ご対面! 白のプリンセス編

クエスト19:もっと知りたかっただけ

 ごく普通の女子大生・天ノ橋紬が女神ユナイティアの導きにより、異世界デミトピアへと飛ばされて早1週間が経とうとしている。

 だいぶ適応力がついてきたとはいえ、未知なる世界へ来てしまったことによりストレスがかかったことが懸念され、体調・精神面への配慮から今日は非番となった彼女は、ギルドホーム内にある図書室で読書をしている。

 デミトピア語を学んで記し、このデミトピアにおける文化や風習を学び、より知識を身につけて見聞を深めるために。


「覚えることが多い……! いっぱい復習しないと。元の世界と同じで1日の時間の数え方は0時〜23時59分まで、曜日は……月火水木金土日天海冥まで、1年は500日で1ヶ月ごとに平均41日……!? ひゃー……」


 思えば、彼女にはこの世界における曜日感覚を意識する余裕はあまりなかった。

 あれから毎日のように何かが起きて、巻き込まれ、自ら飛び込みに行って。

 その間に自由時間などを使いしっかりと覚えなさい、というほうが無理なのだ。

 ルーナたちから冒険の合間にデミトピアの文化についてもっと教えてもらっていた記憶自体はあったのだが、紬はそんなにも多くのことを忘れていた。


「はっはっはっ。君も勉強熱心だなっ」

「サブマスターさん!?」


 そのうちうとうとし出した彼女を目の当たりにして、金髪でブルーバイオレットの瞳をした女が面白がった様子でからかいつつ起こす。

 紬の目から見たサブマスターはたいそう凛々しく、美しい。


「タイベルでいいよ。それより、こんなに読み込んで紬君はスズカ君顔負けだな」

「単にデミトピアのことをもっと知りたかっただけなので。それほどでも……」

「そこまでするほど、気に入ってくれたと解釈してもいいかな」


 周りから「何イチャついてんだ」、「勉強は、勉強はどうしたァァァッ!」という視線を向けられた気がして、紬は苦い顔で目を反らす。

 そうした途端相手からは不審に思われ、「わたしを見て話をしなさい!」と肩をつかまれて前を向くことを強いられた。


「……どうもへたってきているようだから、この辺で休憩か気分転換でもどうだい」


 その場は大先輩たるタイベルの言うことに素直に従う。

 未だわからぬことだらけの紬にとっては、最善かつ賢い選択である。

 言われるがまま着いて行った先は、憩いの場も兼ねたおなじみの食堂だ。

 中規模以上のギルド組織が所有する屋敷の中――ということもあって、広く余裕のあるスペースに長めのテーブルがきっちりと並ぶ。


「『不倶戴天の敵か、貧しき者たちの救世主か? ジャクソン怪盗団、未だ足取り掴めず!』……とっちめてやりてぇ〜」


 座っている者がひとり、姿勢を正しくして新聞の記事をのぞき込むキツネの耳を生やした彼女は、独り言を呟いてからがっくりと落ち込む。

 己の無力感に打ちひしがれ、どうしようもなくなったのだ。


「この前の手配書の!」

「わたしも何度か運良くあの女怪盗と対面したが、いずれもあと一歩というところで逃げられてしまったよ……」


 新聞に載っている怪盗団頭目の話題をしながら、紬は落ち込んでいるキツネ娘を励まそうと肩を持つ。

 先輩の役に立ちたい、後輩として先輩の顔を立てたいと思いやっての行動だ。

 そこに非番だったスズカもやってきて、まるで「リンコ先輩のことは任せなー」と言っているようだ。

 ホッキョクギツネの遺伝子を有する、リンコ自身も少し笑顔になった。


「わわわ、私【リンコ】先輩がほんとはデキる女だってこと知ってますから! まだ入ってそんな経ってないけど……」

「君ねぇー。嬉しいけどフォローになってないぞ!」

「お、おほん。この怪盗さんって一応、正義……なんでしょうか?」

「現状は善とも悪とも言いがたい、どちらでもない存在……と言ったところだね。だが盗みは良くないことだ」


 立ち直りの早いリンコは即座にからかって元気であることを示し、タイベルは女怪盗とその一団に関する分析をする。


「そうねぇ。何にせよ、本人から直接聞くしかないわね」


 何かを終えたばかりのミルもその輪にまじった。

 タイベルも含む下の者たちから見上げたその立ち姿は実に圧倒的である、胸囲が――ではなく、何もかもが。


「今は怪盗団のことは置いておこう。紬君もせっかくの休みなんだから、ショッピングとかどうだい?」

「【ソレル】以外にも素敵なお店がいっぱいあるのよ〜〜〜〜! きっと気に入ってくれると思う」


 長年の相方ミルに対してセンシティブになりそうな気持ちを抑制したタイベルは、何もなかった風に装って紬を気遣う。

