Act.17:[フォーチュン] -運命の日-②


 同日同時刻。

 うって変わって薄暗い森の中、時折遭遇する野獣を片付けながら進むエニシア一行。王都を抜けた彼等は、来た道を戻るように北に向けて進行中だ。

 その途中、特に急ぐでもなく歩みを進めていた先頭のカナタが、不意に足を止めて空を仰いだ。小首を傾げるエニシアを他所に、ジャッジやティスもカナタと同じように上を見上げる。

「何?」

「交信が入ったんだと思いますよ?」

 エニシアの疑問にシエルが小声で答えていると、それに気付いたティスがにっこりと頷き、隣ではジャッジが地図を取り出した。エニシアやシエルもつられて地図を囲む中、一人離れた位置に佇むカナタが宣言する。

「悪いな。ちょっと別行動させてもらうぞ?」

 透き通るような声に顔を上げたのはエニシアとシエルだけ。ジャッジもティスも既に承知しているのだろう、地図を指差し行き先の確認を続けている。

「別に謝る必要なんてないと思うけど」

「言ってくれるな」

 エニシアの淡々とした了解にため息を漏らすカナタに、ジャッジとティスの微笑が向けられた。

「気を付けるのじゃぞ?」

「また迷子になってー、遅れないようにねぇ~?」

「分かってるよ、十分用心していく」

「…待って」

 星の位置を誰よりも正確に読み取れるカナタが、迷子になるような場所など限られている。呼び止めたエニシアはカナタの瞬きを待って、半ば答えの分かりきった質問をはじめた。

「何処に行くの?」

「タワーのところへ」

「何をしに?」

「伝言を伝えに」

「遅れないように、って…何に?」

「約束の日に」

 最後の返答は、カナタの声ではない。エニシアが背後からの気配に振り向くと、そこには悠長に欠伸を漏らすグスの姿があった。

「入れ違いか」

「お帰りー、グッちゃん~」

 グスがカナタに肩を竦める傍らで、ティスによる挨拶が飛ばされる。エニシアはその全てをスルーして、ひらひらと手を振るグスに問い掛けた。

「約束の日?」

「そ。あんたが査定される日のことさ」

 カナタが先に解答すると、グスは頭を掻いて嘲笑する。

「あれ、ばれちゃったんだ?」

「ビルが来てね~?」

「はぁ、あいつもモノ好きだな」

 ティスの一言で全てを理解したグスは、シエルの隣から地図を覗きこんだ。

「じゃあ、行って来るな」

 頷くジャッジに手を振って、カナタはくるりと背を向ける。

「ちょっと待って」

 その背中を追いかけたエニシアは、振り向くカナタの隣に並んだ。

「君、知ってるんでしょ?」

「何を?」

「タワーの事情」

 ジャッジの話を聞いて疑問に思っていたのだろう。当のジャッジも、タワーがフルーレから”なにか”を頼まれているであろう事を知らない様子だ。  カナタは微かに頷くと、その場に立ち止まってエニシアを見据える。

「ターは、フルーレから言われていたんだ。お前が自分の後継者として適任かどうか、しっかり見極めて欲しいって」

 ふーんと、呼吸にも似た気の無い相槌の後、エニシアは然も面倒臭そうに言葉を付け加えた。

「あの態度からして、適任じゃなかったってことでしょ?」

「それはあんたが、あいつが敬愛するフルーレを理解してやろうとしなかったからさ」

「じゃあ、今は?」

「あんたがフルーレを理解しさえすれば、ターもあんたを認めるだろう」

 ふっと微笑んで、カナタは迷わず言い切ると、黙り込むエニシアの背を叩く。

「なにか、伝言は?」

「別に、何も…」

「そうか、じゃあまた、約束の日にな」

 離した掌をそのまま翻し、カナタはゆっくりと去っていった。


 その数分後、休憩を兼ねた会議が終了したことで、一行の進行も再開される。

 先頭をティス、その後ろにジャッジを挟んでグスが。更にその後ろ、ぼんやりと最後尾を歩いていたエニシアを振り向き、シエルが横に並んだ。彼の純朴に輝く瞳がエニシアの横顔を見上げる。

「審査されてるって、どういうことですか?」

「されたくてされるわけじゃないんだけど」

「ええ。それは分かってます」

「…カードになるんだって。僕」

「なりたいんですか?」

「いや、別に」

「じゃあどうして…」

「死んじゃった人がさ」

 面倒くさそうにシエルを見下ろしたエニシアは、興味津々なシエルの表情を見てすぐに視線を反らした。

「僕になって欲しいんだって」

「だから審査を受ける、そういうことですか?」

「そうなるね」

「その方は、あなたの大切な人ですか?」

「そうだった」

「何故過去形なんですか?」

「だって、死んじゃってるんだよ?」

「でも、大切だから願いをきいているんですよね?」

「それは違う」

「違いませんよ。僕と同じですね」

 理由も聞かずに否定するシエルの勢いを止めるのも面倒で、エニシアは話の流れに身を委ねることにする。

「君と?」

「そうです。僕も大切な人の願いを叶えたいんです」

「その人が、もうこの世に居なくても?」

「はい…おかしいですか?」

 はにかむようなその笑顔は、エニシアにとって不可解このうえないものだった。

「本当ならさ、生きてるうちにやるべきことなんじゃないの?」

「そうですね。でも、だからといって、やってはいけない理由にもならない筈です」

 言い切ったシエルの真っ直ぐな声は、遠いと思われたエニシアの思考に確かに届く。

「例えこの想いが届かなくても、お婆ちゃんの言葉を、気持ちを、大切にしたいんです」

 初めて出会ったあの日に比べ、吹っ切れたように晴れやかなシエル笑顔が。淀みきったエニシアの心中に確かな波紋を落としていた。



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