Act.10:[スター]-導きの星-②


 次にエニシアが口を開いたのは、それからおよそ10分後の事だった。

「君には居ないの?パートナー」

 暗闇の中、声が響いた方向に他3人の注意が向けられる。問われた当人は、当たり前のように返答した。

「居ないけど?」

「こやつらは人間に囚われん存在。ムーンやサンも単独行動しておったろう?」

 続くジャッジの補足を受けてため息を吐いたエニシアは、目の前に現れた木の幹を避けながら小さく復唱する。

「人間に囚われない、ね」

「私やジャッジみたいな存在が意味を成すのはー、人が存在してこそでしょう~?」

「寧ろ、人だけだろ。そんな面倒なもの背負ってるの」

「その通りじゃ。しかし月や太陽、星なんぞは人間が存在せずとも、そこにあり続ける。例え認識されずともな」

「だからねー、パートナーは必要ないの」

「意味が分からない」

 言いながら、エニシアは再び行く手を阻んだ巨大な幹に片手を付く。彼が放った決まり文句に引かれるようにして、ティスが隣に付いた。

「私達カードは、自らの信念を確かめるために人と行動を共にする」

「だけど俺達にはその必要がない、それだけだ。分かるか?」

 ティスに続いて先頭のカナタが答えると、エニシアは数秒の間を持って次の疑問を口にする。

「単独行動する意味は?」

「自らの信念を確かめるために。そこは変わらない。ただ観察対象が違うだけ」

「観察されてるんだ?僕」

「観察と言うと語弊があるかもな。見届けるため、とか。つまるところ悪い意味はないぞ?」

「どーだか」

 エニシアは納得を含む相槌を打ちながらも、斜め前辺りを歩いているであろうジャッジに皮肉の眼差しを向けた。この闇の中では意味のない行動に他ならない訳だが、逆に言えば皮肉を浴びせ返される事もなく不服の表情を浮かべることが出来る絶好の機会、ということにもなる。

 ジャッジはエニシアの視線に気付いているのかいないのか、相変わらずの調子で歩みを進めながら人差し指をカナタへと向けた。

「因みにカナタは人々の願いについて悩んでおる」

「願い、ね」

 声色だけで見事に興味の薄さを表現しきったエニシアは、左腕を引くティスに従って進路を右方向へ転換する。その間に合わせてゆったりと、カナタの声が割り込んだ。

「あんた、願いはあるか?」

 誰に向けられた質問なのか、いや、一人しかいないことは分かり切っている筈なのだが。エニシアは暫しの間を置いてそれに答える。

「あるけど?」

「そうか。じゃあ、願ってみるか?」

「何に?」

「星に?」

 カナタは、闇の中で見えない空を指差した。真っ直ぐに、人差し指を上へと伸ばして。

「叶えば、俺の身長がちょっとばかし伸びる」

「…頭大丈夫?」

 最期に両手を頭の後ろへと回したカナタに向けて、エニシアの訝しげな声が注がれる。それを聞いたカナタは立ち止まり、闇の中に浮かぶエニシアの瞳を確認すると。

「あれ、話してないのか?ジャッジ」

 顔の向きもそのままに、隣にいるであろうジャッジに声をかけた。ジャッジは否定とも肯定とも取れるような曖昧な返答をカナタへ飛ばすと、エニシアに向けて鋭い言葉を投げかける。

「エニシア。お主の覚悟を信じても良いか?」

「…覚悟も何も。そうするしかないように仕向けたのは君じゃないか」

「ふむ。上手くはまってくれて助かったわい」

「じゃ、説明しちゃっても良い?流石に頭を疑われたままじゃ癪に障る」

 カナタはジャッジがしっかりと承諾をするのを確認して、エニシアの隣に並んだ。代わりにティスが先頭に立って道を先導する。カナタは自分より少しばかり背が高いエニシアを見上げて、胸の前に2本の指を立てて見せた。勿論、エニシアには見えないことを前提に、気分だけの問題として。

