Chapter31(Ver1.1)・男子だって優しい女子が好きなんだ

高一 九月 日曜日 午後 蒼学校門


 姉弟共通の黒歴史をまたも調子に乗って語ってしまった羞恥心から治姉は逃げ出したが、履物が低めのヒールのサマーブーツだったので、俺は体育館の外で難なく追いついた。そのまま校門から出ると、後輩の視線がなくなったからか治姉の様子も落ち着いてきた。蒼学の塀に寄りかかると罰が悪そうにはにかみながら言い訳を始める。


「英紀……ごめんね。なんか弟を褒められて嬉しくなっちゃってツンデレっぽくなっちゃった」


「まあ俺も見かけに騙されて付き合うと心が死ぬとか言ってるし、お相子様だな」


「はぁ? あんたそんなこと言ってんの?」


「怒んなよ! お相子だろ?」


「あ、そうね……。いいえ違う。私の恥はそもそもあんたが私のブラを眺めていたのが原因だからそもそもあんたが悪い」


「はぁ? だからって他校にまで変態エピソード広めていいのかよ?」


「私だって今考えたら恥ずかしいんだからっ! ……ぷっ、ふふふっ」


 声を張り上げて羞恥をごまかしたかと思えば突然吹き出して口に手を充てる。まだ後輩達が見ていたらお上品に笑う憧れの先輩に見えたであろう振る舞いだ。


「どうした? 気でも触れたか?」


「いえ、なんか似たような会話をあんたと和歌ちゃんがしていたなって思って面白くなっちゃった」


「ああ、二週間前か。もう結構いろんなことがあった気がするけどまだそれくらいしか経ってないのか」


「そうね、また和歌ちゃんがああやって笑えるようにしないと」


 治姉は塀に寄りかかっていた姿勢から体を起こすと右手で握り拳を作って俺に向けて腕を伸ばす。


「全く、それが乙女がする挨拶かよ。もっと握手とか指切りとか可愛いのがあるだろ? でもまあ治姉の意見には賛成だ。またうちで楽しくお茶会できるようにしてやるよ。あ、でも俺を二人で弄って笑うのはなしな」


 自分も右手で拳を作って目の前の治姉の拳に正面から合わせた。まるで試合前にグローブタッチをするボクサーみたいだ。


「ふふっ、さあどうかしらね」


「そこは、しないって言えよ。褒められたら思わず醜態をさらすくらい嬉しくなっちゃう可愛い弟様だぞ」


 お互いに皮肉っぽい笑みを浮かべて見つめ合う姉弟を見て、それまでは黙って俺の後ろでスマホを弄っていた冴上が何故か羨むような眼差しと共に呟く。


「いいな。俺もルーさんみたいな仲が良くできる兄弟が欲しい」


「どこがだよ? 姉弟揃ってひねくれてんじゃん?」


「そうか? 信頼し合って見えるぞ」


「ふふっ、冴上君まで和歌ちゃんみたいなことを言ってる。英紀、認めなさいよ。これが私達の平常運転じゃない」


「そうか? ……まあいいか」


(本当はブラ観察事件をやらかす前はもっと優しかった気がするんだけど)とは思ったが気恥ずかしさが勝って口からは出さなかった。この間を見て冴上が話題がひと段落したと察したのか、スマホを俺達に見せて話始める。


「治佳さん、ルーさん、バスケ部の一年と連絡が取れたよ。蒼学の人達と一緒に昼飯を食うことになったらしいんだけど、一年だけ事情を話したら抜けていいって許可が出たってさ」


「あ、ごめん。連絡付けてくれていたのか」


「気にすんなよ。俺が治佳さんを止めるのもなんだしな。それで、どっか弁当が持ち込めて食事も買えるところを探して席を取っておいてほしいって」


「え? 持ち込みOK? どっかあったっけ?」


「ここからだと渋谷の方が近いわね……。そうだ! 確かヒカリエの地下にフードコートがあったわ。そこに行きましょう。今は昼時だし混んでいるかもしれないし早く行って場所を抑えましょう!」


 言うが早いか治姉は俺と冴上を気にも留めず歩き出した。


***


同日 午後 渋谷ヒカリエB3フードコート


 幸運に恵まれたのか、ちょうど食事を終えた家族連れが席を代わってくれて俺達は人数分の席の確保に成功していた。その際に家族のお父さんが治姉に見惚れたおかげで奥さんと小学校の中学年と高学年と思わしき娘さん達三人から蔑むような視線を浴びていたのが哀れで、将来子供を持つなら男の子の方が楽そうだとつい思ってしまった。でも下の娘が去り際に「お母さんがいるのに!」と言って父親を叩いている姿は可愛いかったな。


