クエスト20:プリンセスとの出逢い

 決断と行動の早いルーナたちは、騎士団の関係者でもあるアンドレアを伴って王都の北部にある城門前広場までやって来ていた。

 街の中心に城が建てられているという最もありがちな方式ではなく、街の奥である北部から王城へと通じるようになっているのだ。

 城への道を閉ざす立派な門の前には、これまた屈強そうな衛兵が2人立っている。

 あちこち旅をしてモンスターや悪党とも戦い慣れたルーナたちほどではないにせよ、槍と盾で武装していて、見るからに強そうであった。


「ルーナ殿、急にそんなことを言われても困ります。いくら恩人であるあなた様の頼みでも……」

「そこをなんとか!」

「自分からもお願いします」


 ルーナとともに城の衛兵へと頭を下げている、サイの耳とツノを生やしたこの女性こそがアンドレアである。

 長めの髪は身動きを損ねない程度にくくられ、洗練されたイメージを引き立てている。

 警戒態勢を強めていたのか、衛兵たちは通してくれそうもない。

 これでは姫には会えない……。

 困った紬はすぐ近くで守ってくれていたミルを見上げたが、彼女は「しーっ」と微笑んで落ち着かせる。

 この現状で「まいったなあ」と考えていそうな顔をしたルーナだが、ふと視点を変えた先にいた誰かを見つけてニンマリと口元を緩める。


「こらっ! お前たち! 姫様のご友人とお客人だぞ! かえって失礼ではないか」


 空色を基調とする鎧に身をくるんだ彼女は、髪は亜麻色でトラあるいはネコ科の何かの耳や尻尾を生やし、そのトラの牙を思わせるもみあげを伸ばしている。

 腰には鋭いサーベルを帯刀し、背中にはマントを羽織り、騎士と思われるが、衛兵たちとは格が違うように見えた。

 見慣れていそうな様子のルーナたちとは異なり、紬はその女騎士から凛とした麗しさを感じ取り惚れ惚れしてしまう。

 ああいうオンナに惹かれるか、憧れていたかのいずれかであろう、もしくはそのどちらでもないか……。


「え、エルフリーデ様! 大変ご無礼をいたしました……」

「どどどど、どちら様……ですか!?」


 血相を変え、「へぇこら」と頭を下げた衛兵を尻目に、紬はルーナたちは状況に流されていないのと対照的におどおどしながら訊ねる。

 さすれば、位の高そうな女騎士はこう答えた。


「私は【エルフリーデ】、サーベルタイガーの獣人だ。ふむ……、貴君が姫様たちが言っていた女の子だな」

「お姫様が私のことを……?」


 騎士ならではの堅物そうな雰囲気を醸し出してはいるエルフリーデだが、紬を安心させようと微笑みを送る。


「貴君らは、姫様に用があって城まで来てくれたんだろ? それに……ミル様たちもついていらっしゃるようですし」

「エルフィンも相変わらず、元気でやってそうね」


 ミルやタイベルとは先輩・後輩の関係であったエルフリーデは、一同を気前よく歓迎し、城の中へと案内する。

 白い防壁に守られた城の中は豪華絢爛な装飾が施され、まさしく伝統ある西洋ファンタジーのそれというべき様相をしていた。

 行き慣れているであろうルーナたちとは違って、じっくりと見て回りたかった紬だが、ここはぐっと堪えることとする。

 それほど重要な用事があるためだ。


「エルフリーデか?」


 長い廊下の先にあるこれまた長い階段を登った先に、玉座の間への扉はあった。これまた豪著で威厳のある装飾が施された大扉が、重々しい音を立てて開けば、その向こうには王の椅子までまっすぐに敷かれた赤いじゅうたんと、来客を待ち望んでいた王と妃、王女と、騎士団長と近衛の騎士らしき男たちの姿も。


「姫様、陛下、お妃様! あと【ヘンカイラム】団長! ルーナとミル様とタイベル様と、例の者を連れて参りました!」


 エルフリーデがハキハキと報告を行なう。

 既に馴染み深い関係であるルーナたちとは違い、紬はこの国を治めるロイヤルファミリーを前に緊張していた。


「わ、吾輩をついで扱いか。いやそれより、諸君らにはぜひとも姫からのお言葉を聞いていってほしい。陛下とお妃様もそうお望みであられる」


 いかつく背の高いこの男が騎士団長のヘンカイラムだ。おどけたところを見せながらも、すぐに持ち直して風格を見せた。

 顔の傷は歴戦の猛者であることを示し、たくわえられたヒゲは彼のチャームポイントだ。


「騎士団長さん」

「頼む……」


 ヘンカイラムからの願いを聞き届けて、ルーナたちは整列して頭を下げる。

 キョロキョロしてから、紬はすぐ隣のルーナに催促されて膝をつき深く礼をした。


「皆、面を上げてください」


 そうして落ち着いたところで紬はルーナたちと同じタイミングで言われたとおりにして――この玉座の間に入ってからはじめて、じっくりと姫の顔を拝んだ。ふんわりと優しく柔らかい質感のプラチナブロンドの髪に白い肌、青い瞳、白い猫の耳・・・・・・、どれも秀麗だった。


