クエスト17:ウサギたちは、思い出話に花を咲かせて。

 ベントーを無事に救うことが出来たルーナたちは鼻歌まじりにホテルへと戻り、モグラの遺伝子を持つ獣人のコンシェルジュと打ち合わせを行なった後、夕食の席で歌って、踊って、飲んで、大はしゃぎした。

 そして――夜が明けた!


「何もできないんじゃない。何かができるのだ!」

「そうよ、彼は不可能を可能にすることができる! 見てなさいな!」


 翌日の劇場は早くも満員御礼で、ルーナたちは前列の席に座らせてもらっている。

 残念ながら特等席には身分の高そうな客が座っていたが、それはそれでよい。

 彼らにも幸福が与えられたということだからだ。

 さて、この舞台演劇の内容だが、昨日とはまた違うものだ。

 今はちょうど見所・・でありみすぼらしい装いの男女が圧政を行なう非道な軍隊に追い詰められながらも、希望を捨てず逆境に立ち向かわんとする、そんな一幕だった。

 ともすれば、バッドエンドを迎えかねない内容ではあったが――主役である男女が大逆転を巻き起こし、物語は無事に大団円を迎えた。

 今のデミトピアは、辛い結末よりもハッピーエンドが求められる世情なのだ。

 他にもサプライズ・ゲストとして、体調面への考慮かあまりアクションの無い役柄だったものの、復帰したベントーが出演したことも大きな話題を呼んだ。


「……此度は、フィールミック一座の舞台まで足をお運びいただきありがとうございました。最後にわたし、フィル・ミミーから皆様へ大切なお知らせがございます」

「お知らせだってー。なんだろ……」

「わたしはずっと、みんなの王子としてやってきましたが、ここ最近今のままの自分に限界を感じるようになってしまいました。そこでわたしは自分を変え、皆様をより楽しませるべく新たな挑戦をする決心をしたのです。それは……」


 ライトが消えて終演した後、ステージの幕が開いてもそこは暗闇の中で誰もいない。

 かに思われたが刹那、スポットライトが劇団の座長・フィルの御姿みすがたを秀麗に照らし出す。

 「がやがや」と、彼女を愛してやまない観客たちが騒ぎ立てる中で、フィルは目を閉じて深呼吸。

 気になって目線を横に向けたチーネが次の瞬間に目撃したのは、座長が大胆にも衣装を脱いでバニースーツ姿となり、髪もほどいて下ろす光景――だった!

 フィルは元々ウサギの獣人であるゆえ、耳はバンドではなく自前のものだ。


「みんなを元気にするバニーガールちゃんとなることっ!」


 歓喜と驚愕に沸き上がるファンたちの前でウインクまでして、持ち味である凛々しさはそのままかわいらしく、セクシーに。

 これも女優魂なのか、それとも単にフィル自身の趣味嗜好なのか?


「きゃー! フィル・ミミー王子がお姫様になられるなんて! かわいーっ!」

「一番奥の席のお嬢さん! それです! それなのです。わたしとて女の子、かわいいと言われてみたかった……!」


 しばしの間、応援してくれたファンへの出血大サービスとしてQ&Aが続いた末に……今度こそ本日の午前の部が終わりを迎えようとしていた。


「わたしからは以上です。ご静聴、ありがとうございました」



 ◆



 舞台裏へ招かれたルーナたちは、午後の部に向けて休憩や台本の見直しなどをしているキャストたちと交流する機会を設けてもらい、そこで雑談をしたり、お菓子やお茶をもらったりなどしてさっそく盛り上がっていた。

 そんな中、座長のフィルに何かを感じた紬が次にこう訊ねた時、空気の流れが大きく変わったのである。


「フィルさん、もしかして……ウサギの【ミミちゃん】なんでしょうか? 昔、私の幼稚園で飼われてた!」


 首に右手を当てて髪を梳かしていたフィルは、紬が口にした名前に対し、確信を得た表情をして彼女に顔を向けた。

 急に指を差すと、今度は心から嬉しそうに笑う。


「やっぱりだ! 聞き覚えのある、懐かしい響きだって思っていたんだよ。あのとびきりかわいらしい女の子が、こんなにも垢抜けて……」

「も、もしかして……転生したとか!?」

「何を隠そう、わたしの前世がミミちゃんだったのさ! こんな形で君に巡り合えたのも、女神ユナイティアのお導きかなあ――」


 戸惑う紬の手を取って握りしめた。

 嬉し涙まで流してエキセントリックに見えるが、フィルは割とこんな感じで生きている女性だ――と、周りはそう考えていた。

 中には動じないどころか、百合の波動・・・・・なるものを感じ取ったツワモノまでいたほど。


「ちょっとうるさいよ!? ……失礼、続けて!」

「ウサギといえば、幼稚園から小学校に上がった後、さびしくなっちゃって……両親に無理言ってペットのウサギ、買ってもらったんですよね……」

「ははーん。さては、その子もミミちゃんだったのかな?」

「いいえ、【ルナちゃん】って名前を付けてました」


 まさか幼かったあの頃にみんなでお世話をしていたウサギが、別世界で人間に生まれ変わって女優として大成し、色っぽいバニーガールの姿となって目の前にいるとは想像できまい。

