▶茜色した思い出へ(三人称

『こちらが、本日行く心霊スポットとなります』


 薄暗い部屋、布団へうつ伏せになる。枕を手繰り寄せて、彼女は顎を乗せた。少しの間、顔をうずめる。

 枕元にあるスマホへ手をのばし、電源を入れる。暗い中で光りを放つ画面。目を細め、彼女は文字を入力した。


 動画を再生させ、イヤホンを通し耳へ流れたのは、男性の声だった。声の主は登場せずナレーションの立ち位置にいるようだ。

 安定したカメラワーク、テレビで放送されても良いほどに、完成度は高い。


 友達に面白い動画を、と尋ねて返ってきたのが、心霊チャンネルだった。今では動画内に映っている彼らを気に入り、サブチャンネルも見始めているほどに彼女はハマっていた。


 いろんな物音を無理やり怪奇現象に結びつけることなく、推測や考察をしながら探索していく。今にも崩れそうな建物、そこから何やら物音がする。確かに不可解なこと、その一言で済んでしまうだろう。

 だけど、動画を作成している彼らを見ると、その場所には人が住んでいた、何か事情があって離れるしかなかった。怖い以上にも思うことが出てくる。ドキュメンタリーを彷彿とさせるのかもしれない。



 せっかくの休み、どこかへ行こう。そう友達が提案したのを、彼女は快く承諾した。肝試しにこだわる友達へ疑問を抱きながらも。


「暗いのは怖いからって、行くの明るくない?」


 彼女は車の窓を開ける、入ってきた風に髪がなびいた。


「暗くなる頃に帰れば、何も無かったとしても、雰囲気感じれるっしょ?」


 指示器が点滅、右へまがった。


「何かあっては困るよ。仕事あるんだから」


 ガードレールもあり、しっかりした道を車で進んでいった。彼女の視線は景色を向いたまま。「ところで目的地は? 有名な心霊スポットとか?」


 赤信号、ゆっくり減速、止まった。ハンドルを握る手、友達は人差し指をトントン、軽快に動かす。


「いや~……有名かどうかは知らないんだけど、墓地があったから。ていうか、曰く付きとか何か聞いといて行くの、嫌じゃない」

「まぁねー……」

「普段車で来てて、そういやあったなーって感じよ」


 この友達のノリからして、本当に怖いのは嫌だけど、ちょっと不気味なのが欲しいんだと彼女は考えた。

 前方には二つに道が分かれている。

 でも彼女らが進んでいる方向的に、左へ行ったほうがいいだろう。右は向こうからこちらへ来る、そういう流れだと見てとれた。

 不意に彼女は背筋をのばし、口を開く。


「なんか、ここ、知ってるかも」

「は? マジで? ほんとに言ってる?」


 友達は前を気にしながらも会話をつなげた。緩やかな坂を走りきる。車の速度はゆっくりになり、トンネルの前で停車した。


「道の脇に停めるのもなんか悪い気がするから、ちょっと怖いけどトンネルの前ね」


 車から降りる二人。彼女はたった今入ってきたところまで引き返し、周りを見た。


「大きい道だけどすぐに曲がりだし、ここが良いかもね」


 彼女はトンネルへと向き直す。二人そろって足を踏み入れる。足音が短く響いた。向こう側がすぐに見える、短いトンネルだった。

 コンクリートの足元、コツンと鳴る音。足踏みから彼女は歩き出す。


「ちょ、ちょっと……向こう山だよ? どこ行こうとしてんの?」

「え……いやー、懐かしいなぁって思って」

「は? え、マジ? 感じるタイプだったの?」


 表情が強張っていく友達に、彼女はさらっと返した。


「目的地行こっか。あっちなんでしょ? ある気がする」

「ある気がするって、えー……嘘でしょー」


 大きい道へと戻り、右側、白線にそって歩いた。まっかな赤、少しオレンジが混ざって見える夕焼けが二人を包み込む。


「道がさ、二つに分かれてる部分あるじゃない?」

「あー、来るとき見たね」

「あそこにさ、家、建ってたんだよ」


 前後が一拍置かれ、印象づけられる家という単語。友達へ送る流し目。


