

みんな、はっきり言えばいいのに。オチンチンが好きだって。

とは言うものの、やっぱ言えないか……。

申し訳ない……。

ホントは私だって着飾りたいんだ。

だけど妙に背骨がくねくねするようなムズかゆい恥ずかしさを感じる。

でも、何に対して恥ずかしいのかは分からない。

そんな自分にムカツク。

自分にムカツいているのを認めたくないから、その矛先ほこさきを他人に向ける。

だからと言って、攻撃的な言動を取ることはできない。

そんな勇気も無い。

だから、またムカツク。

グルグルグルグルとどこに向かっていいのか分からず、ムカツク……。

「じゃあ、また」

三文さんもん歌謡曲の歌詞みたいな別れ台詞ぜりふわしていつもの電車に急ぐの石堂くんと別れた。

彼は駅まで自転車だ。

容赦ようしゃなく暗闇の中へ真っすぐ黒くにじんでいく。

ギター以外の話は発展しなかった。

私は物欲しそうな目をしてぽかーんとあごを上げて未練がましく見送るよりほかない。

あのギターのネックを不器用につかんでいた手で触れられたら……。

遥か遥か遠い話……。

電車に乗ると窓に自分の間の抜けた顔がボケたネガフィルムのように浮かんでいる。

気がゆるんで、情けなくてめ息が漏れる……。

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