*(タイトル無し 上

 携帯が鳴った。

 設定してあるアラームだとは思うけれど、鳴る間隔が段々と短くなっているのは、完全に通知だよな。


 朝の六時半、学校へ行くのに起きるには早い。本当のアラームが鳴るまで、俺は目を閉じた。



 カーテンの隙間から差し込む光り。あれ、鳴ったっけ? 瞬時に脳内をよぎる遅刻という事実。起きてすぐにもかかわらず速く脈打つ心臓。おそるおそる携帯の電源をONにする。

 見ると、あと十分もすれば鳴ると表示が出ていた。SNSでも眺めていればあっという間の時間だ。ホーム画面に戻る。メールの通知。それも沢山。おぼろげに思い出すのは、未明に光っていた携帯の画面。

 気にはなった。だけど確かめて返信を考えると、朝にやることではないようにも思えた。


 顔を洗おうと脱衣所へ行くと、妹と鉢合わせた。俺の顔、じゃないな、髪? 何をそんなにじろじろ見てるんだ。


「寝癖ついてるよ?」

「うるせー。終わったんなら早く退けって」


 中学に入った途端、妹は急に大人びた空気を纏い出した。化粧の効果なのは知っている。それでも、スカートは短いし、髪は長く伸ばして。なんでそんなに色々やるのか。

 何気なく洗面台の鏡を見る。耳のところ、髪が跳ねていた。試しに水をつける。うわ、余計にヤバい。


「なぁー、あれ貸してくれよー、ドライヤーーじゃなくて」

「ヘアアイロン?」

「そう、それ!」


 リビングにいる妹から返事がくる。「足元にあるよ、水色のカゴに入ってるー」


 足元? どこにも無いぞ。洗面台の下、戸を開ける。100均にありそうなカゴがあった。目当てのヘアアイロンも。

 コンセントを差して、スイッチを入れる。


「熱くなるまで時間かかるし、着替えなよ」


 扉からひょこっと顔を覗かせた妹。


「そんなん知ってるし! 考えてたとこだし!」


 ウソだ。熱くなってるか確めようとして触り、軽く火傷する数分後の未来がみえた。

 制服に着替える。あれこれしてる間に、水に濡らした寝癖も乾いていた。


「…──あつっ!?」


 ちゃんと温度設定があるボタンのところを持たないと、マジで火傷するな。撫でる要領で寝癖部分にヘアアイロンを当てる。まだ水気を含んでいたみたいで、耳にジュゥ──と焦げそうな音が入ってくる。

 最初よりは見た目も良くなった。電源OFFにして、元の場所へ……切ってもすぐには冷めないか。本体はカゴへ入れてコンセントは出しておくか。何かあったら嫌だし。


「あれー残念、寝癖直ってるし。ちゃんと元に戻した?」

「まだ熱いから、コンセントはカゴの外」

「ふぅん、まあ良いよ」


 椅子に座る。目玉焼きが乗ったトーストにかぶり付く。ちょうど良い塩気が旨い。


「あら、そろそろ占いの時間」


 母さんのルーティンが始まる。良かったとしても、悪かったとしても、母さんはいつも通りだ。占いを観たところで何も変化はない。じゃあ何で観るのか。


「今日も素敵ね~」


 朝の番組を担当してる、男性アナウンサーに興味があるからなんじゃないかなー。状況判断で、直接母さんに尋ねたことは無い。


『速報が入りました──』


 日頃見ているアナウンサーの、緊張が走る声色。俺と同じ歳の女の子が失踪したというニュースだった。


「ちょっと晴……、小学校、一緒だった女の子じゃない?」


 画面には、当時着ていた服の特徴、名前、写真が映っている。


 バクバクと煩い心臓の音。喉に上がってきた不快感。とっくに薄れていた思い出が、色をつけて巻き戻る。



〝籠目 籠目

 籠のなかの 鳥は

 いついつ 出やる

 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった

 後ろの正面 だぁーれ〟


〝ハルくん〟


 そう言ったあと、伊奈紗友里いな さゆりは振り返り、わらった。



 まさか本当に? 同級生の紗友里が失踪? 何か事件に巻き込まれて。


「……学校行ってくる」

「送っていこうか?」

「平気」


 リビングを出て少しすると、「朝ごはん、残しちゃったね」心配そうな母さんの声がきこえた。


 通学途中、電車内で、未明に鳴っていたメールの内容が今朝のニュースと同じでまた動揺した。

 小学校の同級生だから、携帯を持ってる人も少なくて確認が取れないこと。グループのチャットでやり取りした為に、高校で知り合った人にも伝わってしまい、騒いで収拾がつかなくなっていた。俺の既読がつくと再び携帯はうるさくなり、電源を一切触っていないのに、画面は明るいままだ。



「晴ー! 携帯見るの遅ぇよ! 今朝のニュースも観たか!?」

「ニュース観てから携帯見たよ……」


 身近なことがテレビに映り、心配ってよりは、単純にテンション上がってるだけだな、竜のこの反応は。


「取り調べしたりしてー!」

「警察が所持してる銃見れたりして」

「それやばいな」


 チャットに登録してるメンバー以外もすでに、この話をしてるのか。確めたことないけれど、他のクラスにも同じ小学校のやつが居るかもしれない。何か変わったことがあるなら、知りたい。

