クエスト15:大道芸人ベントーを連れもどせ!
突如として牙をむいたベントーは、ただ暴れて触手を操ってルーナたちを絡めとり、叩きつけるだけでなく、水鉄砲を連想させる形状の派手な色合いの銃を取り出して両手で握り、ためらうことなく引鉄を引く。
鉛の弾――ではなく、凝縮されたタコ墨が弾丸となって放たれ、着弾すると蒸発する音を立てて飛び散った。
「はーっ、はーっ。大道芸人っていうのは……一度体調を崩してしまったら、おしまいなんだ。確かに座長からは止められたけど、スケジュールに穴を開けたくなかったからさあ……!」
インク銃を持つ手は震えているが、ベントーの言葉の端々からは精神的に摩耗したゆえの危険な笑みがこぼれていた。
「お客さんの前で見栄を張りたいからって、無理を押してまで出演しようと思ってたのか!?」
「それは違う! こんな程度の不調などどうってことはないと思ってたんだ! 事故ったのが本番じゃなくてよかったよ……でも、このざま。はははは! ざまあないよねぇ、ボクってさ!!」
インク銃を乱射してタコ墨を飛ばす。
本来ならば魔物や暴徒などが現れた際に
「今からでも遅くないわ。ちゃんと休んで、体を治してから復帰すれば済む話じゃない」
「そうかな……。みんなの足を引っ張るだけだ!」
タコ墨によって視界が悪化していようとも、ルーナたちはベントーに歩み寄って彼女が越えてはならない一線を越えてしまわぬように、踏みとどまらせようとする。
そのベントーは心を閉ざしてしまっており、どれだけ彼女たちが賢明な説得をしようが聞く耳を持たない。
直接戦う力を持たない紬は、それがもどかしくて仕方がなかった。
攻撃をやめさせるために反撃に出るフェンリーとスズカだが、ベントーは柔軟に動き回って斬撃も魔法も避けてしまう。
回避だけでなく、自身から仕掛ける時も銃を撃ちながら触手をせわしなく動かしてルーナたちを寄せ付けない。
まるで自身の心の中へ足を踏み入れることさえ、拒絶しているようだった。
「それだけ動けるなら、アクトレスとしても壊れちゃいないはずですよ! どうか思い直して!」
「復帰してどうしろって言うのさ? こんな調子でもっぺん舞台に上がってもみんなを笑顔にするのではなく、また失敗して笑い者にされるのは見えてる!」
銃を持ったまま両腕を広げ、自嘲する顔をする彼女はスズカからかけてもらった言葉も受け入れない。
「ベントーさんらしくない! たった一度の失敗であきらめ、うっ!?」
「今まではへっちゃらだったよ。でももう、次に折れたら立ち直れないかな……。軟体動物の亜人だけどさ!」
急接近してスズカに肘打ちをかまし、触手で持ち上げて放り投げてしまう。
宙を舞わされた彼女をルーナが拾い、フェンリーが氷の魔力を弾丸に変えてカウンター射撃をする。
急な温度変化には弱いベントーはすばやく岩陰に身をひそめて氷の弾をやり過ごし、お返しとして触手を無数に伸ばしルーナたちを滅多打ちにした。
魔物や悪人相手ならまだしも、こじらせてしまっているだけのベントーが相手ではルーナたちでも分が悪いのか――、すこぶる不安になった紬だが、勇気を振り絞ってこう叫ぶ。
「どうして後ろ向きなことばっかり言うんですか! 私まだ、ベントーさんのパフォーマンスなんて見たことないのに……! お芝居だって見てみたい!!」
「こいつ! ボクのことなんか知らなかったくせに、知った風なことを!!」
訴えてくる彼女の存在はまぶしすぎて、今のベントーには不愉快でたまらなかった。
彼女にも手を出そうとしたのか、両目をむいて歯を食い縛った顔をして走り出し、触手を伸ばそうとしたが大剣を持ったルーナに止められた。
氷魔法を唱えようとしているフェンリーと、炎魔法で熱しようとしているスズカも一緒である。
