アルバイトのミーア達1
話しは少し戻って、アルバイトすることが決まったミーアの初出勤日。
シーナとシールの姉妹は一週間前からあっちのアパートで生活を始めていた。
当初アパートは転移がバレない用の隠れ蓑として使うだけの予定だったのだが、好奇心旺盛な姉妹はそこに住みたいと言い出した。
結界の外の世界も体験したかったそうだ。
彼女達の希望はなるべく叶えてあげたい俺にはふたつの心配があった。
ひとつめは日本の常識について。
ふたりともかなり勉強したようで違和感は減っているが未だ心配も大きい。
これについては山下老人の孫娘の真理さんがサポートしてくれることになった。
次にエルフ特有の微妙な言葉の語尾。
シーナとシールのふたつはアナウンス講座を受けたりして頑張っていたが、発声帯の違いからか、なかなか克服出来なかった。
そこで俺は長い耳を隠すために持たせてある魔石に発声支援の魔法陣も追加した。
あっち側は魔力がほとんど無いから、魔方陣を起動させるためには、ある程度の魔石の魔力保存量が必要となる。
万が一の為に3日分の用量を用意しようとすると1キログラムくらいの重さになった。
これでは普通に生活するのも難しいため、解決策に苦慮する。
しかし解決策は思わぬところから出てくる。
通販番組を観ていたレンさんが解決策を思い付いたんだ。
それは魔石を砕いて服の生地に練り込むというもの。
魔石から不純物を取り除き純粋な魔力結晶のみを糸に練り込み作られた服には約1週間分の魔力を詰め込むことが出来るようになったのだ。
こうして問題を克服して、ふたりをアパートヘ送り出してから一週間後、ミーアの初出勤日となったわけだ。
「ヒロシー、行ってきまーす。」
「「ヒロシ様行って参ります。」」
うん、すっかり標準語になっているねえ。
地元の方言じゃないから、あっちじゃ別の意味で違和感があるかも。
3人は夜汽車に揺られてじゃなくて、魔方陣に乗ったサクッと消えてしまった。
ミーア達があっちに行ってから一週間。
レンさんとムムさんはシーナ達のことが心配のご様子。
えっミーアが一番心配だって?
ミーアは毎日戻って来ているからね。
でもあのふたりは、あれから一度も戻って来ていないんだ。
少しでもあっちの世界に溶け込みたいからなんだって。
ミーアが毎日彼女達の情報をおしゃべりしてくれるし、日報も欠かさないから、心配無用だと思うんだけど、レンさん達にとっては不馴れな異世界だしね。
「レンさん、ムムさん、明日は休日だからシーナさん達のところに行ってみますか?」
「ヒロシ様、気を遣わせて申し訳ありまセン。
できればお願い致しマス。」
「分かりました。心配ですよね。
レンさん達にも服を用意してあるのでそれを着ていって下さいね。」
俺が用意したのはもちろん魔石を練り込んだ洋服だ。
レンさんが紡いだ毛糸をあみあみしてチュニックにした。
オレンジ色の魔石を練り込んだ糸は淡い落ち着いた仕上がりで、レンさん達の豊満な胸を強調するような深めのVネック。
黄色の魔石で作ったムムさんとお揃いに仕上げた。
「まあ、綺麗な服を有り難うござイマス。」
「下はジーンズ?デシタか?
とっても素敵デス。」
ふたり共気に入ってくれたようでなにより。
他のエルフ達も出てきてふたりの服を褒め称えている。
うん?こちらに物欲しそうなたくさんの視線を感じるのは気のせいか?
そんなはずはないよね。
それからしばらくの間、チュニック作りが俺の仕事に追加されたのは言うまでもないだろう。
さて、レンさんとムムさん。
ふたりを連れた俺はシーナ達が住むアパートヘ魔方陣でひとっ飛び。
「イタッ」
魔方陣は押入れの中にあるため、屈んで乗ったのに、真ん中の仕切りに頭を打った。
身長が同じくらいのふたりは無事な様子。
俺の坐高が高過ぎのか。
スタイルの良いエルフにちょっと嫉妬。
ふすまを開けて室内ヘ出る。
未だ仕事中の時間でもあり、部屋には誰も居なかった。
レンさん達も興味津々でキッチンや風呂場、トイレと見学してはなにやら話しをしている。
「ヒロシ様、こんなに良い家をあの子達に与えて下さり有り難うございマス。」
「生活感もありますし、ふたりでしっかり生活出来ているようですね。」
「ええ、食事もちゃんと摂っているようでなによりデス。」
キッチンのゴミ箱を覗いていたムムさんもホッと一息している。
「わたし達はシーナ達の晩御飯を作っておこうと思いマス。」
「それはいいですね。材料は足りますか?
足りなければ近くのスーパーにでも案内しますよ。」
ふたりはスーパーを楽しみにしていたみたいで、笑顔満面で「直ぐに行きましょう」と俺の手をとった。
持ってきた食材は冷蔵庫に入れて3人で歩いて10分程のスーパーに行った。
ふたり共、何度か結界の外に出たことがあるから、自動ドアくらいじゃ驚かない。
定番のウオシュレットも大丈夫。
エルフ達の家にもウオシュレットは付いているからね。
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