Act.9:[サン] -太陽の咆哮-②


 天高く聳える太陽が森を疎らに照らしている。

 降り注ぐものよりも眩い光が煌いたのは一瞬だけ。一呼吸後に続いたのは抑揚も覇気もない…

「いきなりそれ?」

 ついでに膝の根元からつま先までが消え失せたエニシアの声だった。

 何が起きたのか。把握していないのは恐らく被害者である彼だけで、他の面子は淡々と会話を続ける。

「これ!サン…」

「大丈夫よ。どうせ死なないんでしょう?」

「まぁまぁ、ジャッジー。ムゥちゃんもいるしー?」

 ジャッジの非難をあしらいながらも、サンはエニシアを見据え続けていた。

「何故避けなかったの?」

 先のやり取りからして、自らの足が消し炭になったのは彼女のせいだというのに、エニシアは無感情に吐き捨てる。

「避ける隙もくれなかったくせに、よく言うよ」

「いいえ。あんたは避けられた筈よ」

 蔑みの眼差しを注がれてなお、彼は目立った感情を表に出さない。しかしエニシアに人形という比喩は不似合いだ。それはなにも足元を染める血液のせいだけではない。無感情の中に滲み出る人間らしさ…それこそが彼の特性だと、その場にいた誰もが感じ取った。

「ムーン」

 不思議な空気を断ち切って、サンは表情も姿勢もそのままに合図する。呼ばれた彼は元から承知していたのか、数歩前進して右手を眼鏡のレンズに添えた。

「反射の下に存在する者へ」

 ムーンの紡いだ言霊が、周囲をオレンジの光で満たす。その輝きは数秒間、エニシアの失われた足先に留まり、次第に拡散して消えた。

「立ちなさい、エニシア=レム」

 そんな無茶振りを…と思うのも当然ではあるが、残念なことに今のエニシアには立ち上がるための足がある。ムーンの魔術は一瞬にしてエニシアの怪我を無に返したのだ。

「君、こんなことも出来るわけ?」

 感心なのか呆れなのか。妙に気の抜けたエニシアに返答するのは、離れた場所で様子を窺うジャッジとティスだ。

「今のムーンは満月じゃからのう」

「月は太陽に影響されやすいものよー?」

「意味が分からない」

「特に、輝きの面でねー」

 辛うじて目視出来る位置で人差し指を揺らすティスを眺めながら、エニシアは数秒思考を巡らせる。

「…性格が変わると使える技も変わるってこと?」

「やれば出来るではないか。エニシア」

「良く考えました。褒めてあげちゃう~」

 遠くで頭を撫でる仕草をするティスと、腕を組んで頷くジャッジのお世辞の後、サンがエニシアの意識を戻す。

「もう一度よ」

 仁王立ちの彼女を見上げたエニシアは、一拍置いて溜息を吐いた。

「食事中なんだけど?」

「私に待てとでも言うの?」

「待つことすら出来ないんだ?」

「エニシアさん」

 問答を止めたのはムーンの威圧的な声だった。エニシアは弱気だった彼の眼差しが鋭く歪むのを認識し、ジャッジにパンを投げ渡す。

「…どのみち、避けて通ることは出来ないって感じだな」

「本気で来なさい?エニシア=レム」

 立ち上がり、自分と向き合うエニシアを見て、サンは初めて微笑んだ。敵意が凝縮されたそれを目の当たりにしたエニシアは、思わず「面倒だな」と愚痴をこぼす。

「あなたのその曲がった根性、叩きなおしてあげるわ!」

「それ、僕にメリットないだろ?」

「私に勝てなければ、あなたの望みは潰えるかもしれないわよ?」

 それは困る。瞬時に判断したものの、真偽の分からぬエニシアはジャッジに視線を流した。

「言うとおりにするんじゃな」

 即答が、エニシアの瞳に若干ながら色を宿す。挑発の成功を確信したサンが得意げに鼻を鳴らした。

 2人の間合いは僅か数歩。

 エニシアが右足を引き、剣に手を掛ける。それでもサンは姿勢を、表情を崩さぬまま、エニシアを見据え続けていた。

「気を付けてねー。エニシアくん。サンは強いわよ?」

「2人とも規格外じゃからのう」

 外野が飛ばした緊張感のないヤジの最中、サンの瞳が微かに動く。

 刹那。

 嫌な予感、それだけを頼りに左に跳んだエニシアの右側は、先程と同じように閃光を経て焼け焦げた。樹も草も、土ですら。

「は?」

「ぼうっとしてると、また焼けるわよ?」

 台詞の合間、一瞬にして到達した光がエニシアの前髪を焦がして後方に流れる。サンは今も仁王立ちのまま、一歩たりとも動いていない。にも関わらず、この攻撃はどこから生み出されているのか。

