第7話:集団:どヘタの人間関係

の光にツルーンと光るワックスの掛かった床をスーッとすべった。

鼓膜こまくを優しくさする。

まだ誰も居ない。

と言うのは嘘で、水谷が必ず一番に来ている。

帰るのも一番遅い。

水谷は演出。

役者ではなく部の管理が専門。

しかし、プロンプターもやるので発声練習は必ずやる。

これを一人で出来るのが水谷の凄いところだ。

大抵、みんな、恥ずかしがってペアでやったり、屋上に行ってやる。

しかし、忙しい水谷は、さっさと一人すみに行って済ましてしまう。

誰よりも早く来て、記録係が付けた稽古・裏方の進行表のチェックをし、

予定表と照合してスケジュールを調整する。

さらに、制作班が付けた部員の出席・体調、部費の出納すいとうまですべてチェックして部の予算を決める。

水谷がいないと部は動かない。

みんな、水谷に任せてあるから安心して稽古ができる。

それに、この殺人的な業務を文句も言わずに一人で引き受けているから、みんな、水谷には頭が上がらない。

授業が終わって、部員がぞくぞくと入ってきた。

揃ったところで出席と発声練習。

向かい合わせで2列になってやる。

お互いの声をチェックする仕組。

それと、恥ずかしさを誤魔化ごまかす効果もあるわけだ。

私は、この発声練習を免除されている。

ギターを弾く1シーンだけの出演なので、私は一人ギターを練習する。

と言うのは口実。

部に入るとき、水谷に免除してもらった。

何だか後ろめたい。

発声練習は、みんな、恥ずかしい。

でも、素人は、これをやってウォームアップしないと、いきなり腹から声は出ない。

だから、仕方なくやる。

みんな、並んで「ア・エ・イ・ウ・エ・オ……」と声を張る。

横で私はギターのチューニング。

明らかに場違いなしらけた音だ。

一人だけらくしているようで居心地が悪い。

でも、他にも悪い理由があるんだ。

実は、私、中途入部者。さらに言うと、これが初めてではない。

私、部活ジブシー。

1年のときのバスケ部から始まって、

吹奏楽部、軽音楽部、ブラスバンド部、でまた軽音楽部、そしてまたまた軽音楽部。

ほとんど音楽系。

が読めるのでどこ行っても重宝される。

軽音楽部は、バンドが変わるたびにわれて行った。

そして、不本意な別れ方をして終わった。

ギターの技術が一人だけ突出しているので、どうしてもメンバーの間で不協和音が起こる。

リーダーは男子だが、技術的には私に従わざるを得ない。

私は、フロントマンがイヤ。

そのくせ妙な自己顕示欲がある。

でも、親分肌ではないので、いつも板挟いたばさみになる。

妥協できない、協調できない、みんなと同じことをやるのが嫌い。

それなのに、意見をメンバーに強要する勇気がないし、みんなをたばねる器量もない。

自分の音楽を見せるのが怖いんだけど、烏合うごうの衆に収まるのもイヤ。

めんどうな奴なんだ、はっきり言って。

技術的なもどかしさもある。

私はギター暦15年。

でも、ほとんどの男子は2・3年。

何でこのフレーズがけないんだと苛立いらだつ。

むこうも女に言われて面白くない。

と言うよりカッコウが付かない。

それで、気まずくなって別れる。

男女だから取っ組み合いのケンカはできない。

しこりができて、破裂することなくふくらみ続けるだけ。

で、どうしようもなくなって私が辞めてうみだしして終わり。

バンドを3回目に辞めたとき、さすがに四面楚歌をくらった。

どこの部も入れてくれなかった。

教師たちも厄介者にした。

対処に困っていた。

あいつを入れると部が乱れる。

そんな声が聞こえてきた。

必然的に帰宅部になる。

家に帰ってもやることはない。

私はしばらく暇になった。

人は集まらない、部室はない、ギターは弾けない。

八方塞り。

バンドの何人かは、まわりが静まったときまたやろう、と言ってはくれたが、

私としては、人と人との関わり合いにうんざりへとへとしていた。

だから、けっこうツッパッてぶらぶらしている時期が続いた。

でも、内心は、すごく寂しかったように思う。

むしろ、より、人を恋していたように思える。

どうにかしたい、どうしたい?、どうしたらいいか分からない、

という完全な行き止まりに入り込んでいた。

3度目の失敗はさすがにこたえた。

もう、部活はできないな……。このままはぐれて卒業だ……。

人間関係をギターと言うのなら、この先一生ギターは弾けない……。

そんなとこまで落ち込んでいた。

そんな時に、水谷が「部に入りなよ」と声を掛けてくれた。

昼休み、毎日つまらなそうに体育館の裏でギターを弾いていたら

「その技術を人前に出さないのはもったいない」

と演劇部に誘ってくれた。


あの時の水谷の淡々とした声がいまでも耳を優しくでる。

「あ、学級委員が呼んでたよ」と体育館裏で水谷。

話は少しさかのぼる……。

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