クエスト16:トキ・メイタ・タコさん
その頃の工房都市の劇場、楽屋で。
ベントーなら必ず、きっと帰ってくる。
「ボクはこの劇団にふさわしくない」と、口ではああ言っていたが、それは自信を失くしていたからだ。
また笑顔でパフォーマンスの数々を披露して、観客だけでなく、自分たちをも虜にしてくれるはず。
あんなに優しくて良い子を見捨てたりなどするものか。
だからわたしたちは、わたしたちにできることをしよう――。
口には出さずとも、彼女と同じ劇団に属するメンバーは皆そう信じて待っていた。
「やあ。その、ご迷惑おかけしました」
ドアが開いて、聞き覚えのある声と一緒に誰かが入ってくる。
座長のフィルを含む団員たちが振り向けば、そこにはオレンジ髪のマダコの亜人と、獣人と人間の少女のパーティーの姿があった。
色とりどりの容姿や服装をしている劇団員たちは起立してその場に立ち並び、ある者はベントーのそばまで寄り添って彼女の顔をのぞき込んだりもした。
「あぁー! ベントーさんかい、よかった……。みんな心配してたんだぞ」
「もう会えないんじゃないかって思ってました。わざわざ探しに行ってくれてありがとうね……!」
タテガミのような髪型をしているホワイトライオンの獣人・【リオナイン】が声をかけてすぐ、青黒いショートヘアーでカジュアルな服装をしたイタチザメの亜人・【エナン】はルーナたちに感謝の言葉を告げる。
その間に微笑みをたたえてベントーを迎え入れたフィルが、彼女の帰還を待ちわびた団員たちのもとへ導いた。
「ルーナたちの言う通りだった。あそこで大失敗しちゃったから、みんなボクのこと嫌いになったろうなって思ってたけど……」
苦笑いして右の人差し指と触手で頬をなぞりながら、ベントーはストライキを起こしてからここまでを振り返る。
――思い込みというものは怖い。
「何言ってんの。誰にだって失敗はあるじゃないか、クルックちゃんだってこないだマジックやってて下手こいちゃったしぃ」
彼女に優しく声をかけたのは、手品師の衣装を着た白い髪とハトの翼を持つ鳥人の少女・クルックだ。
メガネもかけていて、よりハトらしさが出ている。
「そーそ。アクシデントは付き物だし、できるだけフォローはするからさ。何回だってやり直せばいいのよ」
「ロキシー……。わっ! えへへ……」
コバルトブルーのパーカーを被り、同色の髪を伸ばした女がフードを脱ぎ、ウインクしながらベントーに人差し指を指す。
あまりいい顔をされなかったので引っ込めて、代わりに彼女と肩を組みに行くと、沈んでいたベントーから笑顔を引き出してみせた。
「そういうわけだ。胸を張って、前を見て歩きなさい」
「座長からじきじきにそう言われたんじゃあ、しょうがないな。……ボクが悪かった! この通り、申し訳なかった。今すぐじゃなくてもいいから、また一緒に……みんなと、お芝居やパフォーマンスをやらせてほしい」
フィルの後押しを受け、ベントーは改めて皆の前で頭を下げた。
土下座までやりかけたところで、黒髪と対照的な白いウサギの耳を持つフィルが顔を上げさせる。
「言ったそばから。ベントーさんに暗い顔は似合わない」
「その通りですよ。スマイル、スマイル!」
「みんな……! ありがとう!」
座長やチーネたち劇団員からの励まされたベントーは、嬉し涙を流すとともに体を休めて必ず復帰する決意を固める。
それまで見守っていたルーナたちだが、手助けをしたくなったスズカが表紙に魔法陣が描かれた本を持ち、唐突に前に出てベントーに近寄った。
「ノウレッジヒーリング!」
「な、なんの光ですか!?」
ルーナとフェンリーには見慣れた光景……だが、紬だけ驚くのも無理はない。
なぜならスズカが戦いの中で攻撃魔法を唱えるのは見たことがあっても、回復魔法を使って相手を癒す姿を見るのははじめてだったからだ。
それだけ、この3人が強くて傷を治す必要が無かったことの裏付けとなる。
「知恵は勇気と力をくれるんです」
「スズちゃん、説明になってないよ~!」
「私にもやらせて。星空を照らす月の光あれ、ムーンシャイン!」
さりげなくあだ名で呼び返したところで、ルーナも手をかざして白金色の光を放つ。
自分たちに迷惑をかけたベントーへの報復と追い打ちをかけるため、などではない!
念には念を入れて、彼女が練習中の事故で負ったケガを治すためだ。
「!」
ルーナとスズカが慈悲をかけてくれたおかげか、マダコの遺伝子を有する彼女は体だけではなく、心も軽くなったように感じられた。
「あとは、じっくり体を休めれば明日には完治すると思います」
「元々脳と心臓をたくさん持っていて、再生能力もあるんだからきっと大丈夫。私、ベントーさんがまた舞台に立てるのを楽しみにしてるからね!」
「お世話になってばっかりだ。重ね重ねありがとう!」
これにて一件落着――楽屋を出て、フィックシー内のホテルに戻ろうとしたルーナたちを、フィルが引き留めた。
「ところで……君たち、わざわざチケット買ってくれたんだったね。明日の公演、見にきておくれよ!」
それが言いたかっただけだ。
これで心残りもなくなって、フィルはルーナ一行のことを暖かく見送った。
「ふーっ」と一息つき、やりきった表情の裏で少し物思いに耽る。
「座長ちゃん、どしたの? 心配事があるなら言ってよね」
気になったのか、劇団員のひとりであるロキシーが声をかける。
飴玉のように鮮やかなピンク色の瞳に映ったのは、何やら怪訝そうなものに変わったフィルの顔だ。
「やはり、紬君……あの子、
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