「あなたが姫様? きれい……」

「いかにも。わたくしは【ペロローネ・グラシア・ド・リュミエール】、白のキングダムの王女」


 父である王と母たる王妃がそばから見守っている中で、ペロローネは紬からの問いに答えた。

 白金色と青を基調とするドレスもまた、彼女の美貌や知的で穏やかな雰囲気を引き立てている。


「わたくしから皆への話とは、他でもありません。紬、あなたを元の世界へと帰す方法と関係のあることです」

「どうして私の名前を!?」

「夢の中で女神ユナイティアに会われましたね? わたくしとユナイティアの間には、【繋がり】があります」


 女神を除き、自分があって来たデミトピアの人間の中で最も身分の高い彼女から声をかけてもらえただけでも驚くしかなかった紬だが、更なる事実が国王の口から告げられようとしていた。


「我が娘ペロローネは生まれつき、女神ユナイティアと魔力の繋がりを持っていてな。ゆえに、幼き頃から夢の中を通じて女神と交信し、その影響で獣人としての不思議な力を発現させていったのだ」

「ペロローネは、そなたの世界のこともその力の一環で見ていたのですよ。ツムギさん」

「王様、お妃様……」


 国王は白髪混じりでヒゲを生やした体格のいい男性で、王妃は猫の耳こそないがペロローネとは瓜二つの美貌を持ち、包容力と気品の良さを漂わせる女性である。

 両親と国と民と臣下に恵まれたのが、この国の王女ペロローネということだ。


「……あなたも知っているようにこのデミトピアは、多数ある平行世界のうちのひとつ。紬、あなたが元の世界で助けてくれた白いネコは、いわばその平行世界におけるわたくしなのです」


 ――繋がった。

 紬の中でバラバラになっていた当時の記憶や疑問が、パズルピースのように組み合わさって答えを導き出したのだ。


「……そうか! つまり、現世での姫様の化身ともいえる白いネコを助けたことで徳を積んだから、ユナイティアの恩寵を受けてこの世界に……。紬君が見たという夢の話と、辻褄が合いますね」


 「ぺこり」、と、ペロローネは照れ笑いしてからタイベルに向けて頷く。タイベルは王女に対し、少しはにかみながら礼をした。いつも凛々しい彼女の珍しい光景であったため、ミルはいたずらな微笑みを浮かべる。


「女神様のお話はなしした通りなら……。そ、それじゃあ私、元の世界に帰れるんですね!?」

「つ、ツムギよ。胸を躍らせているところ非常に言いにくいのだが……済まぬ!」


 姫が話している途中で、国王が顔を曇らせた。


「陛下……? どういうことでしょうか」

「わたくしの口から話します。今すぐには、紬を元の世界へと帰還させることはできません」

「えっ、う、ウソ。そんな…………」


 残酷すぎた。

 否、むしろ、ここまであまりにも都合が良すぎたのだ。

 誰からも助けてもらえずに野垂れ死にしていた可能性も、無きにしもあらずだったはずだ。

 紬は自分にそう言い聞かせて戒めた。


「姫様、もしや……。真夜中にお城から、いくつもの光の線が散りゆくように飛び出した日と何か関係が?」


 ミルが少し悲しげな顔をしながら、ペロローネへと確認を取った。その日起きたことを知らない紬は、既に知っていたルーナらとともに耳を傾ける。


「そうです、ミル。わたくしが有していた、ユナイティアと繋がった魔力を狙っている者がいたのです。その悪しき者の手に渡ってしまう前に、わたくしとユナイティアは【王家の光る9つ道具】に魔力を分け、デミトピア中に拡散させました」


 紬が面白おかしい顔をしてこんがらがった頭の中を整理しながら、必死で話について行こうとしている傍らで、当日の夜のことを思い出すルーナたち。

 その表情はいずれも苦いものであり、紬もすぐに整理がつかないなりに察せざるを得なかった。


「あの光はそういうことだったんだ……。ペロローネ様の魔力を手に入れようとしていたのって、まさか……」


 少し間を空けてから、ペロローネはその忌むべき不届き者の名を口にする。

 それほど言葉にするのもはばかられる存在だったということだ。


「ええ。【魔王デスジャンガリア】……ノンデミもデミヒューマンも憎む邪悪の権化」

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デミガールズアンセム:ケモ耳っ娘たちとの異世界冒険録 SAI-X @sabaki-no-hakari2600

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