第22話 明日の約束

 特に気取らず普段通りの服装で家を出た。


 マンションから出て駅へ歩こうとしたところ、前方から見知った人が両手にスーパーのレジ袋を引っ提げ大変難しい顔をして歩いてきた。ダークなオーラが漂っている。わざわざスーツに着替えたんだ。


「葛谷さん、今朝はすみませんでした。買い物ですか?」

「ああ、鶏肉を買ってきたんだが、唐揚げを作ってくれ」

 随分軽いな。何この夫婦みたいなやり取り。「やあ、今日はいい天気だね」とか言ってるイギリス人みたいなノリ。もう少し神妙にお誘いしてよ。それに私だって用事があるしいきなり作れって言われても無理だよ。


 でも……本当は、作りたい。小平君の用事ドタキャンしてでも作りたいな。

 だけど、それは人としてどうなの。やっぱそんな事出来ないわ。


「あ、今からちょっと用事があって――」

「そうか、では夜はどうだ?」

「あ、いや、夜もあかんです……」

「なんだ、墓場で運動会でもやるのか?」

 わたし、鬼太郎じゃないし、学校もあるし試験もあります。そもそも墓場で運動会やってたら御用だよ。


「そやなて、ゼミの人とご飯を食べるんです」

「蝉の人だと?」

 もう、無視しよう。


「あ、そや、葛谷さん、今日は無理やけど明日ならええですよ?」

 なんで私が代替案出してんだ。なんか癪だな。


「そうか、では明日頼む」

 軽い。一応、私達は若い男女で、付き合ってる訳でも無くて、本来なら色んな事を意識してドキドキしながら誘ったり、誘いを承諾したりするもんじゃないの? そりゃただ唐揚げを作るだけかも知れないけどさ、葛谷さんにとっては私が家に行くことより唐揚げを食べられる事の方が大事なんだろうか。唐揚げさえ作ってくれれば私じゃなくてもいいのかも。


 やっぱり女として意識されてないのかな。少ししょんぼりして俯いてしまう。


「おい、別に嫌味で言う訳では無いんだが、買ってきたのはモモ肉だ」

「へ?」

「ムネ肉ではない」

 いちいち余計な一言を付け加えなくていいよ、もう!


「気にしてるのにヒドイですよ!」

「だが、君にはそのくらいが似合っている、気にするな」

 ううぐ……褒められてんの? 同情されてるの? 哀れみの目で見ないでよ。


「何事もバランスが大事だ。肉だって赤身ばかりでも脂身ばかりでも美味しくないだろう? 何事もバランスが大事だ」

 私の胸を食肉に例えられてもフォローになってないですよ?


「そんなのと比べないで下さい」

「ではさらばだ」

 あ! 逃げた。


「あ! ちょっと葛谷さん、明日、何時に行ったらええですか?」

「何時でも構わん。適当に来てくれれば良い」

 適当にって、本当にマイペースだな、この人。


「あの……ズボン穿いといて下さいね」

 放送事故はやめてください。セクハラですし。


「家ではパンツでいるのが好きなんだが」

「でも、ほら、一応わたし女子だし」

「君もパンツになればいいだろう? 2人揃ってパンツでグー」

 そう言って真顔で親指を立てた。


 なれるわけねーだろ! それより、何それ? えどはるみ?


「アホな事言わんといてください! ほんとセクハラですよ?」

「アハハハハハハ、半分冗談だ」

 黄金バットか! それより半分ってなんだ?


「ズボン穿いていきますから」

 なんかスカート穿いていくの不安だわ。


「それは残念だ」

 あ! やっぱりこの人そういう目で見てるんだ。でも一応、女子として見られてるのね。


「まあ、パンツでもええですけど……見えんようにだけしといてくださいね」

 横チン禁止でおねGUYします。


「当たり前だ。僕を露出狂の様に言わないでくれ」

 いや、今朝かなり露出してましたけど。


「ほんならええですけど」

「ではさらばだ」

 そう言って踵を返し颯爽と歩き出した。もう! でも後ろ姿はカッコいいなあ。ほんと見た目だけは好きだわ。宜野座ファンのわたしとしては文句なくタイプなんだけど中身がね。スーパーの袋がサマになってないけど、あれもギャップ萌えだし。っと、いかんいかん、急がないと遅れちゃう。


