■KAC お題 日記

 二度と戻れない時間。

 ぼくに残されたのは、半年となった。


 昴さんの取材は終わり、いつも通りが戻ってくる、そう思っていた。木広さんから教えてもらったwebのページには、個人の名前は記されていなかったけど、確かにぼくらに関する内容があった。

 施設側の人間を非難することもなく、ぼくら学生のことを憐れむことも無い。その記事を読んだ人が考え、何か動きに繋がれば、そういった内容が書かれてあった。


 設備はそのままに、関わっていた人は、辞めていった。次は本当に先生として──そう言って残る人がいた。

 視察で選ばれて来たぼくらは、少人数ながらもクラスに振り分けられ、学校生活が与えられた。始めこそは挨拶すらもぎこちなかったけど、冗談を言うことも増えた。


 あっという間に過ぎる1週間。

 クラスメイトと話すことも大切だけど、動かなきゃもったいない気がした。


 時間ができれば図書室へ行くようにした。木広さんがここを辞める日に、最後にもらった言葉。本に触れるようにって。

 読みなさいじゃない、触れるように。表紙をめくれば自然と読んでしまうんだけどね。


 靴を脱いで、タイルカーペットの床を歩く。


「いらっしゃい。利用してくれるのは良いことだけど、たまには外で遊んだら?」

「本、好きなんで」


 図書室の管理をしてる先生とは、仲良くなってしまった。好きというのはこの場所を使う為の理由だ。

 靴を脱いでて、視界に入ったビジネス用の靴。視察はもう来ないはずなのに。図書室の奥、陽の光が入りにくいところに、成人の影をみつけた。本棚を使いこっそり伺う。浮かんでいた予想と人物とが、重なった。


 昴さんをみつけて嬉しくなる。でも取材の内容によっては、話し掛けないほうがいいのかもしれない。何が重要になるか解らないから。

 昴さんは本棚から一冊取ると、ページを捲る。じっくり読むよりは、簡単に眼を通す程度で、あっという間に本を閉じた。元の位置へと戻す。その手はゆっくりとおろされ、グッと拳が握られた。

 図書室の先生と話をすることも無く、昴さんは帰っていった。一体何を見たんだろう。


 昴さんが見ていたと思われる場所に、眼を凝らす。題名の無い本があった。迷うことなく取り出し、片っぱしからページをめくっていく。

 アンティークな絵柄の表紙で、紙は少し厚い。印刷された文字じゃなく、筆跡もページごとにバラバラ。ここで起きた事が書かれてあり、たぶん、ぼくと同じ生徒役で連れて来られて日々を記録していったんだ。この日記、いつ頃から書かれたんだろう。

 時々、会話っぽく繋がる文章があって、実験の毎日を窮屈に思ってる人と、楽しんでいる人と溝が出来ていたらしい。


 どちらかと言えば、ぼくは窮屈に思っていた。だけどそれを楽しんでいる人もいたって事なんだ……。

 才能があると謳われて来たんだから、一定数そう思う人が居てもおかしくないか。


 見なきゃよかったかな……?


 自分が思ってる正解は、誰かにとっては都合が悪いことで。

 本をゆっくりと閉じて、元の位置へ静かに戻した。湿気を含んだ空気、汗をかいて肌につくカッターシャツ。耳元で蝉が鳴いてるような──…

〝答えがあるなら知りたい?〟

 いつの日か、昴さんが言ったこと。どれも楽しかった思い出から、生々しくその言葉は飛び出した。




『書いた内容は、ほんの一部にしか過ぎない。』完結


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