初めての喫茶店
「さあ、混んできたし、そろそろ移動しようか。」
しばらく車両の見学をしていたのだが、通勤の時間帯に入りヒロシ達がいる渡り通路の上も混み出してきた。
名残惜しそうなエルフ達だが、どんどん増えてくる人波の恐怖に圧倒され、ヒロシの引率でその場を離れる。
「ほらミーア置いていくぞ!」
「待ってーー」
最後まで柵で噛り付いていたミーアは本当に名残惜しそうにぶつぶつ言っている。
「ミーア、また来ればいいじゃないか。」
「だって今度来た時にあの電車が無いかもしれないじゃないー。」
「そうだけど、...そうだちょっと行ったところに鉄道博物館があったっけ。そこに行ってみようか?」
「「「「はーい!!」」」」
全員の賛成で次は鉄道博物館に向かうことにした。
現在時刻は7:30。
鉄道博物館のオープンは10:00ということで、駅を出たところにある喫茶店に入って朝食を摂ることにする。
この駅は最近できた大規模住宅地に隣接しており、通勤客は多いものの朝からこの辺りの喫茶店に寄るものは少ない。
その代わり午後は主婦達で賑わうみたいだけどね。
とにかくこの時間の駅前の喫茶店は空いていた。
席を2つくっつけて全員分を確保。
「さて何を食べるかな。」
メニューを2つ机に並べてみんなに見せるが、当然ヒロシ以外は文字が読めない。
「じゃあ、みんなモーニングセットでいいよね。」
ミーアやエルフ達の頭に『???』が見えそうだったので、ヒロシは人数分のモーニングセットを頼んだ。
ヒロシとエルフの大人達はコーヒー、ミーアと子供達はホットミルクを頼む。
しかしこの喫茶店、まだ昔ながらのモーニングセットを出しているんだな。
ヒロシは懐かしさと嬉しさで思わずつぶやいていた。
数年前からペースト状の食材で人工的に食品を加工する機械が流行し、飲食店での急速な導入が進んでいる。
様々な味のついたペーストを機械に入れて希望する食材のボタンを押すと自動的に成型されて形作られるというものだ。
野菜は切った状態の物、肉は部位ごとに違うペーストを使うと、これもいくつかのサイズに切り分けた形で成型されて出てくる。
繊維や筋、脂などもペーストに含まれており、触感はほぼ本物に近いのがこの機械の売りだ。
ペーストは保管に優れており、通販でも気軽に購入できるため、飲食店には大人気なのである。
まだまだ機械自体は高価なので一般家庭にまでは浸透していないが、上流家庭にはある程度普及しているらしい。
だから早朝からでもどんな料理でも用意できるため、モーニングなんて画一的なメニューは急速に廃れていったのだった。
しかしこの喫茶店のモーニングは正真正銘の本物素材を使用しているようだ。
わざわざメニューに書いてあったし。
そんなことを考えているとウエイトレスがモーニングセットを運んできた。
飲み物とホットサンド、それとゆで卵のセット。
榎木広志が社会人になって良く通っていた純喫茶のポピュラーなメニューに思わず笑みがこぼれる。
緊張で固まっているエルフ達の前にもそれぞれ配膳されている。
全ての配膳が終わるとウエイトレスがニッコリ微笑み「ごゆっくりしていって下さいねっ」。
ラシンさん、その笑顔に思わず「ごゆっくりシマス」と頓珍漢に答えて失笑を買っていた。
さてコーヒーとミルクを見つめるエルフ達。
コーヒーはブラック派の俺が何も入れないコーヒーをすするのを見て、レンさんが恐る恐る口を付ける。
「....ニガッ」
「そうか、そうだよね。初めて飲むんだから、まずミルクと砂糖を入れてみようか。」
ヒロシはレンさんのカップにミルクと砂糖を入れてあげる。
「さあどうぞ。」
先程の経験から慎重に口に運ぶレンさん。
「あっ美味しいデス。匂いもいいデスネ。」
ニッコリ笑ってコーヒーを飲み始めたのを見て、皆ホッとしている。
子供達もそれをまねて牛乳にミルクを入れようとするのでそれは止めたよ。
ホットミルクには砂糖だけを入れて、熱いからゆっくりとね。
ラシンさんだけは俺の真似をしてブラックで。
かなりやせ我慢しているみたいだけどね。
とにかく、皆が飲み物をすすり始めたので、今度はホットサンドに手を伸ばす。
熱さに我慢しながら一生懸命飲み物を啜っていたエルフ達の手が一瞬止まり、こちらを凝視している。
その視線に笑みで返し、ホットサンドの切り口を上に向けて端から口に含んでいった。
「アツッ」
その様子を見ていたムムさんが同じように手で持って食べようとして熱さに思わず落としてしまう。
「熱いから慌てなくていいですよ。ほらこの紙に挟んで持てば大丈夫でしょ。」
幸い落とした先は皿の上だったので、ヒロシはムムさんにお手拭きの紙を数枚渡してあげた。
「ア、アツッ、ハフハフ、でも美味しいデス。」
それを見ていたレンさん。子供達のホットサンドを紙のお手拭きで包んで渡してあげる。
「熱いから気を付けるんだよ。」
「「「ハイ!」」」
少し冷ましてから子供達が美味しそうに食べている姿を見てほっこりする。
ラシンさんは俺の真似をしてお手拭き無しで熱々のホットサンドと格闘中。
ブラックコーヒーとの2重苦で、とても楽しんでいるようには見えないけど、ラシンさんだからいいか。
ふと横を見るとミーアの皿は手付かずになっている。
うらやましそうに周りをみて涙目だ。
「ミーアどうした?」
「ヒロシーー、これ熱すぎーー!!」
しまった、ミーアってつい最近まで猫だったのを忘れてたよ。
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