Act.9:[サン] -太陽の咆哮-③


 よく無事だったな、とムーンは思う。無残な姿に成り果てたエニシアを見下ろしながら。

 一瞬にして全てを焦がす光の中を高速移動したことで全焼は免れたものの、エニシアの怪我は目を覆いたくなる惨状だった。それはもう「よくその状態でサンを真っ二つにすることが出来たものだ」と、ジャッジが感心するほどに。

「なかなかやるじゃない」

 数十秒間続いていたノイズが消え、姿が元通りになると、サンはムーンの脇からエニシアを見据えた。

「どうしてそのやる気を生きることに使えないのかは、甚だ疑問ではあるけど」

 片手間に服の埃を綺麗に叩いた彼女は、焼け爛れた顔面に浮かぶ青い瞳に笑顔を向ける。

「あなたが考えを改めるまで、私は諦めないわ。また会いましょう、エニシア=レム。次に会うときは、お互い笑っていたいモノね」

 自己完結に頷いて、喉が焼けてモノを言えぬエニシアに背を向けたサンは、颯爽と場を後にする。

 数分間。彼女の夕陽に似た綺麗な髪が見えなくなるまで見送って、ムーンはくるりと笑顔を振り向かせた。

「エニシアさん」

 名を呼ばれたエニシアは真っ直ぐに彼を見据えた。ゾンビ形状の彼に意識があることが、最早奇跡にも思える。

「僕は、あなたの生き様は素晴らしいものだと思いますよ」

 ムーンはうつ伏せに寝そべるエニシアに言葉を注ぎながら、大きな丸眼鏡を支え、その左レンズに魔法陣を呼び起こした。

「だから僕個人としてはあなたを応援したいんです」

 微笑んで魔法を発動させ、エニシアが光に包まれる様子を眺めながら、ムーンは続ける。

「ですが、僕はサンのことも尊重したい。解りますか?」

「分からない。分かりたくもない」

「そうですか」

 顔面から首にかけての回復を得たエニシアの返答を受けて、ムーンは複雑な笑みを傾かせた。

「僕は、サンが好きなんですよ。一人の人間として」

「だからなに?」

「僕はあなたを応援しながら、サンに加担することになります」

「随分だな。それ」

「そうですね。でも、それが僕の答えなんです」

「勝手にしたら?」

「貴方のそういう所、やっぱり凄いと思います」

「受け入れたわけでも、理解したわけでもないんだけど」

「はい。分かってますよ」

 眩しさから解放されたエニシアは、ムーンが嬉しそうに頷くのを見て身を捩る。

「貴方は貴方、ですからね」

「誤解してるんじゃないのか?」

 満足気なムーンの言葉に、エニシアは珍しくも喰って掛かった。

「さっきあいつが言ったこと。聞いてただろ?」

「それでも貴方は、誰にも頼らずに生きているじゃないですか」

 間髪入れずに返ってくる答え。エニシアは口を閉ざすことで話の先を促した。

「どちらが正しいなんて、答えなんて、ないんですよ」

 自分のことでもないのに、誇らしげに肩を竦めたムーンは、次にエニシアを指差して嬉しそうに言った。

「貴方なら、自分で選べるでしょう?」

 人差し指を凝視したまま顔を顰めたエニシアを見て、ティスが横からしゃしゃり出る。

「どちらの道を進むか~」

「どちらの?」

「前に進むか、後ろに進むか、じゃろう」

「どっちが前なの?それ」

 完治した体を起こしながら問うエニシアに、ムーンが苦笑交じりの回答をした。

「サンに言わせれば、他人の意見を受け入れて、自らと向き合い、自分を変えていくことが、前ですかね」

「逆に後ろは、自らと向き合うこともせず、他人の言葉も信じないで、そのままの自分で居ることになるわね~?」

「どっちも嫌だから、死にたいんだけどな。僕は」

「それだけは許さんよ」

 1周回った会話の最後、ジャッジの発言に視線が集まる。彼は小さく肩を竦めて言い切った。

「わしがな」

「私も~」

「僕もです」

 連なる同意を受けたエニシアの瞳が細くなる。

「どうしてそこまでするんだ?僕の為ってわけじゃないんだろ?」

「本当にそう思いますか?」

「私はエニーが好きよ?だから生きてて欲しいの~」

「誰の為かどうかは、己で見極めることじゃな。エニシア」

 エニシアに鋭い眼差しを注いだジャッジは、正面でオッドアイが歪むのを見て顔を下げる。

「しかしの、こうしてお主を生かす事には意味がある…それを忘れるでない」

「意味、ね」

「意味が分からない~?」

「いや」

 エニシアの気のない返事に反応したティスが、珍しく否定されたことに驚いて目を丸くした。

「その意味が分かった時。僕は選択するわけだ」

 エニシアは紡ぐ。自らの末路を。

「どっちの道を、進むのか」

「違いますよエニシアさん」

 俯き気味の表情を覗き込むように、ムーンが再度人差し指を立てる。

「先に選択しなければならないことがあるんじゃないですか?」

「そうかもね」

 エニシアは嘲笑を漏らし、同時に顔を上げた。視線の先では、ジャッジも薄笑みを浮かべたままエニシアを見据えている。

「まだ決めかねておるのか?」

「いや」

 またも否定して、エニシアは開けた森林の奥にある樹の合間へと視線を流した。

「どうせまだ、時間はあるんだろ?」

 小さく呟いて。

「なら、あいつに会うまでに…」

 中途半端に決意を示したエニシアに、ジャッジとティスがそれぞれ反応する。その傍らでムーンが静かに立ち上がった。

「それなら、僕は」

「行くのか?」

「はい」

 頷いて、エニシアの体調を確認したムーンは、微笑んで、ゆったりと踵を返した。

「信じていますよ。貴方が良い方向に向かうことを」

 彼が向かう先は何処なのか。それも知らぬまま、別れも告げぬまま、エニシアは喰いそびれたパンをジャッジから受け取ると、小さな小さな溜息を漏らした。




 別れの後、三人の声すら聞こえぬ位置まで進んだムーンは、徐々に歩調を緩めていく。

 そうしてある地点で立ち止まり、何処にともなく呼びかけた。

「サン」

「何?」

 木陰から返答するのは、名を呼ばれた張本人。ムーンは彼女の傍まで歩み寄り、殊更嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」

「なんのことかしら?」

 曖昧な笑みを返すサンと、変わらぬ笑顔を浮かべ続けるムーンと。

 彼は彼女が寄りかかる樹の陰に差し掛かると同時、本来ならハッキリと告げられるであろう言葉を、敢えて小声で呟いた。

「僕の考えを、尊重してくれて」

「貴方のためだけじゃないわ」

 サンは笑い飛ばすように言うと、木の葉に隠れた空を仰ぐ。

「分かってますよ」

 ムーンも同様に上を向き、まるで独り言のように、2人揃って口にした。




「「全ては、世界の思うままに」」



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