「ダメッ!! ツムギちゃんの言う通り。ベントーさんには、前を向いて堂々と私たちを魅了してほしいんですっ!!」
「…………黙れー!!」
拳を震わせ、いきり立ったベントーは高速で回転しながら触手をとにかく周囲に打ち付け、タコ墨の弾丸も乱射してばら撒く。
スズカは吹っ飛ばされて岩に激突したし、フェンリーは川岸に落とされ、ルーナは木の幹に衝突してしまった。
「早まるなベントー!?」
怒り狂っているベントーはおびえてぎこちない防御姿勢を取った紬にも危害を加えようとしたため、起き上がったフェンリーが駆け付けて盾を構えて守り抜く。
フェンリーに気を取られている隙にルーナとスズカが光魔法や炎魔法で抵抗し、ベントーを紬から引き離さんとしたが、触手になぶられて後退を余儀なくされてしまった。
「あなたには、あなたにしかできないことがあるっ! みんな何が得意で、何が得意じゃないか違うでしょ? あなたのお芝居はあなたにしかできないの。もちろん大道芸だって!」
「買いかぶるなよッ。あんなものは、
「私にはできませんっ!」
どういうわけか、「子どもの屁理屈だ」、と言い返してやる気にはなれなかった。
むしろ聞いてやるべきではとさえ、ベントーは思ったのだ。
少し間を空けて考えようとしたが、またも振るわれた大剣を払い除けようともがき続けたため、顔にかすり傷がついた。
しかし、タコの特性である再生力によってたちまち塞がる。
これがなければ、仮に復帰した際に支障が出ていただろう。
「ボクみたいにできないだって? それは……君が普通のヒューマンだからだろっ」
「ベントーさん、もうやめにしましょう。あなたはすごい人なの。いつもショーの時に見せてくれてたアクロバティックな動きは、私たちがどれだけ練習したってマネすることはできない。被害妄想に囚われるのもいい加減にして!」
あくまでも優しさを向けることを曲げないルーナから再三の説得を受けたその時には、他人を拒み、攻撃を続けるのにも疲れが見え隠れしていた。
怒りよりもむなしさ、彼女たちからの励ましを足蹴にし続けたことに負い目を感じたこと、やはり舞台に立ちたいという思い――、それらが勝ったためだ。
「うっ……うあああああ――――――――!」
「分からず屋ッ! ブライトスラッシャー!!」
頭を両手で抱えて絶叫してから、どうしようもなくなってしまったベントーはルーナをつかんで暴れ出そうとしたが、彼女に一太刀浴びせられたことでひるみ、光の魔力を帯びた剣技で追撃されたことでその場に倒れ伏した。
憑き物が落ちたような顔をして――。
ただ、倒すことだけが目的であれば、ルーナたちはベントーをこのまま放置して帰っていたであろうが、ルーナたちはそのような薄情者などではない。
ベントーを抱きかかえて起こし、自分以外を拒み続けることに疲れていた彼女を元気づけようと微笑みを向けたのだ。
相手もその気になって、まっすぐにルーナたちの笑顔を、その眼差しを見た。
互いに一点の曇りも見られない。
「帰りましょう、フィル座長が待ってる!」
「見捨てられて……追放されるに決まってる。それだけのことをやってしまったから……」
ベントーが自虐気味にそう言ってしまったのはせっかくここまでしてもらえたのに、まだもう少し自信が持てないからであり、先ほどまでのように絶望しきっていたからではない。
まごまごしている紬を尻目に、フェンリーは深呼吸してからベントーに対してこう諭す。
「あの王子様がそんな人だったら、今頃劇団ギルドは解散してるよ。さ、帰るぞ」
ちょうどその時間帯は、まぶしいほどに夕陽が輝いていた。
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