 冴上が的確に俺達の居場所をバスケ部員達に共有してくれたおかげで席の確保から五分足らずで合流して一堂に会していた。面子は俺達姉弟と冴上を含めた帝東一年B組のカーストトップの五人。治姉に言ったら殺されそうだけど、まるで六本木のホストクラブで稼ぎを散在するナンバーワンキャバ嬢みたいだ。そんな俺の想像も露知らず、全員の食事が終わり次第治姉は集まった同級生達に語り始める。


「みんなわざわざ集まってくれてありがとう。改めて自己紹介するわね。私は米沢治佳、英紀の姉です。和歌ちゃんとも幼馴染で妹みたいに思っているわ」


 生真面目そうに語りだしながらも、和歌の名を出すと自然と治姉の瞳に女性らしい柔和さが宿ったかのように見えた。そう感じたのは俺だけではないようで、同級生達の緊張した口元がわずかに緩んだのを感じた気がした。さっき蒼学の体育館では美人だなんだと盛り上がっていた彼等だったが、今は美人だから顔が緩んでいるって訳でもなさそうだ。


「まずはみんながどれだけ和歌ちゃんの無視について認識しているのか知りたいわ。教えてくれる?」


 治姉はバッグからボールペンとレポート用紙を取り出して同級生達の話を熱心に聞き取り始める。一通り話を聞き終わるとペンを持った手を顎に当てて少しばかり考えると俺と冴上に目配せしてから再び語りだした。


「みんな、教えてくれてありがとう。話を聞いてみんなが和歌ちゃんの無視に気付いてはいるけれども原因は知らないと分かったわ。まずは私からアドバイスする前にもっと現状を詳しく知っている英紀と冴上君から原因と今までの経過を説明して」


「分かった。じゃあ俺が先に原因と和歌の考えを話すよ。姫野さんの意見とか考えは冴上に任せていいか? 俺より仲が良いからもっとよく説明できると思うしさ」


「いいよ。分かった」


 小さく頷いて冴上が承諾するのを確認すると俺は説明を始める。


「まず無視の原因は――」


 俺と冴上が交代で和歌の無視が始まった経緯を説明すると、話が進むにつれて彼等の表情が曇っていく。


「――ということで姫野は無視は快く思っていないけど女子達からの不満を買いたくないから俺達には協力できないって」


 俺からバトンタッチした冴上が姫野さんの心情を話し終えると聞いていた同級生達はため息をつくと思い思いに話し始める。


「和歌ちゃん本人は女子とも仲良くなりたかったけど、俺達が話しかけすぎたせいで女友達作りに出遅れたってか……」


「俺達が悪かったのか……せめて女子も紹介してって言ってくれればな」


「いや無理だったろ? 和歌さん聞き逃したら聞き返して僕達の質問に答えるのに必死だったじゃん? だからそんな余裕無かったんじゃね? それに和歌さん普通に可愛いじゃん。あんな娘に名前で呼ばれたら僕も普通に嬉しいよ」


「だよな、仕方ないだろ。それにルーさんがいつも一緒にいていい感じだからさ、そりゃあ俺も負けじと積極的になるよ」


 そう脱力して背もたれに寄りかかって語るのは先日の授業で俺と和歌が常にグループワークのペアになると提案したら不満を唱えた男子の一人。


「女子達も嫌なら女子Mineで陰口言うんじゃなくて言ってくれればいいのにさ。別にうちのクラス男女で仲悪くないじゃん? あ、でも違うか、俺達が仲が良いって思ってただけか」


 もう一人がクラスの女子について言及すると、これまで聞き手に回っていた治姉がまた話し出す。


「そう、女って自分よりも人気で幸せそうな人がいると影から陰険におとしめようとするものなのよ。そんな性悪女達から和歌ちゃんを守るために私が――」


 治姉が再び話の主導権を取って女子の集団幸福度論を話してくれるのかと思いきや、ただ一人だけ黙って聞いていた高一で唯一のバスケ部スタメンが治姉の話を遮った。


「あの、米沢さん。うちのクラスの女子を悪く言うの止めてもらっていいですか? 本音言うと気分悪いです」


 今日蒼学の体育館で治姉を紹介した時は美人を紹介された思春期の男子らしく笑顔であったが、今は発した言葉通りに不快感をあらわにしていた。治姉がはっとした表情で話を止めるとそのまま彼は話を続ける。


「米沢さんにとっては幼馴染をいじめる悪い奴なんでしょうけど、俺にとっては大切なクラスメイトなんです。あいつが無視を始めたって信じるのだけでも嫌なのに、悪口まで言われたら尚更気分悪いです」


