第5話 これが俺の教え子たち(天空星の場合)

「くそっ、朋子のヤツとんでもないもん飲ませやがって。おかげでまだ頭がクラクラしやがる……」


 俺は媚薬によって熱を帯びた全身と時々ぼやける視界に全力で抗いながら、次の生徒のところまでバイクを走らせていた。


「頑張れ俺。次の生徒で最後だ。しかも最後のあの子は二人と違って真面目で良い子。もっとも安心できる優良な生徒だ」


 プラスなことを口にしているはずなのヘルメットの中の俺の顔は浮かない表情をしていた。


「“アレ”さえなければ本当何も心配ないんだがなぁ……“アレ”さえなければ……」


 ぶつくさとこもった声で吐き出される独り言は周りの喧騒に掻き消され俺を乗せたバイクは段々と大通りから離れていき、やがて通行人もまばらなひっそりとした住宅街に進入していく。


「いつ来てもここは不気味に静かだな……。俺の乗るバイクのエンジン音がやたらと大きく感じる」


 キョロキョロと辺りを見回しながら徐行スピードで進む俺は、目的地である平屋の一軒家の近くでエンジンを切りバイクを押しながらそこへ向かった。


「あ〜! ほらやっぱり明日真だぁ〜!」


 ガラガラッと二枚のガラス引き戸が勢いよく開かれたと思ったら、中から小学校低学年くらいの身長をした赤髪の女の子と黒髪短髪の男の子がこちらに飛び出して来た。


「おー。相変わらず元気だな。火凛かりん大地だいち。よく俺が来たって分かったな」

「だって明日真のバイクの音が聞こえたんだもんっ!」


 彼らは三人目の俺の生徒、天空星あまぞらあかりの兄妹で赤髪の活発そうな女の子が三女の火凛。ちょっと小生意気そうな黒髪の男の子が次男の大地。長女である星が手を焼くほどの元気一杯の小学生たちだ。そして星には彼らだけじゃなく——


「もうっ! 二人ともいきなり飛び出したら危ないじゃない! それにその人は星姉さんの家庭教師の明日真さん。呼び捨てにしちゃダメでしょ!」


 二人のあとを追うように玄関から姿を現したのは次女の木霊こだまちゃん。星のいない日とかに家のことをまとめるしっかり者の中学二年生。


「ほら、金児きんじも何か言ってやって」


 木霊ちゃんにせっつかれるように腕を引かれ、中から登場したのは長男の金児くん。事なかれ主義の常に省電力モードの中学三年生だ。そんな性格の彼はこの状況を見てもいつものように一言述べるだけだった。


「……こんちゃっす。明日真さん」


 以上、二男三女の五人兄妹と両親を含めた七人で構成されるのが天空家。そして共働きの両親の代わりに、家のこと(家事、料理、洗濯、掃除等々……)を全て取り仕切っているのが俺の三人目の生徒であり、天空家のもう一人の大黒柱。


「みんな急に外に出てどうしたの? お客さん?……って明日真先生!? そうだ! もうそんな時間だ! どっ、どどどどうしよう、まだお夕飯の準備と洗濯物が……あぁそれと部屋の片付けと明日の仕込みが……」


 右目を隠すように不揃いに伸びた亜麻色のショートカット。小柄な体に似つかわしくないエプロンを引き裂きそうなほどの超ド級の胸部と優しげな瞳。ちょっぴりドジで慌てん坊な性格を体で表現しているかのようなこの女の子こそ俺の三人目の生徒、天空星である。


「落ち着け星。俺は気長に待ってるから家のことを優先してくれ」


 俺はあわわと慌てふためく星にそっと声をかける。


「じゃー明日真、星姉ちゃんが用意できるまで俺と遊ぼうぜ〜!」

「ずるいっ! わたしも遊ぶ〜!」

「こら、二人とも。明日真さんは遊びに来たんじゃないのよ!」

「いいよ。木霊ちゃん。どうせやることもないから」

「すっ、すみません、明日真さん……」


 俺はキャッキャとはしゃぐ大地と火凛に手を引かれ、温かなオレンジ色の光に包まれた天空家の玄関をくぐって行った……。

 

 

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家庭教師(かてきょ)はツライよ。〜教え子三人に好意を寄せられてる俺、最近のアピールが激しすぎて精神がヤバい〜 七天八地 @sichitenn

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