 ミルにはお見通しだ、タイベルをからかうのを後回しにして紬をショッピングへ誘おうと試みる。

 そこに事務仕事がひと段落ついたサヤまでもが加わり、ますますにぎやかな様相となった。


「ちょっと待った! つむちゃん、お姉さんの知り合いがやってるブティックがあるんだけど、どうかな」

「気になります!」

「でも、あなたのことだし。できればルーナやフェンリーと一緒がいいよね?」


 今度は明るい金色の長髪を梳かすサヤに目移りして、紬はときめくが必死に振り払う。

 ――あちらこちらへと愛嬌を振りまくとは、なんとも罪な女である。


「うっ! 否定できません……」

「ただいま~~、依頼完了です!」


 話題に出せば何とやらで、ルーナ、フェンリー、スズカ、そしてシロサイの獣人・【アンドレア】の4人パーティーが帰ってきた。

 報酬などは既にカウンターに預けてあるようだ。


「おかえりー。討伐対象のモンスター、手強いやつだったんじゃないの?」

「だけどアンドレアが殿しんがりをやってくれたおかげで、なんとかなったよ。アンちゃん、サンキューな!」


 フェンリーがあだ名で呼んだアンドレアを右肘で小突く、親しい間柄でなければ許されない行為。

 おっほんと、アンドレアはすました顔で咳払いをした。


「あなたたちを守ることくらいはお安いご用です。お気になさらず。天ノ橋さん、そちらはお変わりありませんでしたか?」

「はい! それから紬でいいですよ!」

「ならよかった。では紬、ルーナと離れ離れでお留守番してたんで、寂しかったでしょう。今から遊びに行かれても構いませんよ」


 紬と接しているアンドレアは生真面目で堅物ではあるが、いざという時は柔軟で気前がいいところもある。

 ほがらかに笑ってみせると、勉強しながらずっと留守番をしていた紬へ【ご褒美】をあげた。


「やったー!」

「ちょっと待ちなー! つむつむさん、姫さまに会いに行きたいんじゃなかったの!?」


 ――言われてみれば。


「…………はっ! そうだったぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 一度に多数のことが出来る人間というのは重宝される――が、半端にマネをしようとしたのなら、こういう形でミスをしてしまう。

 マルチタスクとは簡単にこなせるものではないから、それが出来る人材は重宝され、羨望の眼差しを向けられるわけだ。

 紬も恐らくそう思っているであろう。


「けどアポも取らずに会いに行けるかな……」

「そうかしこまらないで。お城は一般にも解放されていたはずよ。怪しい者でなければ、入れてもらえると思うけど」


 安易に王家の者を訪ねて良いものか悩む紬に、経験豊富なルーナは優しく声をかけて落ち着かせる。

 向けられた暖かい目線はかえって痛いくらいだ。


「私、お姫様を何度かお守りしてるし、顔も知られてるから入れてもらえると思うわよ」

「けどちょっと不安です。皆さんの中にお城の関係者とかいませんか?」

「そうだね、わたしとミルは王家直属の【近衛騎士団】に在籍していたことがあるが」

「当然今でもコネはあるから入れてもらえないこともないけど、それではさすがに身内贔屓になってしまうわね」


 どうしようかと作戦を練る最中にミルとタイベルがさりげなく昔のことを話したそばで、「そしてもうひとり」、と、アンドレアが次にこう名乗り出た。


「一応、このアンドレアは騎士団とピースクラフターとの間の橋渡し役でもありますが。ミル様の言う通りになりかねません」

「ま、待ってください。【近衛騎士団】とはなんぞでしょーか……」

「国王陛下や王妃様、姫様たちをお守りする、お城に務める兵士さんたちの憧れさ。へへっ、カッコいいだろ」


 両目を閉じて話していたアンドレアが左目のみ開いて、やや軽々しかったフェンリーに圧を利かせる。

 顔を反らしてから口笛を吹きごまかしたが、あとで痛い目を見るのは明白だ。


「わたしたちと騎士団との間にわだかまりとかはないから、安心してほしい」

「はい。お姫様に会えるかなあ」


 心配することはないという旨を告げられたはいいが、それでも紬は不安げだ。

 相手にしてもらえるのか?

 姫が女神のことなどをあれこれ知っていたとして、教えてもらえるのか?

 ずっと心に引っかかっていたのだ。


「気にしすぎ。とりあえず行くだけ行ってみましょ?」


 そんな紬の不安をバッサリと拭い去ったのは、やはりこの女――ルーナだ。

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