Act.9:[サン] -太陽の咆哮-①


 その日は妙に明るかった。

 王都に向けて進行する4人は、軽い昼食を取る為に少し開けた空間に腰を据えた所だ。開けた…とは言っても見上げた先には大量の枝があり、強烈なはずの日光も薄らいでしまう程木々の密集した場所なのだが。

「エニシアさん。ライ麦パンと玄米パン、どちらがいいですか?」

「どっちでも」

「じゃあ、ラム酒とぶどう酒は…」

「どっちでも」

 右隣から注がれるムーンの質問に、エニシアは素っ気なく、同じ答えを返した。ムーンはエニシアの返答を受けて、手に持ったパンと酒を見比べる。

「相変わらずの優柔不断っぷりじゃのう」

「仕方ないなぁーわたしが選んであげちゃうー」

 既に食パンをもさもさしていたジャッジとティスが見兼ねて助け舟を出した。ティスがほいほいパンと酒を振り分ける間も、ムーンとエニシアの会話は継続される。

「エニシアさんも優柔不断なんですか?」

「いや。どっちも同じ食料だから選ぶ気が起きないだけ」

「味の違いにこだわりはないんですか?」

「胃に入っちゃえば一緒だからね」

「嫌いな食べ物とかないんですか?」

「君さ」

エニシアの溜息が短い間を呼んだ。

「どうしてそう質問が多いんだ」

「分からないですか?」

 わざとなのか、即座に問い返してくるムーンを前に、エニシアは然も面倒くさいと言わんばかりに顔を顰めた。

「気になるからです。あなたが」

 ムーンはにっこりと微笑んで、エニシアを指し示す。

「僕は誰かを尊敬することで自分を保っています。でも、誰も尊敬しないあなたのような人も居る」

 それはいつになくハッキリと聞こえる声で提示された。初めて顔を合わせたときの気弱さがここまで薄れたのは、単に馴染んだからだろうか。エニシアは疑問を頭の片隅に置いたまま、ムーンの話を耳に入れる。

「そういう人が、どうやって自分を維持しているのか、凄く気になるんです」

「なにかに依存しすぎなんじゃない?」

「そうです。僕は僕だ、と。言えるようになりたいんです」

「勝手に言えばいいじゃないか」

「あなたは心からそれを言っている訳ではないんですか?」

「さぁ。どうだろう」

「どうして隠すんですか?」

隠しているわけではない。ただ説明するのがとても面倒になってきた。さてなんて答えるか。そんなエニシアの短い思案は逆隣から遮られる。

「まだ迷っておるからじゃろう」

「思い出したくないことに触れてしまうのが怖いのかもね?」

「ほんと、勝手言ってくれるよね。君たちは」

 ジャッジとティスの茶々を受けて、エニシアの肩が上下した。会話が途切れたことでエニシアがワインに口を付けようとした瞬間。

「やっと見つけたと思ったら」

 足音と共に女の声が大きく響く。それはティスの持つ特徴的な間延び声とは正反対の、鋭くハッキリとした良く通る声だった。

 嫌な予感を覚えたエニシアが顔を動かすと、ムーンの向こうで仁王立ちする女が目に入る。

「久しいのう」

「お久しぶり~。サンちゃん」

 酷似したやり取りも既に何度目か。ジャッジとティスが何時ものように挨拶を飛ばすと、サンと呼ばれた人物はふっと微笑み二度頷いた。

「あなたたちは相変わらずいい感じね。でも」

 不穏な接続詞に合わせて変化した表情は、そのままエニシアへと向けられる。顰めた橙色の眼差しからは、あからさまに蔑みが滲み出ていた。

「あなた、尊敬してる人間がいないんですって?」

「そうだけど」

 エニシアはワインを胃に流し込む片手間に返答する。

「その癖、自分は自分だとも言い切れない」

「だから何?」

 早いところ結論に辿り着きたいのだろう。急かすように流し目を向けたエニシアと、サンの瞳がぶつかった。

「じゃあ軽蔑するものはなに?」

「さぁ。考えたことも無い」

「人間そのものじゃないの~?」

 素っ気ないにも程があるエニシアの回答に、ティスの声が続く。エニシアは小さく肩を竦めると、パンをかじりながら覇気も無く呟いた。

「軽蔑って言うとさ、まだ救いようあると思わない?」

 ため息代わりに口の中の物を飲み込んで。

「救いようがないものを軽蔑なんてしない」

 言い切ったエニシアを見下ろしていたサンが、あからさまに顔を歪めて声を落とす。

「あなたはあなた自身を救いようがあると思うの?尊敬するものもなく、自分に納得もしていないのに」

「救う気なんてないから」

「出たわね」

 食い気味に発せられたサンの一言と共に、周りの空気が変化した。エニシアは反射的に身構える。

「あなたみたいな辛気臭い人って大嫌い」

 憎悪か、嫌悪か、惜しげもなく放出される感情を一心に受けながらも、エニシアは顔色一つ変えることなく警戒を続ける。

「どうしてそう、世界を負のオーラで満たそうとするわけ?この国の人間はみーーんなそう!全部焼き尽くしてやりたいわ!」

「やればいいんじゃない?」

「そうやって直ぐに投げ出す!」

 冷めた空気と熱い空気がぶつかり合う様子を眺めていたジャッジとティスが、サンの咆哮を受けていそいそと後退を始めた。

「私はあんた達みたいなのとは違うの!」

 サンはエニシアだけを視界に納め、思いの丈をぶちまける。

「変えてみせるわ。全ての人間を明るい方向へ!」

 その瞳は…いや、体中で表現される感情は真剣そのもので、聞く人が聞けば感化されること間違いないだう。しかしこのエニシアという男には全て無意味だ。その証拠に、彼は溜息と同時に食事を再開し。

「うざいな…」

 彼女の全てを否定する。

「ほんとに太陽みたいな…」

「サンを悪く言わないでください」

 皮肉の言葉は不意に遮られ、ついでにエニシアに当たっていた光も遮断された。理由は明白。彼の隣に座っていたムーンが立ち上がったから。

 なんとなしに顔を持ち上げたエニシアには、今まで見てきた彼とはかけ離れた、鋭い眼差しが注がれている。目の当たりにしたエニシアが、思わず一言。

「……誰?」

 と、こぼしてしまうほどに。

「ムーンじゃよ」

「太陽に照らされて満月になったムゥちゃんよー?」

「………………多重人格?」

「そんなものだと思って割り切るんじゃな」

 離れた位置から助言するジャッジとティスに適当な相槌を打ち、エニシアはムーンに問いかける。

「君の尊敬する人って、もしかして」

「サンですよ」

「じゃあ聞くけど。そっちの君はさ。君が居ない時のコレの性格は知ってるの?」

「勿論。だけどムーンはあなたみたいに後ろ向きじゃないわ!」

 相変わらず仁王立ちのままエニシアを見下ろし続けていたサンが、隣に佇むムーンに柔らかい笑みを注いだ。

「自らを軽蔑して、誰かを尊敬して、前向きに生きようとしてる。それだけで十分じゃない」

「意味が分からない」

 お決まりのセリフを最後に、今度こそ食事に戻ろうとするエニシアのその行動が。

「辛気臭いなら辛気臭いなりに…」

 見事、サンの逆鱗に触れた。

「前向きになってみせなさいって言ってんのよ!」

 渇と共にあふれ出した光の意味も知らぬまま、エニシアはただその場に座り込んでいた。

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