第8話:大きな人:再スタートさせてくれた

体育館裏。独りギターを弾く私。そこへ水谷。

「あ、学級委員が呼んでたよ」

「ありがとう」

 水谷に目もくれずこつこつ弾く私。

「何て曲?」

「え?」

 弾きやめて水谷を見る。水谷が優しく微笑んでいる。

 何の裏表もない笑顔。思わず声が出てしまう私。

「ジェフズブギ」

 ちょっと照れてた。

「ジェフって人のブギ?」

「ジェフ・ベック。ギターやる人には神様みたいな人」

「難しそうね」

「練習日課なんだ。これだけは弾いて寝る。色んなテクニックが凝縮された曲なの」

「うちのお父さんがクラプトンが神様だって言ってたけど?」

「ああ、そう言う人もいる。でも、私はベック派」

「何とかペイジ」

「ツェッペリン。よく知ってるなあ」

「お父さんがよく聴くの、フフ」

 水谷も照れてた。

「ペイジもすごいよ」

「クラプトンとどう違うの?」

「クラプトンはメジャーコードがうまい。たとえば……」

 クラプトンのフレーズをあやつる。

「ペイジは?」

「マイナーが巧い。こういうの……」

 ペイジのフレーズを軽くこなす。すると、水谷が目を見開いて感嘆する!。

「おもしろいッ!」

「影響を受けたブルースマンが違うんだ」

「へえ。じゃあ、ベックは?」

 目を輝かせる私。

「超越してるよッ」

 ベックのフレーズを華麗に操ってみせる。

「こんなの平気で弾いちゃうんだ。時々、弾いてないんじゃないかって思う時があるよ」

「へえ。あ、ジミヘン?」

「ああ……。別格だよ。良い子のみんなは真似しちゃダメ。でも、私は良い子じゃないから弾く」

 遠慮なくジミヘンのフレーズを弾く。

「こんなのッ。でも、これで簡単な部類なんだッ。もう人間業じゃないよッ、テヘヘッ」

 私は心底笑って答えた。

「すごいッ!」

 やめろよ、照れる!。

「ねえ、文化祭、何やるの?」

「ダメッ。四面楚歌ってやつ……」

「その才能を人前に出さないのはもったいないよッ」

「ありがたい言葉だけど……」

「ウチ来なよ。一緒にやろうよ」

「演劇部に?」

「とにかくそのギターはいいよッ」

水谷は私の手を引っ張って職員室へ飛び込んでいった。

それから顧問の説得。これが早かった。

強い反対があったが、水谷がなんとか説きふせてくれた。

私は「芝居なんてできない」と断わったが、ギターのシーンを台本に追加してくれた。

だから、

〝発声練習も、他の部員たちの稽古にも付き合わなくていい、ただギターの練習だけしていろ〟

と言って、部に入れてくれた。

私としては、すごく救われて、もう一度人前で弾く気になった。

水谷のおかげで音が出せた。

またバンドでやれるかもしれないという気持ちにさせてもらった。

そんな義理もあるので、今回だけはやり通そうと思っている。

半分以上水谷のためだ。

それから水谷の書き加えたシーンの練習をひたすらするようになった。

久々に人前でギターを弾けて嬉しかった。

どんなシーンかと言うと、

映画『アマデウス』のラストシーン、

レクイエムを作曲するモーツァルトとサリエリよろしく、

主人公宅の下女である私が、天才芸術家・浅倉の指導に従ってギターの腕を磨いていく、というシーン。

実際に浅倉の台詞せりふの指示通りに私が舞台上で生演奏するので、

ライブステージのように躍動やくどう感と緊張感で盛り上がる。

浅倉の男前も一層引き立つってわけだ。

このシーンは部員たちにも評判が良くて、

浅倉も一番に気に入って、珍しく執着している。

確かに、この劇の見せ場で、浅倉が実にクールで引き立つシーンだ。

でも、これは水谷のシナリオのお陰だろう。

水谷は当然音楽のことを知らない。

だから、私が、コードやテクニカルな面を助言して共同で作った。

すると、水谷は、スタッフ紹介に「脚本協力」で私の名前を入れた。

私は

「気を遣うな」

といったが

「だって事実だもん」

と水谷はニヤリと笑うだけだった。

そういう女、水谷って。

まあ、浅倉は嬉しいだろうな、こんなカッコいいシーン。

その浅倉が、今日も、衣装のボタンが閉まらないと、水谷ママに恥じらいもなくおねだりをする。

ほんとにこいつは……。

でも、部員たちは、みんな、衣装だメイクだ小道具だ、と浅倉の世話をやく。

そりゃそうだ。一部のきの部員を除いては、みんな浅倉目当てで入部している。

部活を口実にすれば、八坂に気をつかうことなく、大義名分で浅倉とイチャつけるわけだ。

でも、水谷は、そんないろ目的の部員たちを見抜いているので、役者や制作などの重要な役割は与えていない。

せいぜい裏方の雑用。

生徒たちも、知ってて雑用をしている。

そんなに好きか、浅倉が。

私は、この時ばかりは〝男は顔じゃない〟とつくづく古臭く思う。

浅倉ねえ……。

確かに男前。

この劇には必要だ。

しかし、何だかなあ……。

でも、今回ばかりは大人しくすると決めた。

私の土俵じゃない。

でもなあ……。太鼓たいこ持ちかよ。

そう、太鼓持ちです。

古傷がうずく。

私もまだ吹っ切れてないな、クソッ。

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