Act.10:[スター]-導きの星-①
墨を溢したようなどす黒い夜空に点々と星が浮かぶ。闇に馴染む深い森の中、仮眠を取ることも出来ぬまま進み行く、お馴染みの三人の姿があった。
「これ、何処に向かってるわけ?」
静寂に響くのは相も変わらず覇気の無いエニシアの声。その後方を歩くジャッジが、ため息のように返答する。
「天文台じゃよ」
「何処にあるの?そんなもの」
見渡す限り闇に染まった木々が生い茂るこの場所は、森と言うよりは最早天然の迷路のようになっており。更に言えばこの国唯一の高台となる、城が聳える崖の上から国中を一望しても、そんなものは見当たらないわけで。エニシアが皮肉るのも尤もな話なのだ。
「この国の成り立ちは知っておるか?エニシアよ」
「知ってるよ」
「数百年前、戦争で綺麗に焼き払われてー、国の全土が更地になったのよー。そこに人工の木を植えて、今に至るー」
「だから、知ってるって。それをやったのがあっち側の人間で、僕達は負けた国の生き残りだってことも」
エニシアが言う「あっち側」とは、崖を挟んで向こう側の領土を指しており、そこに住んでいる民族全てが、この国では「貴族」と呼称されている。
因みにファンのパートナーであるデニス=ハイラントは「王族」として太古からこの地を納める血筋であり、表向きは今も政治を行っていることになる。
「そうじゃ。実質この国は今も、貴族という名の勝者に制圧されている状態じゃな」
「だから戦争が絶えないのー。更に言えば、この国の人達が絶望に包まれているのはそのせいなのー」
「で?それと天文台とに何の関係があるわけ?」
「焼け野原にされたこの国で、唯一残った自然物の話を知っておるか?」
「いや」
「むかーしむかし、まっさらなー、木の根まで焼け焦げたこの土地で、生き残った一本の木がありましたー」
エニシアの否定を受けて直ぐ、ティスのゆっくり過ぎる声が昔話の冒頭のような文章を紡いだ。ジャッジはそれに頷いて、気取ったように肩を竦める。
「それはこの国の希望として後世に語り継がれる筈じゃった。しかしな」
「私達の兵器で焼き付くせぬ物などあってはならない」
「鶴の一声で、その木は斬り倒されることになったのじゃ」
「そうして数十年の月日が経ちー。そこはとある人物によってー、管理されることになるのー」
「誰もが近寄らなくなったその場所を、其奴は一人…今も、守り続けておるのじゃよ」
交代で語り継がれた物語とも呼び難い一つの話。エニシアはいつものように気の無い相槌を打つ。
「数百年前の話でしょ?随分長生きな人が居たもんだね」
「馬鹿を言うでない。今その場所は初代主の後継者によって、人知れず生かされておる」
「人知れず?」
「そうじゃ。こんなことがあちら側に知られれば、ただでは済まんじゃろうからな」
「そうかもね」
エニシアは同意して上を向く。本来なら空が見える筈の空間には、出鱈目に伸びきった木々の枝枝が何重にも重なりあって見えるだけ。真っ暗な空に加えてそんな状態では、前方を確認するのも一苦労だ。かと言って、どう育てればここまで木が密集しあえるのかと疑うほど、それこそ体を横にしなければ木々の間をすり抜けられないような場所すらある状況なので、前方を確認する必要は無いのかもしれないが。
「だからねー、木を増やして、隠してるの」
「そんなことして天文台の意味があるの?」
「それは辿り着いてからのお楽しみじゃよ」
「辿り着いてからの…ね」
そんな風に、通常の進行速度の3分の1くらいのペースで目的地を目指す彼等は、腰を下ろして休むこともままならぬ状況下で溜息混じりにそんな会話をしていた訳だ。
