Act.14:[プリエステス] -見えざる者と見える者-②



 まだ宵の口だというのに、その場所は不思議と静かだった。

 見下ろせば坂の下に広がる城下町の灯火が、見上げた先では星々が儚く浮かぶ中。入り口に据えられた蝋燭の赤が、2人の姿をぼんやりと照らしていた。

「折角だ。他の奴等の話も聞いとくか?」

 会話の見通しの悪さに根負けして問いかけたカナタは、振り向きもしないエニシアの背中に微かな溜息を浴びせる。エニシアは変わらず遠く向こうを眺めたままぽつりと返答した。

「誰も彼も似たり寄ったりなんでしょ?」

「まぁ、あんたにとっちゃそうかもな」

 苦笑混じりに両腕を頭の後ろで組むカナタに向けて、エニシアの小さな問いが飛ぶ。

「…あの女は?」

「ん?アイシャのことか?」

「そう。何者なの?」

「アイシャもカードの一人だよ」

 カナタは当たり前のようにそう言って、次に小さく肩を竦めた。

「でもな、アイシャは、特別なんだ」

「…だろうな」

「あんたにもそう見えるんだな」

「あたりまえだよ。だってアレが君達をあてがっているんじゃないか。僕みたいなのに」

「そうだな」

「おまけに一方的な手段で交信まで出来るらしいし?」

「ま、違いない」

 大きく二、三度頷いて、カナタはゆくりとエニシアの横に付く。

「で。あんたはどう考えてるんだ?」

「なにが?」

「アイシャがどうして、あの役目に付いているか」

「知らないよ。そんなの」

「知りたいんじゃないのか?」

「そうだね。だから聞いたんだよ」

「アイシャはあんたと同じ人間だった」

 覇気の無いエニシアの声を追うように、カナタは答えを呟いた。

「そして同時に、特別な人間でもあった」

 エニシアは遠い町並みからカナタへと視線を移す。

「カードを作った、男にとって…な」

 言いながら、カナタはエニシアの訝しげな眼差しを受け入れた。エニシアは瞬きで言葉の間を埋めると、再び遠いどこかへと目線を逸らす。

「アイシャは、製作者の娘だよ」

 カナタはエニシアの視線を追いかけるようにして言葉を発すると、彼とは別の、何処か遠くを眺め始めた。詰まった声を絞り出すかのように、エニシアは応える。

「成る程ね」

「だからなのか、若しくはアイシャ自身の意思なのかもしれない。とにかくあいつは製作者と同じに、俺達カードが悪用されないよう管理しているんだ」

「自らがカードになってまで?」

「そういうこと」

「占い強盗する意味は?」

「強盗か。あんたにはそう見えるんだ?」

「そうじゃないにしても、カードが悪用されるされないには関係がないように見えるんだけど?」

 抑揚の無い声色が威圧を与えた。それでもカナタはそ知らぬ顔で黙秘を続ける。

「あいつの目的は何?」

「それは、自分で直接聞けよ」

 睨み付けるように問い詰められたカナタは、片手を広げて困ったように微笑んだ。

「ここまで喋っといてそれ?」

「流石にそこまで話したら怒られちまうよ」

「さっきあのおじさんが話してくれなかったことを、今君は話したじゃないか」

「ああ。アイシャはきっと、怒らないさ。自分の身の上を話されたくらいじゃ」

「ならなんで」

「怒るのはジャッジの方」

 エニシアの質問を遮って答えを示したカナタは、口を噤む彼を見て小さく肩を竦める。

「ま、カードのことがバレちまった今となっては、そんなこともないだろうけど」

 カナタの台詞が終わると、エニシアからは言葉の代わりに息が漏れた。溜息とも吐息とも取れるそれを聞いて、カナタは思わず口にする。

「…怒ってるのか?」

「いや」

「じゃあ、何がご不満なんだ」

「別に。ただ…」

 躊躇って、エニシアは眼を閉じた。まるで現実から眼を逸らすかのように。

「結局はほとんど変わりないんだってこと」

「なにが?」

「君も、アイシャも、他のカードも」

「そうだろうな」

 ぽつり、ぽつりと口にするエニシアの横顔を見据えながら、カナタはふっと微笑んだ。

「あんたが、死ねなくなった今も自分を人間扱いしているのと同じだ」

「そう。だから、僕は君達も、自分が人間と同じだと思っていると思ってた」

 そう言って、エニシアは眼を開ける。

「だけど僕は心の何処かで、君たちは人間とは違う…別のナニカかもしれないと、思っていたのかもしれない」

 遠く広がる闇を追いかけるように瞳を細め、彼は続けた。

「そうであって欲しいと思ったのかもしれない」

「…なんでまた」

「僕はずっと、人間ではないなにかになりたかった」

 強まった口調。エニシアは振り向き、真顔で呟く。

「だけどそれは叶わなかった」

「なあ、エニシア」

 カナタも同じく瞳を細め、真剣な様子で目の前のエニシアに問いかけた。

「お前、人間じゃなくなれば死ななくてもいいと思ってるのか?」

「ああ」

「だけどお前にしてみれば、不老不死の自分も、俺達カードですら、人間であることに変わりはないと」

「そう」

「なるほどな」

「何?」

「いや、こっちの話」

 曖昧に締めくくり、カナタは夜空に眼を泳がせる。エニシアは溜息で緊張を追い払うと、頬杖を付いて眉を顰めた。

「…ジャッジが遠回しに話を進める理由が僕にあるんだってことは、なんとなく理解したよ。だけど、どうしても腑に落ちない」

 諦めたような呟きは空に向けられる。

「ジャッジの目的は一体なんなんだ?」

 最後に放たれた質問に、カナタは一つ頷いた。

「俺に言えるのは一つだけ。今のあんたには、俺でさえ理由の全てを隠しておきたくなる。ジャッジも…多分ティスも、同じ心情だろうな」

「意味がわからない」

「だろうな。分からないように話しているんだから」

 左掌を空に向けて、そのままその手をエニシアの肩に乗せる。

「エニシア。あんたの言い分は尤もだ。だけど、頼むからジャッジの云う通り…まずやるべきことを終わらせてくれないか?」

「…随分、拘るんだね」

 カナタに無理矢理振り向かされたエニシアは、鼻で笑うとあからさまに眼を逸らした。

「わかってるよ。でも仕方ないだろ?」

 低く言い分けて、彼は俯く。

「考えても考えても、分からないんだから…」

 見つからない答えを探すかのように。


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