時代はラノベ?

 僕が通った専門学校は、声優学科やマンガ学科、CG学科にイラスト学科など、多種多様な学科が集まった学校だった。

 その中で僕は、「ノベルス学科」というところに所属した。いわゆる小説の書き方を教えてくれるような学科らしい。女性の口説き方を教えてくれる学科ではない。

 ノベルス学科は1学年40人ほどで、僕が入った時は3期生か4期生だったと思う。教室は、パソコンの置かれたデスクが並んでいる部屋だ。そこで僕はまず小説は手書きではなくパソコンで書くことを知った(手書きの人も中にはいるだろうけど)。

 講師は5人ぐらいいて、その中で一番メインとなる先生がいた。仮にF先生としよう。少し髭の生やしたダンディな先生だ。

 学校でしばらく過ごすうちに、僕はノベルス学科の大部分の生徒が「ライトノベル作家志望」であることを知った。僕のように一般的な小説を書こうとしている人間はごく少数のようだ(もしかすると僕だけ?)。僕はこの学校に通うまで「ライトノベル」というものの存在さえ知らなかった(今でもよくわかっていない)。

 志望と書いたが、生徒たちは僕のように本気でプロを目指している人ばかりでもなかった。趣味の延長のような形で小説を書こうとしている人もいた。ゲームのシナリオを書きたいというような人もいただろう(ノベルス学科の中でさらにノベルス専攻とシナリオ専攻に分かれていた)。まあどういう希望があるにしろ、それぞれ頑張ればいい。

 学校の授業は、半分遊びのようなものが多かった。ただ単にアニメを観させられるだけだったり、ただみんなで人狼ゲームをやったこともあった。講師が遅刻して授業開始時刻になっても教室に入れずみんなで廊下で待たされた時は、「金返せ!」と切実に思った。

 メインのF先生の授業は、少し変わった試みがあった。それは、毎回授業の最初に一人ずつみんなの前で「面白かった話」をさせられることだ。そういうことに耐性のない人にとってはわりときつかったかもしれない。ほぼ毎回(やらなかったり、自分の番が回ってこないこともあるが)話をさせられるので、日々そのためのネタを仕込んでおかないといけない。そうすることで、普段から面白いことを探すアンテナを張る目論見か、それとも大勢の前で話す度胸をつけるためか。

 その「面白かった話」で、僕はクラスの中でのキャラクターを確立した。つまり、僕がする話はダントツで面白かったのだ(自分で言う?)。平気で作り話を話したこともあった(小説家ほど嘘つきな人間はいないでしょ?)。たぶん、前にも後にもあそこまでクラスを沸かせた人間はいないだろう。常識に捕らわれない個性的な人間の強みである。

 1年目の夏休み明けの授業では、僕は初めの掴みで一発ドカンと沸かせた後、みんなの前でこんなことを言った。もはや「面白かった話」でもなんでもないが。


「僕って、将来立派な小説家になる人間じゃないですか」


 40人ほどいる教室の中、注目されている状況で僕はそう言い切った。


「だから、自分のサインを考えてみたので、ちょっと書いてみていいですか?」


 僕の言葉で、クラスの生徒たちはまるで新種の生物を発見した学者のように大騒ぎ。クラス中、先生の度肝すら抜いて、僕はつかつかとホワイトボードのところまで歩き、天才小説家(自称)のサインを披露してやった。


 この時はホント気持ちよかった。もちろん、あくまでみんなを楽しませるためのパフォーマンスですよ。普段は本当に謙虚で誠実な人間なんです(それを自分で言っている時点でどうなの?)。

 ちなみに、この時僕はまだ、一作の小説すら完成させていなかった。根拠のない自信こそ最大の武器である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る