Act.17:[フォーチュン] -運命の日-①



「決めたんですかい?お嬢」

「ええ」

 強い日射しを避けるように、木陰に腰を据えるアイシャとチャーリー。二人の目の前に広げられた古い地図の一角を、アイシャの人差し指が示す。

「ノーブレス」最新の地図には載っていない、昔の都市の名前だ。

「なんでまた、そんな廃墟に…」

 国民の多くが知るように、その場所がそうなってから久しく、チャーリーのぼやきにも納得できるのだが。生憎彼が居合わせた木陰には同意を示してくれる人物は居なかった。

「さぁ。どうしてかしら?」

 アイシャは言いながら地図を畳むと、ポシェットから水晶を取り出し立ち上がる。

「私は占いに従っただけだもの」

「そりゃあそうでしょうが…何か心当たりみてぇなもんは…」

「無いことも、ないわ」

 含みのある笑みに、チャーリーの頬も上へと上がった。

「興味深いですな。暇潰しに聞かせては貰えやせんか?」

「駄目。聞きたくない。言わないで」

 直ぐ様注がれる抗議文は、勿論フールによるものだ。彼女は彼の背中におぶさりながら、アイマスクを持ち上げる。

「おめぇさんは耳栓でもしてあっち向いてりゃいいだろうに」

「君、リアクションしない自信、あるの?」

「…そりゃあ…その…」

「止めておきましょう、チャーリー。楽しみは後に取っておくものよ?」

 指摘に口ごもるチャーリーを振り向いたアイシャは、それでも納得がいかない様子の彼を見て肩を竦めた。

「そうだよ。ねぇ?君もそう思うでしょ?」

 問い掛けたのは、チャーリーの肩から身を乗り出すフール。問われたのは、アイシャの奥で周囲を眺めていた茶髪の女性だ。

「そうですね」

 にっこり笑って振り向いた彼女の手の中で、金色のリングが揺れる。人の頭くらいの大きさを持つそれの中央で、真っ白な鳥が羽ばたいた。

「あいつの時以来ですかい」

「ええ。久々にこの姿になりました。何処かおかしなところはありませんか?」

 チャーリーの問いにくるくると回って見せる彼女。長く柔らかな髪が光を受けて輝く様子を見据えながら、チャーリーは密かに眉を歪めた。

「…ええ、まぁ…どっちに?」

 隠せぬ困惑の意味は、彼の泳ぐ視線に込められる。

「私に決まってるじゃないですか」

 そう答えたのは微笑む女性…ではなく、彼女の肩に停まる白い鳥の方。常に行動を共にする彼女と一羽だが、声を発するのは決まって鳥の方なのだ。

「どっちも変じゃないよ。普通」

「それなら良かった。今回もきちんと役目を果たせそうですね」

 何を基準として普通と宣うのか、背中に張り付くフールに疑問の声も出せぬまま、チャーリーは話を別方向に反らす。

「毎回凄いですからねぇ、フォーさんの召集呪文は」

 彼女、フォーチュンの持つ特色の一つである魔法を思い出し、一人頷くチャーリー。フールはそれを邪魔そうにしながら、セロリにかじりついた。

 親子のような二人を見て笑みを強める女性の脇で、小鳥が澄んだ声を出す。

「事前承諾さえ得られれば、失敗することはないと思うのですが」

「タワーのところにも伝言を頼むから。何も無ければ3週間後に決行するわよ」

「了解しました」

 彼女の魔法発動条件を満たすことも含め、予定を決定したアイシャは水晶に光を灯した。

「いつもの通りだとして、今回も3時間で済むんですかい?」

「どうかしらね?」

「延びたら延びたでしょ」

「臨機応変ですね」

「行き当たりばったりともいいやしませんかい?」

「そうね。でもまぁ、きっとジャッジがなんとかしてくれるわ」

「それもきっと運命です」

 チャーリーの心配をうやむやにしつつ、三人はアイシャが各所への連絡を終えるのを待つ。

 その数分の間、フォーチュンとチャーリーは「パートナー」についての話をした。フォーチュンは運命の相手が見付かることを願っているが、チャーリーは出来ることならパートナーを作りたくない、といった内容だったが、フールはやはり興味が無いようで、セロリの苦味と格闘を続けていた。

 フォーが「お二人とも、運命の相手には関心がないのですね」と纏めた所で、アイシャが立ち上がる。

「さ、行きましょうか」

 水晶をポシェットに収め、地図をチャーリーに押し付けたアイシャにフォーが歩み寄り、手を差し出した。

「私はもう少し休憩しておきます」

「そいつは残念でさぁ。たまには歩くのもいいと思いやすぜ」

「折角ですが、それは楽しみに取っておこうと思います」

 アイシャからカードを受け取り、表面を撫でたフォーがカードの中へ吸い込まれていく。その途中、様子を眺めていたチャーリーに、彼女は呟いた。

「運命の日まで」

「それは、フォーさんの運命で?」

「いいえ。近日の運命ですよ」

 アイシャの手の上でくるりと回転する茶色の猫の隣で、白い子猫の口が開く。

「新しい出会いは大切にしたいんです」

 どことなく嬉しそうな語尾に、チャーリーの眉が微かに動いた。

「さすがの小僧も対応に困るかもしれねぇですがな」

「なんのお話ですか?」

「いえ、こっちのことで」

 独り言を拾われて慌てたチャーリーが、背中のフーを取り落としそうになるのを見て、アイシャの朗らかな笑みが漏れる。

「楽しそうでなによりだわ」

 暖かな陽気同様の平和加減に頷いて、彼女は歩き出す。

 これから起きるかもしれないなにかを、真っ直ぐに見据えながら。






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