 朝のHRまで、まだ時間はある。


「晴? どこ行くの?」

「同じ小学校のやつ、他にどのクラスか、竜知ってたりする?」

「おぉ? 情報掴みに行きますか? 隣に居るじゃん。酒眞由美さか まゆみが」


 その名前を聞いて、俺の気持ちは沈む。何も悪いことしてないのに、人を強いる物言いで、なんか嫌なんだよね。


「どした? 行かないの?」

「いや、行くよ」


 高校生だし、印象も変わってるよな。小学校の頃のは上書きしていかないとな。

 その決意はものの数秒で砕け散る。同じような身長だった小学生頃から、酒眞由美は成長期に突入したようで、拳ひとつ分であっても女子だ、負けるとは情けない。

 自然と出来上がった、見下げられる視線。仕上げとして、「あんた達が紗友里に対して酷いことしたんじゃないの!? あたしは遊ぶのを誘ったし、酷いことしてないから!」そう言い切り、化粧で派手な女子グループの輪へ混じってしまった。

 話し合いをしたかったのに、一方的に言われてしまった。女子グループから向けられる視線に耐えきれない。竜を伺うと同じ気持ちだったんだろう、何回も頷き、そそくさと逃げた。


「眞由美からは収穫無しだな」

「もうすぐ先生来そうだし、一旦やめにしよう」

「そうだな」


 本日の予定と、提出の近い配布物の確認……そして、伊奈紗友里と同級生だった生徒は、放課後残るようにと声を大に担任は言った。

 どういう事だろう。その中から事件に繋がる犯人捜し……? 食べた物が上がってくるような気持ち悪さが、喉に張り付く。


 授業の内容なんて頭に入ってくるはずもなく、いつの間にか終わっていた。力が入らない指先、シャーペンはするりと抜けて床に落ちた。


「だいじょーぶ? 顔色ヘンだよ」


 手のひらにシャーペンの、プラスチックの感触がする。


「ありがとう……、恵湖さん。今朝のニュースといい、HRと、直接じゃなくても関係あるのかと思うと気分がねー」

「あぁそれ分かる。紗友里ちゃんが気を許して遊んでる男の子を、私ね、羨ましいって思った頃があってね。小学校の裏手にお寺があるじゃない? そこで男の子が待ってるよって、嘘ついたことあるんだ」


 何それ、複雑じゃん。


「それから失踪したとするなら、小学校の時に大事になってるはずだし、平気じゃない?」

「でも、質問責めに合いそうで怖いんだけど」


 まあ分からなくもない。



 売店、と言ってもコンビニにあるのと大差ない品揃え。お弁当、惣菜パン、菓子パン、おにぎり。食べられそうなのを買い、よく噛み、飲み込んだ。

 変わらず授業の内容は入らない。それでもノート提出で困らないように、指は必死に動かした。

 帰りのHRにて、例の件で放課後に残る名前があげられた。それ以外は速やかに帰るよう、担任は言う。ピリピリした空気が漂い始め、最後の一人になってしまわないようになのか、次々と人がいなくなる。小学校時代の同期だけが残った。


「普段より少し帰宅が遅くなるかも知れないから、心配しそうだなと思う人は、家の人に連絡を入れてくれて構わない。それじゃあ、城ノ内竜から話を聞かせて欲しい。あとの人は廊下で待っててくれ」

「警察は来ないんですか?」


 竜は言った。

 実はちょっと思ってた。


「皆からの内容を、先生から警察の方へ。そういう段取りになってる」


 担任は椅子に座った。聴く相手は誰であれ、事情聴取だ。また心臓が煩い。

 竜が終わるまで。呼ばれるまでは廊下にいないといけない。薄暗い空、ちらちら、雪が降りだしている。


 夏休み前、冬休み前の面談だと思えばいいか。それはそれで緊張するなぁ。冷える廊下。同じ理由で待機する四人。そのメンバーはトイレへ行ったり、一階の自動販売機へ飲み物を買いに言ったりと、なんだか余裕に見えた。


「三十分は経ったよね? どーしよ、緊張する」


 恵湖さんは握った右手に左手をかぶせ、ハァッと息をかけていた。その行動を見てハッとする。いつもする動き、普段の行動をすることで、気持ちを落ち着かせていたんだ。


「ここの教室で合ってる?」

「酒さん!? 何で?」

「担任から言われたの。事情聴取があるからって」

「本当に担任がそう言ったの……?」


 綺麗な黒髪に手ぐしが通る。毛先が胸に下りた。


「そんなわけないじゃない。話が聴きたいって。でも同じでしょ? 言ってることは」


 俺も思ってたことだ。強く否定はできない。


「終わりー! 次どっちがいい?」

「は? 名前呼ばれるんじゃないの?」

「先生がさ、警察が動いて有能な情報得るだろうから、形だけでいいって」


 ……緊張した時間返せ。

 ここは、そうだな。


「俺、最後でいいよ。酒さんと恵湖さん、どうぞ」


 俺の言葉に、恵湖さんはなぜか一歩下がる。


「早く帰りたいし、行かせてもらうね」


 教室の戸を引き、「失礼します」と酒さんは入っていった。

 静かになる廊下。「城ノ内くん、なに聞かれた?」恵湖さんは消えそうな声を出す。


「んー? 伊奈紗友里が行きそうなところ、遊んだ思い出とか、交遊関係。知ってることは全部言えって感じだったよ」


 終わってしまえばお気楽なもので、竜は頭の後ろで両手を組み、鼻歌まじりで答えた。


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