「俺達カードには2つの力が備わっている」

「力、ね」

 興味の薄い声に若干ながら訝しげな色が混ざったことで、真っ先に首を回したのはティスであった。彼女も彼女で気分だけの問題として、胸の前に人差し指を設置して間延びした声を発する。

「エニーも見てきたでしょう~?一つは道具、必殺技みたいなやつよー」

「サンとかムーンが使ってたアレ?」

「そうじゃ。お主が今まで目の当たりしてきた魔道に似たモノは全て、一つ目の力に相違無い」

「そ。で、もう一つの力って言うのが…君に与えられたそれだ」

 続くジャッジの茶々を待って、カナタは自らの人差し指をエニシアの胸に向けた。

 数秒の間。

 エニシアは溜息に似た台詞で答えを示す。

「…不老不死?」

「正解~」

「ま、それに限ったことではないんだけど」

 ティスの拍手にカナタの呟きが混ざる。エニシアが誰にともなく眉を顰めて見せると、まるでそれが見えていたかのようにジャッジの幼い声が響いた。

「わしらカードは人間のパートナーを得るときに契約を交わす。お主の場合は若干特別でな…本来であれば互いの同意のもと、与えるものと与えられるモノを決定するのじゃ」

「例えば~、私は傍で正義を見せてもらう代わりに、不思議な力で泥棒の逃亡の手助けをしてたー」

「例えばラヴァースは、愛を見詰める代わりに、不思議な力でパートナーの相手を引き寄せておった」

「そう。それと同じでさ。俺にも不思議な力がある。ただ、他のカードと違って契約がない」

 うんともすんとも言わぬまま、エニシアは3人の説明を聞き終える。そうして数秒間…いや、もう少し長い間かもしれない。全ての言葉を吸収し終えた彼がいち早く放った言葉は。

「意味あるの?それ」

 と、何を指しているのか良く分からないものであった。カナタは横から注がれる視線を痛いほど感じて、それが自分に宛てられた物だと悟る。

「もしかして、身長の話か?」

「他に何があるの?」

 今の解説であれば他にも目を付けられそうなところは沢山あっただろうに、エニシア敢えて話を軌道に戻したのだ。カナタは彼がここまでで学んだことを頭の片隅に思い浮かべながら、彼の質問に対する率直な返答を並べていく。

「そーだな。俺の背が伸びている間は、人々の願いが満ち溢れ、時に叶っているってことになる。俺は星に願うなんて行為、ナンセンスだと思うんだ。ただ願うだけで、自分はなにもしないとか、そーゆうヤツは特に」

 そこで大きく伸びをして、先行く2人の気配を見失わぬよう注意しながら、彼は木々に覆われた空を仰いだ。

「願わずに居られないくらい、困ってるなら別だけどさ。そもそもその対象に星を選ぶ理由なんて、殆どの人間が持ち合わせていないだろう。星が好きとか、何か特別な思い入れがあるわけでもなく…ただそこにあるから、ってだけで欲望を押し付けるのはどうかしてる」

 相変わらず垣間見ることすら叶わぬ空から視線を逸らし、次にすぐ隣に居ながら目視できぬエニシアに肩を竦めたカナタは、彼が今どんな表情で自分の話を聞いているのかを想像しながら話を繋げる。

「宗教と同じだよ。熱心な信者でもないのに、困った時だけ神頼みするよーなもん。そー思わない?」

 返答は、ない。空気の動きから察するに、どうやらエニシアは足元に注意を向けているようだ。それとは逆に、頭上に注意を向けながら。カナタは皮肉なのか本気なのか捕らえ難い台詞をサラリと言ってのける。

「星は願いを叶えるために有るんじゃない。流れる為に在るんだぜ?」

「…よくわかんないけど、人間と大差ないな」

「そ。よくわかってんじゃん」

 小さな呟きを拾い、微笑と共に頷いて見せたカナタに。

「君は背を伸ばしたい訳じゃないんだ?」

「当たり前。このまま伸び続けたら、いつかは大男だよ」

 エニシアはやはり興味も無さそうに、素っ気ない質問を投げかけるのであった。


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