 ――ただでさえ、中性的な容姿の美女が眼前で色香を振りまいていたというのに、ルーナまでもがそわそわし出して、紬は気持ちの整理が追いつきそうになかった。


「なんですってぇー!? 私もフィル座長と同じかもしれないわ。ツムギちゃん、私……実はあなたと会うの、はじめてじゃなかったんだよね。言いにくいんだけどぉ……」


 爆弾発言は続く。

 照れ臭そうにルーナがそう言ったのを聞いたら、周りは当然戸惑いを隠しきれないし、付き合いの長いフェンリーやスズカも言葉に詰まるほどだが、一番驚いていたのが誰かは、もはや語るまでもないだろう。


「はいいいいぃぃいいいぃ! ひょっとすると、ルナちゃんだったの!? ルーナさん……が……!?」


 ――そんな紬も、当時はワガママだが根は優しく明るい性格であり、友達とも自然と仲良くなれるような子どもであった。

 ミミちゃんをお世話している中で次第に自分の家でも飼いたくなった彼女は、自身が語った通りペットショップで子ウサギを買ってもらい、その日以来ずっと大切に育て、妹のように接していたのだとか。

 それほどかわいがっていただけに、ランドセルをスクールバッグに持ち替えて中学へと上がる前に別れが訪れた時は、声が枯れるまで泣いていたという。


「正確には、私の前世なんだけどね。……ルナちゃんがツムギちゃんと過ごした日々の記憶が、頭の中に流れて来たっていうか」


 身内以外にはそうそう語らないような話であるため、はにかみながら紬の前でカミングアウトするルーナ。

 フィルがそうであったように、ルーナもまた紬と縁浅からぬ動物の生まれ変わりだったというわけだ。

 大人の階段を登り始める前に、天国へと旅立ってしまったウサギのルナが転生を果たし、今こうして自分の前に立っているだけでなく、幾度となく助けてくれた事実に、紬は感動を隠しきれない。

 そのルーナが告げたのとほぼ同じことも考えていて、2人は思わず抱き合い、フィルも覆いかぶさるように抱きついた。


「言葉じゃ言い表せねーほどエモいな……わたしの親友……」

「ルーナ先輩のルーツとつむつむさんの間にそれほどの心温まるエピソードがあったとは……!」


 運命のめぐり合わせという概念は、なんとも奇遇で、不思議なものだと決まっているのだ。

 遥かな昔から――。


 

 ◆◆◆



 先祖の記憶としてルーナやフィルの中に残っていた紬の少女時代のエピソードも交えた雑談がしばらく続いた後、劇団に所属している役者の1人・タテガミのような白髪を持つ――【リオナイン】が何らかのツールを部屋の中のテーブルの上に置く。

 紬の世界でいうところのUSBメモリに似た何かが差し込まれ、アンテナらしき4本の突起も伸びたり曲がったりしている。


「その機械って……」

「【魔導ルーター】っていうんだ~。君の世界のルーターとかと同じ役割に加えて、通信系魔法の範囲を拡大させることもできちゃう!」

「もちろんあるよ。おまけの……Wi-Fi魔法~っ」


 リオナインに続き、青黒い髪の女性・【エナン】がその魔導ルーターのスイッチを起動し、更に通信魔法の一種をかけて増幅させる。

 すると、装置のすぐ上に電子スクリーンが映し出された。

 手回しの早いことにエナンはキーボードとマウスらしきパーツも用意しており、紬が呆気に取られているのを尻目に操作を行い、通信の準備を済ませてしまう。


「なんでですかー! も、もうちょっとこうファンタジーっぽいお名前に……」

「あはははは! 言い換えたってしょ~~がねぇ~~じゃんよ」


 せっかく夢見心地だったのにバケツいっぱいの水をかけられ、ムードをぶち壊しにされたような顔をした紬がフェンリーの胸元で駄々っ子と化す。

 当のフェンリーはポコポコ叩かれ続けてもノーダメージで、平然と笑いつつ紬をなだめる余裕を見せた。


『あらぁ。フィルじゃない、王子様女子は卒業しちゃったの?』


 そのうち、電子スクリーンに顔より大きい胸の持ち主が映し出される。

 ――そう、自由と平和を守るギルド【ピースクラフター】のマスターを務めるミル・ブルーメシュタインだ。

 画面の大半をバストで占有して連絡先を驚かせることができる者など、彼女以外に誰がいようか。

 ミルの色香にあてられて、フィルをはじめとする面々は誰もが心をかき乱され、紬に至っては目を回す始末。

 格好のきわどさでいえば、バニーガールとなった今のフィル座長も大概なのだが――。


「ご……ごきげんよう、マドモアゼル。うちのベントーさんがね、スランプを起こして脱走……してしまったんだけど、ルーナ君たちが連れもどしてくれたのです。まことにお世話になりました」

