第九話 プリンセス科の授業

「それではー。プリンセス科固有科目プリンセス科第一回の授業を始めます。まず、プリンセスとはなんでしょー。はい。プリンセス経験の長い寄居さん」


 記念すべき授業初日はプリンセス科の授業だ。最初にメイフェアをあてるのは教師らしいといえば教師らしい。メイフェアはケンタウリ主星国はリゲル王国の王女プリンセスだからだ。


「プリンセスとは、王室を継ぐ女性のことですわ。そして王室とはその国をあらわす人たちです」


 メイフェアは立ち上がり、胸を張って答えた。その姿には王室の威厳があるように九重は感じた。


「正解ー。じゃあ、中条さん」


 ルーマン主星国の建前は共和制で王家は存在しないが、事実上、限られた家柄の世襲エリートが君臨している。一人の王女が腐敗した王家を打倒して建国したといわれる。


「プリンセスとは、建国の偉大な存在です」

「正解ー。じゃあ、荻川さん」


 バーナード主星国は二千年前の地球ルーマン戦争のあとに解放された鬼巨人により建国された比較的若い国だ。


「プリンセスとは、英雄です」

「正解ー。じゃあ、ソラさん」


 宇宙生まれのソラはどう答えるのか、というより、最後に当てられると一番困る。それが九重には気がかりだった。まさか「もう他の人に言われてしまったので、わかりません」などとは言えない。そんな回答がプラス評価されるわけがない。


「プリンセスとは、一人とは限らない身分です。何人もいます」


 おいおい、そんな回答ありかよ、と九重は思った。ソラはさも当然だという表情をしている。王室の女性といえば女王クイーンがあるが、それは常に一人だ。そんな回答もアリなのなら、「プリンセスは女性です」もアリそうだ。だが、男子の九重にはそれは言えない。自分がそこにいることを否定することになるからだ。


「正解ー。では、最後に布川さん」


 九重にはもう何も思い浮かばない。そもそも、最初に現役王女に聞いて正解が出たんだからいいじゃないか、これじゃ大喜利だよ、と思った。


 そのとき、ふと、自分の住んでいた地域の昔話が思い出された。何も言わないよりはマシだと思った。


「プリンセスとは、月からやってくることがあるもの、でしょうか」


 なんだか言い方までヘンになってしまった。


「惜しい! 月って何かな? もう少し掘り下げてみて」


 アオイ先生の額の目が光った気が九重にはした。


「衛星?」

「もっと広く! 衛星ってことは?」

「別の天体?」


 アオイ先生は手を叩いた。


「大正解ー! みんなよく知っているようで、先生、安心しました。プリンセスとは国をあらわし、あるいは建国し、英雄であり、一人とは限りません。みなさんも五人いますね。少し多いかもしれませんが。そして、プリンセスは別の天体からやってくることがあります。プリンセス科のプリンセスはそういうプリンセスを育成します」






 その後の授業ではルーマン主星国の「歴史」が例に取り上げられた。


「……ルーマンでは五千年前にプリンセスが王族を追放し共和制を敷き自らは退きました。つまり革命のプリンセスこと四期生の阿部ラータ先輩ですね。本当の王族として偽の王族を駆逐した格好です」


 アオイ先生は容赦なくエトアルをあてた。


「はい、では中条さん。ラータ先輩はどこのご出身でしたか」


 エトアルは間髪入れずに答えた。


「革命のプリンセス・ラータはルーマンの王都の貧民街に隠されて育てられたと伝えられている」


 アオイ先生はにっこり笑った。閉じたままの二対の目が半月の形になる。


「正解ー。でも生まれは地球でーす。そのときのプリンセス科はルーマン分校にありました。ラータ先輩は地球人で、卒業後に、ルーマンに出向かれたわけです。王都の貧民街には有力者の政治犯がシンジケートを作っていたので反政府勢力を作りやすかったんですね」


 エトアルの顔は青ざめている。


「革命のプリンセスが実は地球人だった、だと」


 ルーマン主星国では革命のプリンセスは純然たるタテ耳長人で、おまけに最強のサイコキネシスをもっていたと伝えられていた。


「耳の形の偽装なんて簡単ですし、疑われなければ調べられませんよねー。サイコキネシスは、人間の歴史上、きわめて稀ですが発現の記録があります。別に騙されていたからといって、別に耳長人が特別おバカさんだとかいうことではないので安心してください」


