*(タイトル無し 下

「竜? 遅くなるし帰っていいよ?」

「帰っても暇だし、待っとくよ」


 竜は壁に凭れ、携帯をいじる。

 一人、また一人と先生からの話をクリアしていき、それぞれ安堵の息を洩らし、家へ帰っていく。

 夏だったら平気なのに、冬の空はもう暗い。格好よく最後なんて言ったけれど、電車の時間を考えたら、余裕に振る舞っている場合じゃないんだよね。最悪母さんに連絡入れて迎えだな。


「気をつけて帰るんだぞ」

「はーい」


 そういう声が聴こえたかと思うと、教室の戸は開く。


「高比良で最後か? 遅くなって悪いな。別の日にでもするか?」


 十六時半。部活もやってない俺がこの時間帯まで学校……内心ドキドキだった。格好つけてまで残ったんだ、今さら他の日にずらすのはなんか嫌だ。


「いや、大丈夫です」

「それじゃあ、ササッと終わらすか」


 教室の戸が閉められる。担任と一対一だ。面談であれば担任の手元には俺に関することが載っている紙があるけれど、何もない。

 竜が言った通り、知ってることは全部話せ、そういう事だ。


「隣のクラスの、酒さん。恵湖も、高比良は伊奈紗友里と仲が良かったと言っているんだ。高比良から見て、伊奈紗友里のことをどう思ってた?」


 ……あれ? 遠回しに自分たちは非が無いと言っているようなものでは? 酒さんだって遊びにはよく誘ってたって言ったよね。恵湖さんにいたっては紗友里に嘘をついた事があるって。


「……クラスのみんなで籠目をして遊んだ事はありましたけど、それだけですよ。紗友里は大人しいし、会話が弾んだ覚えも無いし。紗友里にとっては非難してこない良いクラスメイトの位置だと思いますよ?」


 担任の表情は少し変わる。


「紗友里って呼び捨てにできる関係なんだな」

「え? 大体、そうじゃないですか? 竜だって同じでしょ」

「城ノ内は伊奈さんって言ってたよ。残りの二人は〝…~ちゃん付け〟だ」


 これじゃあ、一番関係あるの俺になってくる……。


「別に犯人捜ししてるんじゃないんだ。お前たちは無関係だよ。まぁ何が手掛かりに繋がるが分からないからな、こうして協力してもらってるわけだ。仲が良いのはいいことだ。無事にみつかったとして、よく知る同級生が居るのは安心できると思うぞ」


 たぶん、時間も遅いからってことなんだと思う。俺の番はあっという間だった。「え、もう終わり!?」なんて竜が拍子抜け。みっちり時間が経過したあとで、ニヤニヤしながら結果を聞きたかったんだろうと推測する。


「気をつけてな」と、担任の言葉を背に受け、俺らは帰りの道を歩く。

 暗い空に天候が気になり、携帯の電源を入れる。母さんから連絡が入っていた。今から帰ると返信を打ち込み、制服のポケットへと仕舞う。


「じゃーな、晴。また明日ー」


 押して歩いていた自転車を、颯爽とまたがり、竜は坂道を上って行った。

 自動販売機に並んでいる、あたたかーいの文字。寒さのあまり負けた。硬貨を入れてボタンを押す。ペットボトルの蓋を開け、ひとくち飲む。がちがちになっていた身体が、ほぐれる。

 電車がくる時間を確認する。あと三分ほどだ。昼間は人が多くて座れないベンチも、今の時間帯は空いていた。雪が積もっては太陽で溶けたんだろう、湿っぽさの残るベンチ。


「もしかしてハル? うそ、久し振り~」

「あ、ミホちゃん」

「制服だぁ~、一瞬気付くの遅れたよ。部活帰り?」


 そう言った飯塚未帆は、私服でリュックを背負っていた。遊びの帰りだろうか。


「担任から事情聴取受けてた」


 笑って言ってはみたものの、普段の生活では絶対に聞くことの無い言葉には、無意味で。「……え、どういう事? 大丈夫なの?」と思いっきり心配された。

 同じ小学校だったし、親を通して何か聞いてないかな。わずかな期待を抱き、今日あった出来事を全て未帆ちゃんに話した。


「そう、だったんだね。ごめん、なんにも知らない。ニュースにもなってるなら、お母さんは知ってそうだな……。うちね、中学休みがちになっちゃって、フリースクールに行ってるんだ。今はその帰りなの」


