日本酒を作ろう3

ヒロシ村、いや今ではすっかりヒロシ領として定着した感のあるこの場所で、今一大プロジェクトが行われていた。


村民挙げての日本酒作りである。


いやバスや鉄道の方が大プロジェクトに相応しいだろうって?


普通はそうなんだろうけど、ドワーフ達の意気込みがまるっきり違う。


彼らにとっては酒が動力源であり、生命の根源、すなわち何よりも最優先事項なのである。


エルフ達も酒は飲むが、ドワーフのように浴びるようには飲まない。


だが、旨い日本酒を作るための米作りとなれば話しは別だ。


如何に品種改良を行い育てていくかという一見地味な探究心はエルフ達の本領であろう。


つまり日本酒作りはヒロシ領全領民挙げての一大プロジェクトと言って過言ではないのだ。


バスや鉄道、農機具や建築のプロジェクト担当者も自らの大仕事にプライドを持ちつつも、日本作りプロジェクトの一助としての責任感を感じているみたいだ。


さてその進捗状況は如何に。


日本酒作りの第一歩は、ヒロシがネットで購入した酒米10種5000KGの吟味から始まった。


米を炊き、粘り気、色、香り等を慎重に吟味していく。


それと並行して日本酒製造に関する様々な文献や論文の調査が行われた。


ヒロシは全然知らなかったが、米を原料とした酒は2000年以上の歴史を持ち、現在の清酒ですら400年以上の歴史を持つと云われている日本酒。


日本書紀や古事記にも登場し幾千もの酒蔵が切磋琢磨して築き上げてきたその蓄積は想像を絶するものがある。


そのほとんどは各酒蔵による門外不出であろうが、研究者達による科学的な分析結果も大いに取り入れられ、品質向上に大きく貢献しているのである。


近年の少子高齢化による杜氏の絶対的な不足はその門外不出とされてきた技術であっても科学的に分析され、工場での生産を可能としてきている現在、日本酒作りに関する文献は山のようにあるのだった。


ヒロシの資産を使って集められたそれらの膨大な資料はラシンを中心とした研究チームによって分析が進められている。


元来、醪(もろみ)を3週間程発酵させることで日本酒は作られるが、実際に分析結果を実検証しようとすると莫大な時間がかかる。


しかも数多くの検証を行おうとすると季節も移ろい、湿気や気温の変化もその検証結果に大きく影響されるため、数年単位の短期間による検証は非常に困難であろう。


だがここの醸造所には専用の結界が張られており気温や湿度を自由にコントロールできる。


また木魔法の得意なエルフにより、発酵時間を数分に短縮することもできた。


これにより本来であれば莫大な時間と労力を必要とする日本酒の研究は急ピッチで進められているのだ。


並行して日本各地の日本酒が集められ、理想となる味、香り、円みの評価も進められている。


これも等級に係わらず数多の日本酒を取り寄せて行われているのだ。


ドワーフはその舌と鼻で『一度飲んだらその酒の味は忘れない』と言われているようだが、その言葉通り、一気に取り寄せた日本酒をこれまた一気に飲み干しながら器用に分類していく。


驚いたことにドワーフ5人で同様の検証をした結果、5人共が同じ評価を下す確率は90%以上に上った。


とにかく、膨大な資料から得られた科学的な成分分析と、それを実検証するための短時間発酵、そして現在各地で販売されている日本酒を分類することで日本人の好みを導き出すマーケティング、この3点でヒロシ領における日本酒作りは驚くべき速度で進行していったのである。




「ふーーー。こんなもんかのお。」


「うーーーん、まあこんなもんじゃなかろうかの。」


「儂はこっちの方がいいのお。この酒は水臭いわ。」


「それはお前が呑兵衛なだけじゃろが。まあ俺もこっちの方がガツンと来るがな。」


「皆さん、今日は外の世界に販売するための選定デスヨ。そこは忘れないでクダサイネ。」


「ラシンさん、外から購入した日本酒で一番人気はこのタイプでシタヨネ。

一つランク上ではこのタイプカナ。」


「そうデスネ、ムムさん。わたしの販売予測としてはこの順番でショウカ。」


「うーーーん、俺もそんな気がするな。」


日本酒作成プロジェクト開始から3カ月。ついに納得のいく試作品が10種出揃った。


外から購入した日本酒を10種のタイプに分けたものにそれぞれ合わせて試作品を作った。


ドグラスさんやドラムスさん、ドワマシーさん、ラシンさんにムムさんなど、ここまで中心的に動いてきた人達が集まってその品評をしている最中だ。


「でもラシンさん、あんまり外に売ることは考えなくてもいいんじゃないですか?


せっかく自分達で作ったんだからここだけで飲んだらどうでしょう。」


「ヒロシ様、せっかく作ったからコソ、2000年以上の歴史を持つ外の世界の人達の舌で評価して欲しいのデスヨ。」


「そうですな、我々の苦心作を一緒に味わってくれる者達が多ければ多いほどこれからの張り合いが出るというものじゃ。」


「そうですかあ。でもなあ、製造許可と販売ルートがねー。」


皆んなが外の世界への販売に目を向けている時、俺は別の意味で頭を抱えているのであった。

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