思いもよらないお誘い
ヒロシ領全体が日本酒の完成に盛り上がっている頃、ヒロシはひとりで頭を抱えていた。
「あれだけ情熱をかけて作った日本酒が出来たんだから、他の人達に呑んで欲しいのは理解出来るし、俺もそうしてあげたい。
今の日本じゃ販売許可すらとるのは難しいし、まして製造許可なんて至難の業だよ。」
「ヒロシ~。何でっかい独り言言ってるんだよ~?」
自分の世界に浸っていたヒロシはミーアの声に我に返る。
「あー、ミーアか。
いやな、日本酒が出来たのは嬉しいんだけどね、この国じゃ日本酒は作るどころか販売するのも許可が要るんだよ。
でもさ、許可をとるためにはここの場所を知らせなきゃいけないんだ。
エルフやドワーフが居るのにそんなの出来るわけ無いじゃないか。」
「ふ~ん、善く分からないけど難しいんだな。
あっそうそう、ところでさあ、ヒロシ。
この前公園で会ったお爺さんがも日本酒を作ってるんだって。」
「この前っていつ公園に行ったんだよ?」
「3日くらい前かなあ。レンさんとこのピーターが行きたいって言ったから連れて行ってあげたんだ。」
「ダメじゃないか!危ないし。」
「大丈夫だよー。さっき話してたお爺さんと友達になったしー。」
「友達が出来て良かったね、ってそうじゃなくてぇ。」
「まぁまぁいいじゃんか。
それでさぁ、そのお爺さん、もう来れなくなるかもって言うんだ。
お酒を仕込む?人が居なくなるから、どっかに引っ越しするかもって。」
うん?お酒を作っている?仕込む人が居なくなる?
つまり杜氏が居なくなるから醸造所を畳むってこと?
「ミ、ミーア!そのお爺さんと逢えるかい?」
「うん。ヒロシも友達になる?
今から行く?今なら公園に居ると思うよ。」
「ミーア、直ぐに行こう。」
もし俺の予想通りなら日本酒の醸造所を営むお爺さんは杜氏と後継者を探しているはず。
公園の林の中に続く転移の魔方陣に飛び込む。
光の粒子を浴びた後には少し薄暗い林の中。
ミーアに手を引っぱられた先にはパンダの遊具があり、その先にひとりの老人がいた。
「おじいちゃ~ん!」
「おや、ミーアちゃんじゃないか。
今日は少し早いね。」
「おじいちゃん、久しぶりだね!
会えて良かったよー。」
「ミーアちゃん、……うん?そちらはお兄さんかな?」
「ううん、ヒロシだよ。」
「初めまして、ヒロシって言います。
ミーアは従妹なんです。」
「これはこれはご丁寧にね。
わたしは山下勇志と言います。」
「山下さん、いつもミーアがお世話になっているそうで、有り難うございます。」
「いえいえ、ミーアちゃんの天真爛漫さにわたしも癒されているんですよ。」
「おじいちゃん、ヒロシが話したいって言うから連れてきたんだよ~。」
「山下さん、すいません。ミーアから少し山下さんの話しを伺ったものですから。
ぶしつけにお伺いしますが、山下さんは日本酒の蔵元をやっておられますか?」
「あー、ミーアちゃんはわたしの独り言を聴いていたんだね。
そうですよ。隣町で小さな醸造所をやってます。
でもね、そろそろ潮どきかなと思ってるんですよ。」
「どうして辞めてしまわれるのですか?」
「杜氏が病に倒れてしまってね。
酒作りを続けられなくなったんですよ。」
「やはりそうでしたか。
山下さん、ちょっとこの酒を呑んでみて頂けれませんか?」
俺はドワーフ達が作った日本酒のうち一番日本人受けしそうなものを持って来ていた。
ラベルの無い一升瓶と猪口を怪訝そうに見つめる山下老人。
「どうぞ召し上がって下さい。
俺の懇意にしている人達が作ったんですけど、ちょっと訳ありで。」
俺の真剣な様子を見つめていた山下さん。
フッと笑みを見せると一升瓶の栓を抜いて鼻を近づける。
「……うん?」
その豊富な香りの知識から銘柄を探していたようだが、どうやら初めての香りのようだ。
当たり前だけどね。
山下老人は猪口に酒を注ぎ、利き酒をするように香りと味を確かめる。
その恐怖を覚えるほどの真剣な眼差しは、これからの駆け引きの為に必要なポーカーフェイスを保つのが困難になるほどだ。
「旨い…、だがわたしの知らない味だな。
これはどこの酒だ。まさか密造か!」
「そうです。まだ詳細は明かせませんが、俺の知人が作りました。
今俺はこの酒を作らせてくれる酒蔵を探しているのです。」
山下老人の眼光が更に鋭くなり、それは堅気のそれではないと分かる。
そう、それは榎木広志がロシア滞在時に幾度となく向けられたKGBの残党のそれを思い出させるものであった。
「ヒロシ君と言ったね。
君にはその見掛けにそぐわない波乱と闘争の気迫がみえるよ。
どうやら君は信用に価する人物のようだ。
話しを聞かせてもらおうか。」
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