第6話

 昼休み。


「あれ? ここかな?」


 レイから渡されたメモ書きを頼りにやってきたのは『郷土資料室』というプレートがぶら下がった部屋だった。


 曇りガラスになっており、中の様子がわからない。

 こんな場所に本当にレイはいるのだろうか。


 とりあえず扉をノックする。

 ドアに手をかけると、案外すんなり開いた。


「こんにちは」

「うん、こんにちは」

「本の臭いがプンプンする場所でごめんなさいね」


 レイはパイプ椅子に腰かけていた。

 テーブルに頬杖ほおづえをついており、なんだか気だるそう。


 テツヤは向かいに着席する。

 持ってきた弁当と水筒をテーブルの上に置く。


「ここって自由に利用していいの? 雰囲気的に、飲食禁止って感じだけれども」

「いいの、いいの、私はいつもここで食べているから」


 レイいわく、文芸部の部室らしい。

 なんでレイがかぎを持っているかというと、部長を務めているから。


「文芸部といっても、大した活動はしていない」


 ほとんどが幽霊部員。

 顧問こもんだってやる気なし。


「世の中には部活なんかより楽しいことが星の数ほどあるでしょうね」


 レイは辛気臭しんきくさそうな表情でそういった。

 返しのセリフが思いつかないテツヤは、黙ることしかできない。


「結城くんは? 部活とか入っているの?」

「いいや、帰宅部一筋だ」

「へぇ、意外ね」

「逆に訊くけど、何部だと思ったの?」

「う〜ん……」


 レイは頬杖をついていない方の指で机をトントンする。


「バレー部、て答えてあげたいけれども、結城くんが喜ぶと悔しいから、かるた部」

「なんだ、そりゃ。うちにかるた部なんて存在しないだろう」


 テツヤは笑ったけれども、レイは一瞬たりともニコリとしなかった。


 気のせいかな?

 冷たいオーラを向けられたような。


「あ〜あ、なんで結城くんからの告白をOKしちゃったのかしら」


 レイが愚痴ぐちっぽくいうものだから、おいおい、とテツヤは突っ込んだ。

 その言い方だと、まるで付き合ったことを後悔しているみたい。


「ちょっと待ってくれよ、織部さん」


 これが3ヶ月後だったら理解できる。

 思っていた性格とかけ離れていた。

 恋愛って意外に面倒くさい。


 そういう感想も許されるだろう。

 けれども、テツヤとレイは付き合って24時間も経っていない。


「聞き違いじゃなければ、俺に何か不満があるということかな?」

「そうはいっていないわ。あと、ごめんなさいね。さっきのセリフ、声に出すつもりはなかったの。私の心の声なの。不快にさせちゃったかしら?」

「不快になった、というより、戸惑ったといった方が正しい。だって、昨日は笑顔でバイバイしたじゃないか。これじゃ、まるで……」


 昨日のレイとは別人みたい。

 優しいオーラが出ていて、愛嬌たっぷりで、春風がよく似合う彼女はどこへ消え去ったのか。


 それとも……。

 テツヤの妄想だったというのか。


「ごめんなさい、あれは私じゃないの」

「はぁ?」

「だから、私じゃないの」

「ちょっと待って、ちょっと待って。謝られても意味が全然わからない」


 テツヤは考える時間をつくるため、水筒の中身を一口飲んだ。


「君は織部レイさんだろう? この学校の特進クラスに在籍している?」

「そうよ」

「昨日、俺と何回か話したよね? 放課後に告白したら、結城くんとお付き合いしたい、といってくれたよね?」

「どうやらそのようね。周りの反応とかを見る限り、私と結城くんは恋人関係らしい」

「…………」


 ますます理解できない。

 なんで他人事みたいな口ぶりなんだ。


 思いっきり当事者だろうに。

 だから、テツヤを昼食に誘ったのだろう。


 かといって、レイが悪ふざけしているようにも見えない。

 ゆえに混乱する。


「もしかして、記憶をロストしちゃった? この24時間のことを忘れちゃった?」

「そうじゃないけれども……半分くらい正解かも」

「だったら、織部レイのドッペルゲンガーがいるとか? 俺が告白したのは、ドッペルゲンガーの方で、いま目の前にいる織部レイじゃない?」

「おしい。その表現は、当たってはいないけれども、遠くもないわね」


 テツヤは降参するように手をあげた。

 1時間もらっても正解できる自信がない。


「ねえ、結城くんって、UFOとか信じる?」

「1%くらいは信じるかな」

「UMAとかは? ツチノコのような未確認生物は?」

「そっちは10%くらい信じるかな。というより、ツチノコの存在を信じる人を、否定する気にはなれない」

「へぇ」


 レイはくしゃりと笑った。


「結城くん、いい人ね」


 どうやら、ツチノコの存在を信じる高校生は、レイの中で善良な市民にカテゴライズされるらしい。


「話がいささか飛躍ひやくしている。もしかして、ツチノコを信じる信じないと、俺たちの置かれている状況が、つながっていたりするの?」

「これから私は突拍子とっぴょうしもない話をする。信じられないかもしれないけれども、とりあえず、最後まで聞くだけ聞いてほしいの」


 そういうレイの目つきは、やはり、真剣そのものだった。

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