第八話 いっしょにあそぼ

「いやこれ絶対おかしいだろ」


 九重はつい声に出した。


 いくら女子寮でも男子が入寮するのがわかっていれば、用意するのは男子用の制服のはずだ。しかし、容赦なくスカート。サイズもぴったりだ。


 着るわけにはいかない。だが、あの三つ目人の先生はどう思うだろうか? 確か、みんなたいして違わないんだから気にするな、みたいなことを言っていた。同室で着替えさせるともいわれた。


 制服とは、身分や立場の「違い」を無視して平等に学ぶという姿勢を示すものでもある。それを三つ目人のアオイ先生にとっては多少の違いでしかないことを気にして、初日から私服で出席したら。


 九重は戦慄した。九重のような慎重な人間には怖すぎる。たとえ女子と同じ部屋で着替えさせたり、男子に女子の服を無理やり着せたりすることが地球ではハラスメントだったとしても、ここは地球ではない。


 九重は意を決した。毒殺されそうになることに比べれば、たいしたことじゃない。






「おはよー、九重。あらあらー? スカートって、女子のはくものじゃなかったっけ?」


 プリンセス科の教室に入ると、すでに来ていたソラが早速話しかけてきた。ふつうの女子が着るとふつうにかわいい制服だということがソラを通じて九重にはわかった。そのかわいい制服を自分が着ていることは頭から排除したかった。


「そうだとおれも思うんだがな。まあ、男だってスカートをはく文化もあるわけだし」


 ソラのカバンはエトアルが座りそうな席の近くに置かれていた。つまり教壇の近くだ。嫌なところに座るんだなと思いつつも、その辺りに九重は着席した。するとソラはまじまじと九重を見て言った。


「そうだけど、でも学校で女子用の制服を男子が着るってのとはわけが違うと思うよ」


 冷静に突っ込まれるのが、九重には腹立たしい。


「……女子の制服しかなかったんだよ」

「あはは。なるほどね。アオイ先生なら、もし男子の制服を着てたら『どうしてみんなと違うんですかー?』とか言いそうだもんね」


 ソラの口真似は妙に上手い。イラっとする九重。だが、みんなが男子の制服を着れば。


「みんなに男子用の制服を着てもらうわけには」

「わたしたちがいいとしても、それをアオイ先生が許すかだよ。オリエンテーションを見る限り、生徒の要望をすなおに聞いてくれるかんじではなかったなー。ま、がんばってみて」


 そう言って、ソラはにこっと笑った。こいつ、ぜったい面白がってやがる、と九重は確信した。そのとき、教室の扉が開き、大きな人影が入ってきた。


「へー、似合ってるじゃん」


 ニココがでかい腰を九重の後ろの席に下ろした。半裸のような私服と違い制服を着ていると、大きさ以外は可憐な少女に見えることに九重は気づいた。その声はバカにしているふうに聞こえるが、その実、親しみが込められていた。なんとか言い返したい。とはいえ、きみも似合ってるよ、などとは言えない九重。


「昨日は突然消えてごめん。寮に運び込めない荷物があってさ。そんかわり今日の放課後、どっか行こうよ。みんなで」


 九重はドキドキした。ふつうの女子との会話だと思うとアガってしまう。背丈はヒグマほどあるが。


「いいね! いこいこ」


 ソラがさっそく話にのる。そうだな、とようやく九重も言えた。ソラは煩い男友達のようなイメージが強く九重はあまりドキドキしない。にっこりするニココ。九重はやはりドキドキしてしまう。


「そこはわたしの席だ」


 冷たい声が聞こえた。エトアルだ。今日は軍服ではない。制服だ。


「おはよー、エトアルちゃん。どーぞどーぞ! どの教室でも教壇の横が指定席なんだよね。昨日の服も似合ってたけど、今日の制服も似合ってるよ!」


 ソラが調子よく言いながら、自分の隣の席を示した。ニココはエトアルの様子を黙ってうかがっている。ルーマン主星国とバーナード主星国の確執というよりも、昨日のエトアルの態度が原因のようだ。九重も、どう言ったものかわからない。


「おまえ、誰だ」


 ソラを突き放すように言うエトアル。


「やだなー。ソラだよ。昨日の出席確認、ちゃんと聞いてなかった? わたしは聞いてたよ、中条エトアルちゃん」


 ソラは怖いもの知らずだ。九重はまたサイコキネシスが来るかと身構えた。だが、何もこない。


 エトアルは、ふう、と息を吐いた。


「わたしの席だが?」

「あなたの席はこっち」


 ソラはまったく屈託がない。


「まあいい。わたしは名前を覚えるのが苦手なんだ」

「あ、そお? こっちが布川九重。そっちが荻川ニココだよ」


 ソラがあっさりと二人を紹介した。九重は軽く頭を下げた。ニココはジロリとエトアルを見た。


「よろしく」


 そう言うと、ニココは手を差し出した。エトアルは少し躊躇して、それから手を取った。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 ニココはにっこり笑った。


「なんだ、けっこういいやつじゃん!」


 ニココはエトアルの背中を軽く叩こうとした。エトアルは咄嗟にサイコキネシスで勢いを減殺した。


「鬼巨人の挨拶はなかなかキツいな」

「いやー中条さんのサイコキネシスもなかなかだよ」


 ルーマン人とバーナード人の定番のやりとりなのだろうか。九重にはまったくわからない。本当に仲良くなれるのか、この二人は。


「ごきげんよう、みなさま。朝はどうにも弱くて。わたしにも中条さまを紹介してくれませんこと?」


 メイフェアがやってきた。制服の胸元が張り裂けんばかりだ。


「エトアルちゃん、こっちは寄居メイフェアちゃんだよ」


 ソラがさっそく紹介する。意外にクラスのリーダーの片鱗を伺わせる。少なくともこの状況を面白がる胆力がある。


「中条エトアルだ。よろしく頼む」


 エトアルは手を差し出さない。メイフェアは立ったまま一歩下がり、頭を軽く下げ胸に手を当てた。


「こちらこそ。かわいらしい制服がとてもお似合いですわね。昨日の服はさすがに場違いだとお気付きになられてよかったですわ」


 メイフェアは微笑みながら言ったが、言葉に含まれた毒を消さなかった。オリエンテーションに軍服を着て来たことを非難しているのだ。


「きさまの下品なドレスよりはマシではないか」


 エトアルはフン、と鼻を鳴らした。


「軽装とはいえリゲルの盛装を下品ですって? それは王室に対する侮辱です」


 メイフェアは気色ばんだ。


「おまえも我が軍を侮辱した」

「教室に軍服なんてありえませんわ」

「軍服は軍人には盛装だ。常識だ」


 エトアルとメイフェアはいかにも仲良くなれなさそうだ。


「はいはーい。みんな、おはよー」


 アオイが教室に入ってきた。エトアルとメイフェアは黙り込む。結局、メイフェアはほかの四人の近くに座った。


 プリンセス科の五人は昨日よりは距離を縮めた。

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