時刻は既に深夜0時を回っており、火でも焚かなければ小型獣の1匹くらい飛び出してきても可笑しくはない。にも関わらず不思議と何の影も気配も感じぬままここまで来た。警戒するに越したことはないと分かっていながら、流石に気を抜きかけたエニシアの耳に聞き慣れぬ声が飛び込んでくる。
「あ」
それは高くもなく、低くもない。しかし確かに男の声だった。咄嗟に身構えたエニシアを他所に、背後からは和やかなムードが立ち込める。
「あらー?」
「奇遇じゃのう」
「いや、奇遇とかそーゆうんじゃないだろ」
会話ながらに近付いてきたそれは、確かに人影だった。ジャッジとティスがこの闇の中で人物の特定が出来たのは、恐らく馴染みのある「声」のせい。と、言うのも誇張ではなく「一寸先は闇」状態なのだから。
エニシアが目を凝らして前方の人影を観察していると、狭い中にも関わらずジャッジが無理矢理隣に並んだ。
「もしやまだ辿り着けておらんのか?」
「カナタも迷子かなぁー?」
「生憎ね。前に来たときより木が増えてるもんだから」
そう言って近場の木の幹に支えられるように立ち止まったのは、キャスケットを被った少年である。闇の中で不思議と認識できた瞳の色は、空に浮かぶ星の色と良く似ていた。
カナタと呼ばれたその少年は、ジャッジとティスを交互にまじまじと見比べた後、エニシアに顔を寄せてふーんと一言。
「あんたがエニシアか」
「君は?名前からしてカードじゃないみたいだけど」
「いや、カードだけど」
「こやつはスターのカードの化身じゃよ。それよりほれ。先に進まんか」
狭苦しい空間で交わされた挨拶もどきは、ジャッジの台詞によって一時中断される。訝しげに顔を顰めたエニシアを他所に、カナタは何度か頷いて右方向に踵を返した。
「スターって呼ばれるのもなんかやだし。ターじゃ被るしな」
説明するカナタの後ろにジャッジ、その後ろをエニシアが、必然的に最後尾に着いたティスが木の間をすり抜けながらのんびりと補足する。
「カナタっていうのは渾名みたいなものなのよー。ねー?」
「ま、そんな感じ」
「被るって?」
エニシアがこうして更なる疑問に食って掛かるのは、単なる暇つぶしか、それとも少しでもヤル気を捻出しているのか、真意は定かではない。しかしこれと言ってトゲも無く会話は進み、周囲の空気も心なしか穏やかである。
カナタは意味深な間を持って彼を振り向き、前方に向き直ると共に回答を声に出した。
「これから会いに行く奴」
「天文台の守護者って人?」
「いんや。それのパートナー」
「ってことは、またカード?」
「そう。俺はそいつに伝言を伝えに行くとこだったってわけ」
次々と飛び出すエニシアの質問へ返答していたカナタは、行く手を阻む木々の先を確認して方向転換する。
「伝言?」
「訳ありでのう。アイシャにも、あやつへ接触する術がないのじゃよ」
「そゆこと」
ジャッジの補足に頷いたカナタの背中。エニシアは瞳を細めて相槌を打つ。
「へぇ」
「カナタはー、結構パシられる確率が高い子なのよ~?」
「パシられるとか言うなよ。仕方ないだろ。なんたってサンとムーンがあの調子だからさ」
「自分勝手ってこと?」
「悪く言えばそうなるけど。まぁ、どうせ俺は暇してるし。別に構わないんだが」
「頼まれると断れん体質なのじゃよ」
「要は良い子ってことだよねー」
「まーた。そーやって褒めても何も出ないぞ?」
サロペットのポケットに両手を詰め、ふらふらと前進するカナタの横顔は何処か嬉しそうに見えた。
エニシアはそこで暫し口を閉ざす。
彼が何を思うのか、3人のカード達は先の見えぬ迷路での暇つぶしを、次にエニシアの中で生まれる「質問」に託すのだった。
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