「ん? ちょっと待って、怖い話?」

「父親と母親、女の子と男の子、お婆さんが住んでたらしいんだ」

「ほんとに待って、怖いやつじゃん」


 怖いのを欲しがったのはあなたですからね。墓地へ行くまでの間、彼女は話を続けた。


「夕方になるとさー、太鼓や鐘の音がするんだって」

「どういうこと?」

「その家、信仰があったらしくて、お祈りの時間とか──、そういうの?」

「あぁ~、だったらありそうだよね。それが今でも聞こえるとか?」

「どうだろうね~」


 現在、一軒家が建ってある、その隣にも家はあった。取り壊されたんだろう、元の姿はどこにも無い。


「おかあさーん、開けてよーって女の子の声が」


 彼女の口元はゆるむ。


「やめてって……その感じからして虐待のようにも聞こえる」

「いやー、ほら反抗期ってあるじゃない。もう少し遊びたかったんだけど、閉め出されたってやつ」


 坂と階段が見えてきた、墓地はもうすぐそこだ。友達の足取りが遅くなった。彼女は気になって振り返る、「うん、面白半分で行くのはいけないよ。帰ろ」


「目的、達成しなくていいの?」

「あんたの怪談話で充分ヒンヤリを満喫したよ」


 夕焼けを目に焼き付け、車に乗り込んだ。


「それマジの話なんでしょ? どこで知ったの?」

「あー……、この場所ね、小学生の頃、住んでたのよ」


 彼女は頬をかいた。


「へ? 家族の人数とかは?」

「適当に」

「女の子のやつは?」

「んー……それも、作ったかな」


 前を見て何事もなく運転する友達。その様子からして、言葉を濁した彼女の考えには気づいていないようだった。

 シートベルトへ深く凭れ、彼女は安堵の息をつく。


 小学生だった彼女は、まだまだ遊んでいたいが為に母親から言われていた門限を破った。玄関に手を掛けるも、びくともしない引き戸。彼女はおかあさん、と叫んだ。

 鍵が開けられる音、引き戸が動き見えたのは、怖い表情の母親だった。


 丁度、今頃の時間帯。だんだんと沈んでいく茜色の夕日。家へ入れないかもしれない恐怖から、彼女は咄嗟に反省していると嘘をついた。


「そういや前に聞いたっけ、あんたの家も信仰してるって」


 あの頃が鮮明に思い出され、瞳に滲む涙。彼女は目を擦る。


「勧められた動画にハマっちゃって、それをまぁ、怪談風に語ってみたわけよ。どうだった?」

「ヤバいわ。言っていいのか分かんないけど、楽しめた」


 母親から聞かされる信仰の教え。

 純粋に信じていた小さい頃。

 中学、高校、交友関係が増えて彼女の見る世界がどんどん広がっていった。

〝神様に──〟なんて言葉はいつしか彼女には呪縛となっていた。


「私の家も、ほったらかしにしたら、いろんな噂されちゃうのかな」

「信仰してるってことは、いろんな道具があるわけでしょ? 結構な噂になるだろうね」

「好きな家ではないけど、そうなるのは嫌だな」


 夕日は沈んでしまい、街灯が目に映る。

 友達が教えてくれた動画を思い返す。たくさんの映像には神社もあった。大事にしなきゃいけない道具がそのままで、荒れ放題なところが映し出されてあった。


 いろんな思いを込めて造られたはずなのに、今じゃ管理されずに朽ちていく。どんなに嫌な家であってもそんな最後は見たくない。


「今日はありがとねー、また明日」

「こちらこそ、運転ありがとー。またね」


 家へ着く頃には、辺りは真っ暗になっていた。見た感じは瓦屋根の普通の一軒家、玄関を入ると、温かみのある畳の床。目の前には神棚が鎮座する。三方には米や酒が盛られ、お供えしてある。


 彼女は大きく言う。「ただいま」

 奥の部屋から、「お帰り」と家族の声が返ってきた。


 どんなに噂が出ても、曰く付きになっても、住んでいた人がいて生活があった。痕跡からそういったのが見えると、結構身近かもしれない。



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