◇僕は今、気になる子の友達と付き合っている。

「あっ! 待ってたんだよー、帰ろー」


 口角が上がっているから笑顔のはずなのに、長い前髪のせいで目は隠れ、残念な印象を受けてしまう。下校時、一緒に帰ろうなど約束はしていない。だからその台詞は、おかしいんだけど……。言わせてしまう切っ掛けを作ってしまった僕が悪いんだよな。



 高校受験の日、僕は消しゴムを忘れた。トイレ休憩も済み、筆記具だけを机に用意し、あとは用紙が配られるのを待つだけ。

 事前に準備しておくのは当たり前の行為だし、緊張と虚勢で困っていると主張が出来ずにいた。

 そんな時だ。制服が大きいのか、指先だけが見え、そこに包まれた歪な形の消しゴム。一瞬だけ響き、そのあとは雑音に消されてしまいそうな声が。


〝良かったら、使ってください〟


 風鈴みたいな声、そう思った。お礼を言おうと顔を上げるも、すでに着席したらしく、背丈も顔も分からない。



 あのあと冷静になって思うのは、僕の様子を見ていて、急きょ消しゴムを二つに割った。その考え以外、想像が出来なかった。想像か妄想か、繰り返すうちにもう一度会いたい、その気持ちが強くなっていった。



 選択授業、神様はいるんだと思った。

 隣の席から転がってきた消しゴムは、あの日と形が似ていて、くるっと向きを変えた。油性マジックで書かれた、『合』という字。受験の時から筆箱に入れっぱなしのを取り出す。『格』?……でいいのかな。そうなると、合格?


「わぁ、ピッタリだね」


 隣の席から女子の声が飛んでくる。その時の僕は舞い上がり過ぎた。「良かったら、付き合いませんか?」そう言ってしまったんだ。授業終わりに気づく、僕が気になっていた女子は、その後ろに居た。受験の頃だし、残っているのは消しゴムと声の印象のみ。間違えて告白しましたなんて、言えない。


 周りから見れば彼女となる女子と、二人きりの会話。他愛もないやり取りに、スマホの着信が間に入ってきた。


「ちょっとごめん……、もしもし?」

〈素直に間違えたと、ちゃんと謝れよ?〉


 電話してくるなり、それか……。友人の言う事は、ごもっともなんだけど。長い前髪が様子を伺ってきた。


「それは分かってるんだけど……ごめん、また後で」

「誰からの電話?」

「友達だよ」

「よかったあ~。私さ、こういう見た目だから告白されたこと無くてね。すごく嬉しいんだ」


 長い前髪のせいで時々見える目が、なんか怖い。


「オシャレも似合うわけないって、まぁ今でも思ってるんだけどね。思い切って買ってみたんだ」


 制服のポケットから取り出し、前髪になんか付けている。


「ヘアピン。どうかな?」


 主張し過ぎず、でも華やかに。桜のアクセサリーは黒髪に良く合い、整った顔立ち、大人びて見える彼女にとても似合っていた。どうしよう、かわいいんだけど……。



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