 紗友里と一緒に居た未帆ちゃんが浮かぶ。いつでもお絵描きをして過ごしていた休憩時間。俺はそれを見ていた。

 普通に学校へ行けないことに、引け目を感じているのか、未帆ちゃんの表情は曇る。どう言えばいいんだろう、俺って、励ましたいのか?


「今は、楽しい?」


 やっと出た言葉に、未帆ちゃんは笑ってくれた。


 話しているうちに電車は到着し、乗り込んだ。同じ方向の電車。お互いの家は案外近いのかも。

 久し振りに会ったこともあり、小学校の話題が出る。楽しい思い出からニュースのことへと話しは転がっていった。


「俺ってそんなに紗友里と仲が良かったのか、謎なんだけど」

「紗友里ちゃんと一緒だったのは確実だよ。絵描いてる紗友里ちゃんのところへ、ハルは寄って行ってたの。二人の間に会話は無いんだけどね~、でも楽しそうだったよ」

「マジか……。あ、籠目したのは覚えてる?」

「んー、知らないなぁ。クラス別だったのかも。あーだけど、マユミの無理強むりじいで紗友里ちゃんが怒ったって噂になったよ。珍しかったからかも、少しの間だけどね」


 そんな真相があったとは。俺の記憶、どうなってんだ。


「小学校裏のお寺に、紗友里が呼び出されたことは知ってたりする?」

「うそ……そんな事する人いたの!? 最低」

「あーでもなんか、紗友里が一緒にいた男子が羨ましかった的なこと言ってて、まあ妬み? 実際行ったかどうかは不明なんだけど」


 行ったとして何か遭った場合、その頃大事になってないといけない。恵湖さんが言ったことは、思い出が誇張している。俺みたいに。


「ん~、ん? 紗友里ちゃんよくお寺で遊ぶって言ってたんだけど、その話と繋がるのかな……でも、相手はハルだったから、それは無いか」

「何で俺が出てくんの?」

「誰と? って聞いたらハルくんだって言ってたから。誰かが見てて、巧く使われたんだ」


「なーんてね」と未帆ちゃんはふざけた。この状況では心臓に悪いからやめてよねっ……!

 車内にアナウンスが流れ、未帆ちゃんは下りた。窓越しに手を振ってくれて、気付いた俺は慌てて手を振り返した。

 まばらに人が乗っている電車の中、腰を下ろし、考えを巡らせる。いろいろ出てくる出来事。だけど、どれも小学校の中だけで済んでいる。何が切っ掛けで居なくなってしまったのか。



 目を凝らして歩いてきて、明るい玄関にホッとする。

 リビングからは楽しげな声がこぼれていた。部屋へ駆け上がり、制服を脱ぐ。もうとっくに着慣れた制服だと思っていたけれど、部屋着になって肩の力が抜けるのを感じた。

 家にいる時の自分、学校で振る舞っている自分、なにやらスイッチの切り替えがあるっぽい。


「ただいま」

「あら、帰ってたの? 玄関が静かだったから、もう一度連絡入れて迎えに行こうかと思ってたのよ。寒かったでしょ~、ご飯できてるよ」

「──うん」


 いただきます、と呟いて、ご飯を口に入れる。


「何かあった?」

「母さんも知ってる、紗友里の事だよ。同級生の中で知ってることないかって、放課後残ってたんだ」


 ソファでテレビを観ていた妹が、くるりと身体の向きを変えていた。興味津々にこう言うのだ。「えーなにそれ、取り調べみたいだね。やばっ」


 俺らもそう思ったりしたんだ、茶化すなと言えない。


「それは疲れたね~。なにか分かったことあった?」

「うぅん、何にも」

「小学生か~。紗友里ちゃんを学校裏のお寺へ誘ったりしてたわよね」


 テーブルの向かいに座る母さん。マグカップを持ち、思い出に浸り出した。


「俺が? ほんとに?」

「二年生の頃だったかしらね~。将来的に好きな人ができて、付き合いがあるんだろうなぁ~って期待はあるのよ。一生懸命にエスコートしてきたんだって思うと、誇らしかったわ」


