Chapter30・アウェイゲーム観戦だ

Chapter30・アウェイゲーム観戦だ

高一 九月 日曜日 午前中 渋谷 蒼山学院中学校高等学校体育館


「え? あれ、米沢先輩じゃない?」


「うそ、去年のミス蒼学の?」


「マジだ! 応援に来てくれたのか!」


「まだ卒業して一年も経ってないのにすごく大人っぽいわぁ。てか隣にいるのまさか彼氏?」


 蒼学の体育館に入るなり蒼学生から男女問わず注目を一身に浴びる治姉を見て俺は早速嫌な予感が的中してしまった気がしていた。向かいのベンチにいる帝東のバスケ部員達も試合準備そっちのけでこちらに注目している。


 ライトベージュのノースリーブトレンチワンピースに、日焼けを防ぐためにロングスリーブのライトグレーサマーニットと麦わら帽子を合わせたスタイルだ。トレンチワンピのベルトをきつ過ぎない程度に締めることで女性的な体の線を清潔感と共に魅せている。麦わらだけはトレンチワンピには合わないだろうと口を出したが、和歌からのもらい物だとのことでどうしても被って行きたかったそうだ。和歌が持っていた物と似ているとは思ったがまさかもらい物だったとは。


 蒼学生からすれば俺は部外者なので俺は治姉を置いて向かい側の帝東側のベンチに移った。冴上やバスケ部のクラスメイトと合流するとすかさず冴上が話しかけてくる。


「ルーさん、治佳さんも連れてきたのか?」


「ああ、和歌を助ける相談なら自分も行くって聞かなくてな」


「そうか、ルーさんが幼馴染なら治佳さんもそうなのは当然か」


「俺は遅生まれで和歌のことを覚えていなかったから、真の幼馴染はむしろお互いに覚えていた和歌と治姉だよ。再開して数日でもう百合さながらの仲良しだ」


「それでついて来たってことか。それにしてもすごい人気だな、蒼学の奴らみんな挨拶してるじゃん」


「ここは治姉の母校だよ。去年は生徒会の副会長やってたから有名なんだろ。てか、お前も家で制服着ているの見たことあるじゃん」


「制服を見ただけでどこの学校かなんて分かんねえよ。通ってもいないのに判別できるなんてどこのマニアだそれ?」


「ああ、そりゃそうか。ところでチア部は?」


「来ないってさ。ラグビー部の試合の応援してるんだって」


「ああ、なるほどね。それは助かる」嫌な予感で済んで本当に良かった。


 冴上と会話しながら、いまだに蒼学ベンチで会話している治姉を見ると、何やら治姉はこちらを見ながら蒼学の後輩たちに笑顔を振りまいている。あの顔はよく知っている。あれは――


「治佳さんなんかこっちを指さしてるな」


「あれな、うちの母さんがママ友に俺を褒められた時に身内ディスして謙遜する表情とそっくりだ。きっと『弟さん可愛い』とか『流石ミス蒼学の弟だけあってイケメン』とか言って褒められたのに対して『そんなことないわぁ! 小学生の頃に私のブラを見て興奮していた変態なのよぉ!』とでも言ってるんだぜ」


「ルーさん、自分で黒歴史を蒸し返すなよな……。治佳さんも大学生にもなって身内の恥になること言わないだろ」


 自嘲する俺を冴上は諭していると、帝東ベンチから試合準備を終えたバスケ部のクラスメイト達がやって来て会話に合流する。


「ルーさんも応援に来てくれたんだな。ありがとう。それにしてもすっげえ奇麗なお姉さん連れて来てんのな。和歌ちゃんに言っちまうぞ」


「別にいいよ。あれは俺の姉ちゃんだ」


「え! マジで? サッカー部から美人とは聞いていたけどまさかあそこまでって! あ、でもそうでもないとルーさんがあんな美人と一緒なんて有り得ないか、そもそも恰好が合ってなさすぎ」


「さらっと失礼なこと言うなよな。スポーツの試合見に来たんだからスポーツウェアを着ていてもなんも不自然じゃないだろ」


 俺が身に付けているスペイン名門クラブチームの赤青ストライプのユニフォームを指し示して反論していると、蒼学生との会話を終えた治姉がやっと帝東ベンチにやって来た。普段弟に向けている業物の名刀がごとき毒舌を微塵も感じさせない軽快な語り口と自信に満ちた笑顔で初対面のバスケ部員達をあっと言う間に魅了してしまう。


 チア部がいないとは言えど母校そっちのけで帝東のベンチで応援するのも不自然過ぎるので、それとなく蒼学側に戻るよう促そうとしたが、治姉も心得ていたようで自ら後輩たちの元に戻ろうとする。