『それはどうも。ほかに何か、お話ししてたんじゃない?』

「そうですね、少し身の上話とかをルーナ君と……」


 安否を確認できてほっとしているミルは、胸を少しまさぐって周囲の純情をもてあそぶ。

 いつもは堂々としているフィル・ミミーが穏やかなミルの前では控えめな態度になってしまうのはなぜか――を、気にする暇もなく、紬も慌てて挙手とともに名乗り出た。


「は、はーい!? 私からも! えーと、ご先祖様の記憶が自分にあるー、みたいな話でした。フィルさんの前世が私の通ってた幼稚園で飼われてたウサちゃんで、ルーナさんのご先祖様がウチで飼ってたウサギのルナちゃんで……」

『まあッ! それは興味深いわね。うししし、帰ったら詳しく聞かせてちょうだい?』


 手を合わせ、他者の幸せでもまるで自分のことのように喜ぶ。

 ミルはそういう性格で皆から慕われる女だ。

 通信先では、そのミルの周りにいたギルドのメンバーたちも嬉しくなっていた。


『とはいえ慌てて帰って来なくても大丈夫よ。そっちで十分にくつろいでいってね』

「ミルさんっっっっ……! ありがとうございます!!」


 ミルにお礼を告げ、相手側も快く手を振ったのを確認してからフィルが自ら通信を終了する。

 やりきった顔をして一息ついたが、これは決してミルが苦手だからではなく、緊張していたところようやくリラックスできたからだ。


「……長くなってしまった。また観にきてね」

「はーい、その時は! ……ってぇ、待ってよ! 待ってください!」


 踵を返して部屋を出ようとした寸前で紬は思いとどまり、危うくルーナら3人がずっこけそうに。


「帰るんじゃなかったのかーい!」

「もうひとつだけ聞きたいことがあったの思い出したんです!」

「それって?」

「えーと、ホワイトライオンのリオナインさん! ……に、ご質問が。私、夢の中で女神ユナイティア様にお会いして、お告げもいただいたんですけど」


 フィルが困った顔をして腕を組み、「この子ってけっこうめんどくさいな、先が思いやられる……」と不安そうな劇団員が見ている前で紬は白髪のタテガミめいた髪型の女性を指名する。


「ユナイティア様に? それで何を言われたの」

「私が転生、じゃねーや。転移する前に助けた白いネコが元の世界に帰る方法を知ってるって――」


 自分で話題を振っておきながら、紬はやや遠慮がちに「ちらり……」とリオナインへ視線を向け、彼女を困惑させる。


「イヤぁ、自分ネコ科のホワイトライオンの獣人であって、白ネコじゃあないんだけど!」

「で、ですよねー……」

「力になれなくってごめんねえ」


 同じネコ科の遺伝子を有するデミヒューマンの端くれであるスズカはどうしようもなくもどかしくなっており、年頃の少女がするべきではない顔で「くきィー!」と、ハンカチを噛む。

 「まあまあ」、「スズちゃんよー、ここは穏便に……」と、ふたりの先輩分からなだめられてひとまずクールダウンに成功した。


「……あーもー、言わんこっちゃないよ! だからキングダムのお姫様に会ってみましょ――――! って提案したのに……」

「王女様に……? 紬くんを現世に帰してあげたいなら、やっぱりそれが確実かもね。わたしたちに聞くよりもさ」

「ふああ~~お恥ずかしい!? お聞きになってたんですね。ほら、つむつむさん! そうと決まれば帰りますよっ!!!!」


 「はえっ!」と、紬はスズカに引っ張られルーナたちのそばへ戻る。


「とにもかくにも頑張りなさいよ、君たちならできる!」

「そうだよ、ボクらを助けてくれたみたいに!」

「今後もデミトピア中で舞台をやるから、巡業先でまた会おう。よかったら、千秋楽にもおいで。待ってるよぉ」

「もちろん。私フィールミックのお芝居って大好きですから。行きましょ、ツムギちゃん」


 ――フィルとベントーの両名が一座を代表してルーナたちを見送り、そしてお互い後腐れのないように笑顔で別れた。

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