「あれか…」

 3発目を避けたエニシアが、遠目にサンの瞳孔を捕らえる。

「次は何処を焼かれたい?エニシア=レム」

 伸びる光の帯。閉じる瞼。光と逆方向に流れるオレンジの髪、そして。

「へぇ。眼の中に魔法陣?」

 秒速で間合いを詰めたエニシアが示す通り、サンの瞳の中心から白い魔法陣が消え失せた。

「この間合いで避けにくるなんて」

 間近に迫ったエニシアの色薄い眼差しを直視したサンは、身を翻して切先をかわす。それを追うエニシアのステップは、対野獣戦時の数倍は速かった。

「伊達に殺人鬼と呼ばれておらんのう」

「私も避けられなかったもん~。エニーの剣~」  ジャッジとティスが和やかに感心する間も、サンとエニシアの攻防は激化してゆく。上下左右、容赦なく飛び交う光の筋が青空に抜けてキラキラと輝いていた。エニシアはその全てを紙一重で避けて、最短で距離を詰める。

「どーせ、死なないんでしょ?君も」

 呆れにも似た皮肉が途切れる手前、エニシアが振り切った剣はサンの胸元に到達した。

 しかし。

 パリンと響いた不可思議な音に、手応えとは別の感触が伝わる掌に。エニシアは眉根を寄せて、サンの後方に視線を流す。

「邪魔するの?」

「死ななくても、痛いですから」

 ムーンの眼鏡の左レンズから、サンを守った魔法陣が消え去った。

「当たり前の事言うんだな」

エニシアは悠長に溜息を吐く。再開した攻撃を避けながら。

 根元を焼かれた木々達が轟音を伴い倒れゆく。足元が悪化するに連れ、空が広くなっていった。

 サンが瞬きする度に巻き起こる閃光と風。そのどちらもが暖かく、寒がりのジャッジには有り難いほどに周囲の気温が上がっていった。

 エニシアはサンの光魔法を避ける片手間、肩の防具を脱ぎ捨てて右に飛ぶ。瞬時に襲い来る光線が傍の木を焦がし、次にエニシアが立っていた地面を、続いて倒れた樹の幹を焼く。猛攻を掻い潜るエニシアの立ち回りは、敵味方関係なく関心を集めた。

「意外にすばしっこいのね。もっと鈍いのかと思ってたわ」

「そりゃどうも」

 相対するサンも周囲同様、皮肉めいた感嘆を漏らしたかと思いきや。

「本気、出させて貰うわね」

 閃光を避けたエニシアの剣がムーンの魔法陣に弾かれると同時、サンの瞳が煌めいた。

「破滅の光」

 瞬く間に、エニシアの行動範囲全てを覆う巨大な魔法陣が展開する。それは直様眩い光の柱を立てた。

「跡形も無く焦げたらどうなるんだっけ?ジャッジ」

「心配無用。ムーンさえおれば再生しよる」

「余計な心配しなくていいよ」

 ジャッジを振り向いたサンの鼻先、振り降ろされた剣が前髪を散らす。

「おあいこだね」

 そう言って確かに微笑んだエニシアは、瞬いたサンを警戒して後方に飛んだ。

 サンの頭上に木の葉が落ちてくる。つまりエニシアは上から降ってきたのだろう。

「飛んだんですか?」

「いや。丁度樹が倒れてきたからその上を走っただけ」

 ムーンの驚愕に答えながら、エニシアは2度目となる光柱を掻い潜った。

「次は無いわ。一瞬で終らせてあげる」

 宣言して、サンは樹の密集した地帯へエニシアを追い込みにかかる。

 時間差で迫る光線。意図に気付いたのか、エニシアが不意に腕を垂れた。

「そう。君たちが普通の人間だったら、一瞬で終わるのにね」

 足を止め、真っ直ぐにサンを見据えたエニシアは、正面から来る熱の固まりに向けて飛び出すと、あろう事か突き抜けて見せた。

「痛みからも一瞬で逃げられるのに」

 目の前に到達したエニシアの、焼け焦げた口元が言葉を放つ。意味を認識したサンが脳内で後退の指示を出した時には既に遅く。



 ノイズを纏いながら、サンの上半身が宙を舞った。

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