 ルーマンが地球人によって実は作られたのに、二千年前の戦争ではルーマンの優位を主張していた、ということになる。


 九重は、こうしたプリンセスによる干渉が千年周期で行われていることを知り慄然とした。王族や英雄がどこからきたのかなど報道される以上のことは知らないし、関心もない。身近にそんな者がいない限りは。今、まさに自分がそうだとは九重はまだ実感がわかない。

 

「五千年前のルーマンのように既存の国に干渉するようなことは、基本的に今期はないと思います。卒業後の進路は、あるいは、その辺の王家に輿入れか、といったところです。本来の銀河プリンセス業務は危険がいっぱいなので、ただのプリンセスとして輿入れをされる方もいっぱいいらっしゃいますよ」


 そう言うと、アオイ先生はメイフェアを見て微笑んだ。


 メイフェアは「その辺の王家」だの「ただのプリンセス」だのと言われ複雑な表情だ。


「それから、人智外星系に行く可能性もあります。プリンセス科始まって以来の遠征です」


 九重は身を乗り出した。ほかにも前のめりになった生徒がいた。ニココだった。


 宇宙冒険隊への編入がある、ということだ。九重は初めてプリンセス科に入学できたことを感謝した。ニココも冒険者希望なのだろうか、目を輝かせている。


「ともかく、みなさんはー、銀河機構のトップシークレットにして大幹部候補生です。なので、全ての科を知っておかなければなりません。明日からは早速、パイロット科から周ります。今日これからは銀河機構におけるプリンセスの歴史を振り返りますよー」






 放課後、ニココが早速九重に話しかけてきた。


「王家に輿入れとかさ、興味ある? うちはただの武家だからさ。家族は喜ぶかなー」


 九重はバーナード主星国のほとんどの国民が傭兵で「武家」と呼ばれる家族親戚単位で行動していることを思い出した。


「うちはただの零細事業家だよ。妹がいるんだけど、本物のプリンセスになりたいらしいから喜ぶ」


 といっても、賀恵のことだから冗談かもしれかい、と九重は思った。意外にアイツはおれに似て面倒を避けるタイプだ。


「でも、どの王家に輿入れするってことだよね」


 そう言ってニココはメイフェアを見た。メイフェアもエトアルも、一言も言葉を交わさないまま、帰り支度をしている。


「実はおれ……」


 宇宙冒険隊に興味あって、と九重が言おうとしたその瞬間。


「宇宙は広いよ。宇宙のプリンセスを目指すなら、この銀河にとどまってはダメ」


 ソラが言った。


「だね。わたしも、実はあんまり国とかって興味ないんだ。家族は家族でわたしがいなくてもなんとかやるだろうし。となると宇宙冒険隊だよねー」


 ニココはやはり宇宙冒険隊に興味があるらしい。九重は、ソラにいつものフザケたような様子がないことに気づいた。珍しく真面目に見えるのだ。


「実はおれも宇宙冒険隊に興味あってさ」

「わかるわかる」


 ソラの発言が挟まったせいで、九重の渾身の告白がぼやけてしまった。


「あらあら。国も大切でしてよ。現役王女としては強調しておきたいですわ」


 メイフェアが荷物をエレガントなリュックに詰め込み終わると立ち上がった。


「国家の安全保障は家族の安全にかかわる。銀河機構のトップエリートになれるなら、その力を何に使うか冷静に考えることだ」


 エトアルは機能性の高そうなシンプルなリュックに詰め込み終わると席を立った。


 二人はあいさつもそこそこに教室を出て行った。


「なによ。あいつら。ノリ悪くない? わたしらだけであそび行こーよ」


 ニココは呆れ顔でそう言うとすでに詰め込み終えていた革袋を背負った。


 課題もそれなりに出されているし、九重は明日のパイロット科に備えて予習したいところだ。だが。


「行こ行こー!」


 ソラのノリの軽さが憎らしい。


「わたしがいれば、治安が多少悪くても絡まれたりしないからさ、ちょっとくらい羽目外してもいーよ」

「いいねいいねー!」


 いやよくないだろ、と九重は思った。こいつらは明日の授業の心配もしないのに宇宙冒険隊とか言って生き残れるのか。

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