第6話:演劇部:みんな文化祭へ向かって

鍵は開いている。

40畳ほどのフローリングのホール。

と言っても、実際に芝居に使うスペースはその半分。

側面は、メイク用の鏡面、キッチン、冷蔵庫。

奥のすみは、資料の本棚にパソコンとデスク。

更にその奥に衣装部屋がある。

もう文化祭が迫っていて、小道具や衣装が出しっ放しにされ、ザワついている。

ベランダではセットの制作がされている。

部員は30人。うち男子は4人。

貴重な男子はみんな役者にまわして、裏方は1・2年の女子がやっている。

ただし、今回、ヒロインだけは2年の女子がやる。

こいつは、小劇団あがりでズバ抜けた感性を持っていて、実際に泣ける芝居ができる。

毎日稽古で恥じらいもなく本物の涙を流す。

今回、水谷の書いた台本は、芝居の難易度が高く、

このヒロインの決定に、3年は誰も文句を言えなかった。

まあ、どの部にも1年生からレギュラーを取る奴はいる。こいつは、大根の浅倉をよくフォローしているよ。


ちなみに、どういう芝居かと言うと、

貴族で芸術家でもある青年が、身分の違う若い女と恋に堕ち、

彼女の献身的な助言で才能を開花させる話。

わざと抑えて60%の感情しか出させない水谷の演出に応えるには高度な技術を要する。

最後の恋に生きるか芸術に生きるかで苦悩する二人のラブシーンはこの芝居の山場だ。

高いハードルは役者だけじゃない。

戦前のヨーロッパ貴族の話なので衣装部・装置部の裏方は特殊な素材のあつかいにてんやわんやだ。

たまに美術部や手芸部に作業の段取りなんかを相談しにいっている。

しかし、他の部の人たちだって忙しい。

文科系の部活をやってる奴らにしてみれば文化祭は言わば3年間の頂上決戦だ。

日がつにつれどんどん盛り上がってきている。

帰りのホームルームが終わると真っ先に部室へ直行だ。と言うか疾走しっそうだ。

足音の大きさと速さが増すにつれ、文化祭が差し迫って来ているのを肌にチクチク感じる。

そんなに夢中になれるのって何だかうらやましい。

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