「米沢さん、俺達頑張りますから見ていて下さい!」と去り際にバスケ部員達が治姉に告げると治姉は手を振って応えていた。


(いや、お前らが頑張ると治姉の母校が負けるぞ)心中で俺はツッコむ。


 俺に心中でツッコまれているとはつゆ知らず、一年にしてスタメンになっているイケメングループの一人がコートに入るのを見送る。そしてレフェリーが放り上げたジャンプボールでいよいよ試合が始まった。


***


 試合は接戦だった。どちらも部活よりも勉学重視の進学校だからかバスケの腕自体はお互いに拮抗していた。結果として美女の応援で単純にやる気を出した蒼学が僅差で勝利したのだが、負けたうちのバスケ部も治姉にいいところを見せられなくて悔やんでいるかと思えばそうでもない。いたって爽やかに笑っている。


 蒼学側のベンチも勝利に沸いていた。本来主役であるスタメン達が治姉に嬉々として報告をしているので自然と治姉が集団の中心になっていた。


「治佳さん、優等生っぽいとは思っていたけどすごいな。人気もここまであるとは思わなかった」


 蒼学側の盛り上がりを見て冴上が呟く。


「お前だってそうじゃん」


「俺? そうかな。まあそこそこモテている自覚はあるけどさ、あんな風に下心抜きで慕われる程じゃないよ」


 確かに言われてみれば治姉を囲む蒼学バスケ部員たちの表情は恋慕する相手に向ける顔と言うよりも、公園で初めて成功した逆上がりを見ていたか母親に承認を求める小学生の顔だった。男子部員だけでなく、応援していた蒼学の女子バスケ部員やチア部員も笑顔で輪に混ざっている様子が治姉の人徳に更に説得力を増している。

 

 その後クラスメイトのバスケ部員達が着替えを終える頃には蒼学側の盛り上がりも幾分収まっていた。治姉も帝東バスケ部員が退出の準備ができたのに気付いたのか、俺と冴上が歩み寄ると普段自宅では見ない余所行きの笑顔で俺達を迎えた。俺を見る近くの蒼学女子達の笑みが治姉に比べて妙にニヤついているのが気になる。


(治姉ぇ、何言いやがった)


 俺がいぶかしんで見るのを気にもせず変わらぬ笑顔で治姉は話しかけてくる。


「英紀、そろそろ行くの?」


「ああ、こっちは準備できたみたいだからな」


 治姉にそう返すと、姉弟の会話の間を見て蒼学バスケ部の主将が打ち上げを兼ねて昼食を一緒に摂らないか提案して来たが、治姉は主将に母校来訪の目的を話して断った。治姉の真意を聞いて主将は一瞬残念そうな顔をしたものの、真剣に幼馴染を助けたいと語る治姉の熱意に打たれて感動しているようだ。


「分かりました。その幼馴染の問題が解決したら是非また応援に来て下さい。もちろん弟さんと幼馴染さんも一緒にお越し下さい」


「分かったわ。ありがとう」


 主将の言葉に治姉は再び後輩達を魅了する笑顔で応えた。主将は照れ臭そうに治姉から視線を外すと俺に話しかけてきた。


「英紀君だよね。羨ましいな、こんなお姉さん僕もほしいよ。だから君がおいたしちゃう気持ちも分かる」


 この主将の言葉を聞いた蒼学バスケ部員たちが笑い出したのを見て俺は直感する。


「治姉ぇ、さっき何言いやがった?」


「あ、えーと、ごめんね」


 苦笑いを浮かべながらじりじりと後退る。


「謝んな。質問に答えろよ」


 俺が普段とは立場を逆転させて治姉ににじり寄ると、周りにいる蒼学女子達がクスクス笑いながら何やら呟いているのが聞こえた。


「ブラ……ったんだって」


「結構イケメンなのに……」


 蒼学女子達のヒソヒソ話が治姉にも聞こえて観念したのか恥ずかしそうに顔を紅潮させて呟いた。


「ははっ、ごめん。ブラ観察のこと話しちゃった」


 拝むように手を合わせて謝るとはにかんでウィンクして見せた。だが耐性を持った実の弟にはそんなものは全く効かない。


「治姉ぇ! 何しやがんだよ! 家族の黒歴史を他校にまで輸出しやがって!」


「ごめぇーん! じゃあ私外で待ってるねー!」


 改めて指摘を受けたことで自分にとっても恥ずかしい発言だったと自覚したのか、治姉は更に顔を赤くして出口に向かって走り出した。俺も呆れ笑いをする冴上を連れて追いかけて行く。


「あんな可愛い先輩初めて見た!」と騒ぐ女子達とウィンクにハートを撃ち抜かれた男子達が追いかけっこをして体育館を去る姉弟を生暖かく見送っていた。

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