△鯨よりも深く

 恋愛のパターン、その1。



「田端和臣くん」


 文化祭、心踊る言葉の響き。

 中学より規模が大きい高校での祭り、そこで僕は期待する。おもしろい出会いがあったりしないかなって。


「僕の絵に、なにか?」


 僕が描いた鯨の絵。その前に佇む女子。ひとりごとだと思うんだけど、返事しちゃった。

 ブレザーのポケットに手を突っ込み、少々前のめりで絵を見ている。


「これ、君が描いたの?」

「そうだけど」

「ふーん、すごいね」


 まじまじと見られると、なんか恥ずかしくなってくるなぁ。こういう展示って、さらーっと流し目にする人が大半だから。

 肩につく長さの茶髪、首にヘッドホンをかけて。あっ、上履きの色、赤でしたか。先輩じゃないですか。


「深く潜る、水の音が聴こえてきそうね」




 先輩は美術室へよく訪れるようになった。きっかけを言うなら、文化祭のあの日しかない。


「涼しそうな絵ね」

「不思議なものを描くのが好きなんで」


 一年の僕と、先輩。

 部員の視線が飛んでくることはあっても話題に上がることは無く、改めて居心地の良い関係だと思った。


「ちっちゃい魚、可愛い」


 先輩との時間は、楽しい。けれども、少し緊張する。スマートフォンを構え、先輩は写真を撮った。




 階段を上がる。

 これまで先輩たちが使ってた教室へ、これからは僕らが使うんだ。学年が上がることでフワフワする気持ちと、会えなくなる寂しさ。


「たぶんこれ、田端くんにだと思う」


 部員が教えてくれた封筒には、鯨のイラスト。


〝君との時間は短かったけど、楽しかった。手紙、なんで書きたくなったのかは、あたしにもわかんないんだけど。これっきりにしたくないんだと思うのね。

 文化祭、遊びに行こうと考えてるの。君を探してもいいかな?〟


 訊ねたい言葉を書かれても、返事できないじゃないですか。僕も、これっきりにしたくない。先輩のこと、探しますからね。




思い付いた場面その1、でした。

先輩の性格にも、僕の性格にも、なんだか違和感。初めより先輩は優しさが出ていて、僕のほうは犬っぽい、人懐っこいというか。



 ─────



恋愛のパターン、その2。



 部活終わり、「後輩くん、この後空いてる?」と訊ねられたのが、今から数分前のこと。

 太陽や雨を浴びたイスは、少し力を入れれば折れてしまうんじゃないか、そう思うほどに傷んでいる。ヒヤッと冷たいものを僕に押し付けると、先輩はイスに座った。案の定、パキッと音がした。


「先輩、汚れますよ?」

「別にいいよ。アイス、溶けてしまわないうちに食べなよ」

「200円くらいですか?」


 木のスプーンで氷を掬い、口へと運ぶ。「長く付き合ってもらわないといけないし、お詫びだから、そのまま受け取っておいて」


 冷凍から出されたアイスは、外の気温に反応する。溜まった水滴が僕の手首を伝う。「どこへ行くんです?」


「んー? 秘密。お金、使いたいの」そう返事がきたあと、蝉がけたたましく鳴いた。



 電車に揺られ、先輩のあとを追いかける、水族館が見えた。


 料金はそれほど高くはないけど、行き帰りのことを考えると、水族館へ行くべきではない。普段から真っ直ぐ家に帰るせいで、寄り道する用の金額が財布には入っていない。


「お金なら、あたしが出すよ。行き帰りも気にしてたんだけどさ、それはあるんでしょ?」

「……すみません」

「なんで謝るかなー。あたしの勝手に付き合ってもらってるのに」


 ほんのり冷房が効いてるのかもしれない。それでも水のなか泳ぐ魚たちが、とても気持ち良さそうで。涼を感じる。


「テレビで見たんだけどね、水族館の中にお寿司屋さんがあるんだって」

「どこの水族館ですか」

「それは忘れた」


 気持ち良さそうと思った瞬間にコレって……、萎える。

 学校終わりに来て、水族館も閉める時間が迫っていて、メインイベントのイルカショーはやっていない。


「イルカショー、見たかった?」

「水族館と聞いて想像できるのは、イルカショーだなぁって」

「そう? あたしは、周りの魚みたいに泳がせてあるのを見たいかな。ショーの良さはどこなの?」

「正直、イルカショーは興味ないです。飼育員とイルカの会話してる、通じるものがあるって分かると面白くて。そこが好きです」


 先輩は首にかけてあるヘッドホンを外し、髪を整えた。再び首へかける。視線の先には、お土産売り場があった。


「会話、ねぇ……」

「知識と一緒に居た時間が繋げたんだと思うと、不思議じゃないですか」

「年下なのに、大人びてるのがムカつく」

「じゃあ僕も、ムカつくこといいですか?」

「なに?」

「お金、僕が出したかったです。年下だけど男なんだから」

 先輩の口がフッと緩んだ。「それ、自分にムカついてるだけじゃない? ちょっとキーホルダー見てくる」



 外灯がちらちら、目につく時間帯。

 少し距離はあるけど、学校からの最寄り駅。いつもより長い時間、先輩と居た。これは、誰かに見られていたら、で……デートってことに?


「あのー、先輩、今までの時間って、その……」

「ん? デートって言いたいなら、言ってもいいよ? 辞書にもさ、男女が一緒に居たからってデートにされてるんだし」

「一つの事だけに判断されすぎですよ! 互いに好意があるとか、ちゃんと記載されてますから!」


 目の前、マニキュアの光る指からさげられた、鯨のキーホルダー。

「お揃いつけてたら、噂になるかもね。後輩くんとなら、あたしは良いと思ってる。今日はありがとう」


 どちらかと言うと、突き放す感じの言い方。後ろ姿、鞄にはキーホルダーが揺れていた。



思い付いた場面、その2でした。

お金使いたいとか、ちょっぴり危険なのが先輩らしさですね。真面目キャラが僕。





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