第十話 隣町

 地球の静止軌道上に浮かぶ銀機高近辺には、銀機高とは別のいくつもの人口衛星があり、宇宙シャトルバスでの行き来が頻繁に行われている。それらの人工衛星は、ぞくに「隣町」と総称される。


 銀河規模のエリートに接触したいという連中は後を絶たない。まず、銀機高のエリートを自社に抱え込みたいという企業から、最初は居住空間の改良、増築が申し出られた。銀河機構はそうした支援を歓迎する。さらに、それらの企業はメンテナンスや継続的・安定的にサービスを提供したり、支所を設けたりするため新たな人工衛星を建設する許可を求めてきた。そうして、最初の隣町が建設された。そうすると、銀機高だけでなく、隣町そのものの関係者も常駐し始める。そして隣町は増えていった。


 そんな隣町は銀機高の管理外だ。だから、隣町はその建設者や住人の特徴を反映し多種多様な社会を形成している。ある隣町は特権階級しか出入りできず閉鎖的だし、またある隣町は誰彼問わず人を集めており開放的だ。


「八時のに乗って帰れば十分だよねー。ま、初日だし、コリーナムでお茶くらいで」


 コリーナムは一番大きく開放的な隣町だ。銀機高の設立時から一大文化経済圏を担う大いなるメンテナンスドックで、銀機高の施設のみならず宇宙船を整備し、人々を歓楽施設でねぎらう。建設者は地球人だが、銀機高の多様な種族構成をもっともよく反映し、種族ごとの区画ができている。


 コリーナムへのシャトルバスは、一日に何度も出ている。ニココ、ソラ、九重と並んでシャトルの停留所へと向かう。


 九重は女装で街中に出るのに抵抗があったものの、周囲に異星人がふつうに歩いている状況に慣れると、自分の変わったコーディネートのことなど次第に気にならなくなった。


「ニココちゃんは、もともと銀機校志望だったの?」


 バスのなかでソラがニココに聞いた。ニココが少し眉を上げた。


「いや、なんかほかのコたちとはさ、メイフェアちゃんとエトアルちゃんだけど、なんか雰囲気が違うなって」

「わはは。そうかな。わたしはフツーだよ。そりゃ、王女さまや国軍のエリートとかとは違うんじゃない? 銀機高にはトルーパー科で応募したんだ。バーナードじゃトルーパーがエリートだからねー。ほかの種族だとオンナの子がトルーパーてのはフツーじゃないかも。で、ソラはどうなの?」


 ニココの笑い方は何にも気負うところがない。


「わたしはもちろんキャプテン科に応募したよ。ほら、わたしってキャプテンてかんじでしょ」


 ニココはふんぞりかえっているソラをじろじろ眺めた。


「ちょっと人間の感覚はわからないなー。もしかして、人間はみんなキャプテン科に応募するわけ? 九重もそうなの?」


 まあ当然の流れではあり、九重は覚悟していたが、なんだか答えづらい。


「……おれはパイロット科に応募したけど」

「なんで?」

「どして?」


 ニココとソラが同時だった。


「いや、おれ、冒険家になりたくてさ。ほら、パイロットって操縦するから、宇宙船。冒険隊のなかでも先頭にいるかんじするから」


 一番合格しそうだったから、とは言えない雰囲気だった。


「あはは。九重のことだから一番地味だとか思ったんでしょ、どうせ」 


 九重はどうしてソラにそんなことがわかるのかわらない。ほぼ一日中一緒にいたとはいえ昨日会ったばかりだ。


「っていうかさ、二人はどんな関係なの? 仲良さそうだよね」


 ニココは怪しそうに二人を見た。


「ただのトモダチだよ」

「ただのトモダチだ」


 二人はほぼ同時だった。少しソラが早かったのが九重にはそこはかとなくイヤだった。


「ふーん、そう。ま、いいわ。着いたみたいだね」


 ニココは少し不審そうに言うと席から立った。ニココのようなバーナード人は周りにいないわけではないがそう多くもない。それはそのまま、地球とバーナードの距離を示しているかのごとくだった。


「コリーナムにはバーナードの伝統的な喫茶店があるんだ。ほら、地球系の店ならなんなら銀機のなかにもあるからさ。二人を案内したいんだけど、いいかな?」


 もともとニココからのお誘いだから二人に異存はない。


 コリーナムのことを九重は銀機高のパンフレットで知っていた。注意点は治安の悪い区画に紛れ込まないことと、迷わないこと。コリーナムは聞きしに勝る雑踏の街だ。


 ニココはゆっくりと歩幅の違う二人を意識して歩いているようだった。しばらくすると、三人は繁華街にある少し大きめの建物に着いた。


「ここだよ。ここがバーナードの本格的なスタイルでお茶やごはんが食べられるお店なんだ」


 本格的なスタイル。九重は何か引っかかった。だが、それはすぐに何かわかった。


 店に入ると、すぐに九重は二人とは別の小部屋に案内された。そこには「バーナードのふつうの格好」が用意されていた。つまりはパンツだ。バーナード人は宇宙空間でも活動できる種族であり、生物兵器として多くの武装を抱え込みながら行動するのがビジネススタイルだ。その反動からか、オフでは半裸が多い。そのスタンダードなカフェスタイルは、腹を割って話すことができるということで、他の種族にも人気だ。


 九重はそんなバーナードの文化を知らなかった。そのうえ、久しぶりにオトコ扱いされたことで、さらに緊張した。


 九重が小部屋から出て合流すると、二人とも、地球で言えば水着のような姿だった。ニココの布きれは、昨日の私服よりもさらに布面積が少ない。ソラもほぼ半裸だ。もしこれでメイフェアがいたらどうなっていたのか、九重は想像しないようにした。


「温度はちゃんと人間に合わせてるから、大丈夫でしょ。ほら、行こう」


 ふだんの格好だからリラックスしているのか、九重はニココのテンションが少し高い気がした。


 ニココのあとに二人が続くと、すでに客で埋まりつつある大部屋をいくつか抜け、個室の並ぶ廊下に出た。そのなかの一つの扉のなかに、ニココは二人を招き入れた。


 なかにはバーナードのスタンダードなシンプルデザインの椅子とテーブルが置いてある。


「ここは、わたしにオーダーさせて。おすすめがあるんだ」


 やってきた店員にニココは手早くオーダーを済ませた。九重はニココの手際の良さに感心した。


 すぐにオーダーしたドリンクが来た。九重が飲むと、さわやかな果実のフレーバーのお茶で、ニココが人間向けに選んでくれたに違いないことがわかった。リラックスできる香りだった。


 対面にはニココ、隣にはソラ。半裸の女子と密室にいることに、九重はようやく気づいた。


「リラックスしたところで、二人に聞きたいことがあるんだけど」


 ニココが自分のお茶を一息に飲み切ると言った。


「いや、だからおれら彼氏彼女とかじゃないし」


 九重は焦った。ニココにそういう勘違いをされるのはイヤだった。だが、ニココはそういうことを聞きたいのではなかった。


「布川くん、今聞きたいのはそこじゃないの。ごめんね。聞きたいのは、人間のお二人さんに、地球政府からどんな任務が与えられてるかってことなんだ」


 九重には空気が変わったように感じられた。


「時間もそんなにないし、早くしゃべってもらえれば、早く帰れるし、しゃべってもらえなければ、帰せない。わかるよね」


 ニココは半裸の体を九重のほうに向けた。

 

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