 でも明日も葛谷さんの家か。なんだかんだ心弾んでいる私がいた。




 横浜駅に着くとすでに小平君は着いていて柱に背を預けてスマホを見ていた。ベージュのチノパンに茶色のデザートブーツ、紺色のシャツを着て第二ボタン迄外し少し腕まくりをしていてコチラはなかなかサマになっている。光のオーラが漂っているな。


「小平君、ごめんなさい、遅くなっちゃって」

「気にしないで、急に誘ったのこっちだし」

 そう言ってニカっと笑った。白い歯がキランと輝いた。うっ……爽やかだ。歯磨き粉のCMか! 


「とりあえず何か飲もうよ」

「ああ、そうですね」

 そう言って適当なカフェに入ると私はアイスティー、小平君はアイスコーヒーを注文した。急いで来たから喉が渇いていてアイスティーをほぼ一気飲みした。


「妹さん、いくつなんですか?」

 げふっとゲップが出るのを我慢して訊ねる。


「今年、高校1年生になってさ、そろそろお洒落もし始めたし、何を送ったら喜んでくれるのか全然分かんなくてね」

 高校1年か。何が良いんだろう。アクセサリーなんかはまだ早いよね。服もどんなのが良いか分かんないし。これは難しいぞ。


「予算はどのくらいです?」

「まあ、1万円までかな」

 ふむ……。私はグラスを掴み残っているアイスティーを飲み干した。ズズっと音がする。一旦テーブルに置きかけて、でも本当にもう無いのかもう一度ストローを咥え吸ってみたけど、やっぱりスーっと音がした。もう無いんだな。


 諦めてグラスをテーブルに置き、今の私だったら何が嬉しいか考えてみた。例えば好きな人からだったら普段から身に着けられるアクセサリーが嬉しいかも。指輪は重いけど。

 家族とかの身内だったら……本音を言うと金だけど、あまりにも味気ない。普段高くて買えない化粧品なんかはどうだ?


「そうだ! リップやネイルなんかはどうでしょう!」

 そう言って指パッチンをしたけれど音は鳴らなかった。代わりにさっきグラスを掴んだ時に指に付いた水滴が飛び小平君の顔を少し濡らした。


「そっか、女子高生なら化粧もし始めるかもね」

 そう言ってさりげなく顔に付いた水滴を拭う。


「うんうん、あと、ちょっと特別な時に使うフレグランスなんかもいいかも!」

 そう言って私は再度指パッチンをリベンジしたけれど、やっぱり音は鳴らなかった。小平君は私の指を「もうやめておけ」と哀れみの目で見つめた。


「フレグランス?」

「まあ、香水的な?」

 トワレだけど。

「女子高生が香水って付けるの?」

「普段は付けなくても、デートとか特別なときにちょっと良い香水って付けたくなりますよ」 知らんけど。

「なるほど、おすすめとかあるの?」

 え? おすすめ? 


「おすすめは分かんないです。妹さんの好みもあるだろうし」

「じゃあ、恵梨香ちゃんが好きなヤツは?」

「ロクシタンのローズが好きです」

 そうだ、アレならそんなに高くないかも。


「ろ、6?」

「ロクシタンです」

「それはブランド名?」

「まあ、そうですね」

「この辺りにショップってあるのかな?」

「ちょっと調べてみましょう」

 そう言ってスマホを取り出し検索をすると、いくつかあるようだ。お恥ずかしながら我が故郷岐阜県にはロクシタンの店舗が無かったのだ。まあ、名古屋が近くだから敢えて作らなかったのかも知れないけど。こうやってみんなが名古屋へ買い物に行っちゃうから岐阜の商店街が廃れたのだろう。悲しい事だ。そんな事より、


「ありますよ。この辺りだと、そごう、ポルタ、ジョイナスとか」

「そっか、じゃあそこに行ってみよう」

「はい」


 最後に私はもう一度グラスを掴み紅茶風味の水を飲み干した。

 

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