「……そうね、感情的になってクラスメイトをけなされるあなた達の気持ちを考えていなかった。ごめんなさい」


 治姉がしおらしく非を認めて謝ると冴上が気分を損ねた男子をなだめる。


「まあまあ、治佳さんはうちの女子達を直接は知らないんだからさ、彼女達の個々の人格を否定しようがないだろ? 否定したのはあくまで行動だって。それに治佳さんが非難していたのは個人じゃなくて集団だよ」


「そりゃ分かるよ。でもうちのクラスの女子カーストで姫野以外に影響力がある奴なんて限られるだろ? それに姫野が主導していないならもう三人しかいないじゃねえか」


 まだ不満が収まらない様子を見せるバスケ部の未来のエースに冴上は何かを感じ取ったらしい。


「表向き集団の否定であっても結局は個人の否定に聞こえるだな、分かった。ところで、否定されたと思ってこんなに嫌がるってことはさ、もしかして――」


「ああ、恥ずかしいから今ここで誰とは言いたくないけど好きな奴がいる。だから性悪とか言われてイラついた」


「ごめんなさい……。好きな女の子のことを悪く言われたら嫌だよね」


 治姉がもう一度謝って頭を下げると不満を唱えた彼も流石に居心地が悪くなったようで視線を落とす。俺は雰囲気を変えるためにあえて彼に尋ねてみる。


「あのさ、誰かは言わなくてもいいから、良ければどんなきっかけがあってその娘が好きになったか教えてもらえないかな? 無視を始めた女子にもいいところがあるって知れば、治姉ももっと考えて言葉を選べるだろ?」


 俺の提案に彼は少しばかり考えると小さく「分かった」と呟いてから話し始める。


「実は俺、今年のゴールデンウィーク前に姫野に告って振られたんだよ」


 姫野さんの名前が出たことで冴上がピクリと動いて反応したように見えたが彼は気付かずそのまま話し続ける。


「放課後に屋上庭園に来てもらって告白してたんだけどさ、姫野が屋上から出て行った後にその娘が来たんだ。俺、振られる情けないところを見ていたのかと思って怒っちまったんだけどさ、自分も最近振られたばっかりだから放っておけなくて来たんだって言っていた」


 テーブルに視線を落とす冴上が見える。(その女子を振ったのはお前か)とは思ったが話腰を折りたくないので俺は話に集中する。


「それで『慰められるのも情けないから独りにしてくれ』って言ったらさ、『じゃあ姫野さんのどこが好きになったのか教えて』って聞いて来たんだ」


(へぇ、聴き手に回れるんだな)


 女は話すばかりで聴き取りに不得手だと俺は思い込んでいたのでこの点には素直に感心してしまう。


「まさか質問されるなんて思ってなかったから馬鹿正直に答えたら、一言だけ『そっか、そんなに好きだったなら辛かったね』って。その時に気付いたんだけど彼女の目が潤んでたんだ。多分最初俺が怒鳴ったから怖かったんだと思う。それでも話を聞いてくれて優しいなと思って、それからなんとなく気になってさ、目で追ったりしている内に……気付いたら惚れてた。正直言って姫野の時よりもハマってると思う。……ごめんな、なんかまとまりのない話で」


 話がひと段落させた彼が話を聞いていたみんなを見回してから謝ると、真剣に聞き入っていた治姉が言葉を返す。


「いいえ、そんなことないわ。話してくれてありがとう。あなたのお話を聞いて私も無視をしている女の子達のことが分かって良かった。その子達を敵に仕立てて考えたところでいい解決案なんか浮かぶわけがないものね」


「治佳さん……、さっきは不貞腐れてすみませんでした。あと申し遅れました。俺、桜木って言います」


「いいのよ。私も桜木君が好きな子に失礼なことを言ったんだから」


「すみません。でも話していて自分でも思いました。俺にあんなに優しくしてくれた娘が和歌さんを無視しているところなんて見たくない。治佳さんは蒼学ですごい人気者だったんですよね? どうすればいいか教えてもらえませんか?」


 彼が頭を垂れてお願いすると他の面子も「お願いします」と言ったり頷いたりして同調する。


「もちろんよ。そのために私は来たんだから」


 治姉は勝気な笑みを浮かべて米沢家で昨日の土曜日に披露した女子集団の幸福度論を語り始める。治姉に言ったらまた癇癪を起されそうだが、俺はその姉の姿に漢気を感じずにはいられなかった。それくらい決意に満ちた治姉の瞳はかっこ良かった。


Ver1.1 バスケ部のエースに名前を付与しました。下の名前は花道じゃありません。楓でも亮太でも寿でもゴリでもありません。

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