 恥ずかしさを誤魔化そうと茶碗を持ち上げ、お箸でかきこんだ。嫌な予感がしてソファに目をやると、妹はニヤニヤして見ていた。

 お茶で流し込み、「ごちそうさま!」部屋へと直行する。

 勉強机についてる本棚から卒業アルバムを取り出した。少し重みのあるページをめくっていく。この頃と変わらず可愛いなぁと思ったり、俺自身のは、成長してるのかどうかさっぱりだ。



 竜と遊んだ学校の帰り、一駅ほどだけれど、あまりの冷たさに電車を選ぶ。ガラガラの車内、迷わず座りに行った。

 電車が動き出しですぐに、同じ歳の男が、俺の隣に座る。どこに座っても文句は出ないのに、何で隣なんだ。スッ──、と携帯の画面が視界に入る。


 …──っ!?

 小学校の卒業アルバムの写真! それも俺のやつ。なんなんだコイツ。


きみで合ってるなら何か反応して」


 スパイみたいな、水面下で何かを探る感じ、すげぇ格好良いなぁ。なんてお気楽に考える場合じゃないか。

 携帯を取り出し、メール作成画面を開く。〝俺で合ってる。君は誰〟そう手短に打ち込んで、相手の目の前へ出した。

 相手は吹き出した。「何そのスパイっぽいの」


 フーッ、と呼吸整える。「飯塚未帆、知ってる名前だろ? 飯塚から頼まれた」


 知ってる名前が出て安心はした。でも頼まれたってのはどういう事なんだ?


「伊奈紗友里のことで、知ってる事を話してやって欲しいと」

「同じ学校だっけ?」


 相手の視線は放物線を描くように飛んでいく。「六年間、保健室登校だったけどな」「なんか、ごめん」俺は間髪入れずに謝っていた。


「まあ、伊奈さんと家は近くだったから、君とお寺へ行っていたのも見たことある。一人で行ってるときもあった。暗くなっても居た時は、話し掛けたよ。〝待ち合わせしてるんだ〟って言い切るから、伊奈さんのこと信じたけど、もしかしたら、事件の切っ掛けをつくったかもしれない」


 相手は俯いた。「悪いことしたなって。元気でいたら良いんだけど」


 誰となのかはっきり言わずに、待ち合わせだけを言い切る紗友里。それって、恵湖さんが言ってた悪戯のことなんじゃ……。

 彼女は悪くないけれど、事件への引き金を造ってしまったんだ。

 そういや保健室登校してる、顔が格好良い男子がいるって、噂になったことあったな。


「稲見俊くん、だよね。いろんな要素が合わさって、事件に繋がったのは確実だと思う。だけどさ、俺も自分のことを責めたいし、皆同じだと思うよ?」

「だからって、許せないし」


 稲見くんは写真のフォルダから、卒業アルバムを消す。


「学校から紗友里のことで知ってるなら、話してほしいって、同級生全員、面談をしたんだ。俺、担任に言おうと思う。稲見くんが知っている事、全部伝えてもいい?」

「直接警察へ言いに行くのは、選択肢に無いんだ?」

「出来る勇気あるなら、言って来てよ」

「嘘、無いよ。晴君に任せる」



 数日後、家に久しい名前の人から電話が掛かってきた。あの時と比べたら、声の高さは低くなったのかな。上品さが出て、別人のようだ。


『ハルくん。捜査に協力してくれたんだって、助けてくれて、ありがとう』

「小学校のときの、皆の言ったことを警察の人に伝えただけだよ。元気でよかった」


 なんだろう、これまで口に出してきた事なのに。本人が聴いてるって考えると、緊張してきた。


「紗友里っ……さん。気持ちの整理がついたら、皆と会ってみない?」

『うん。目標にします』



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