第21話 安っぽいプライド

 その後掃除やら洗濯やらしていたらお昼になった。お昼ご飯の準備をしなくてはいけないけれどメンドクサイ。手と足の爪を切ったりしてまだ忙しいアピールを自分自身にしてお昼ご飯の準備から逃げているとスマホが私を呼ぶ。画面を見ると小平君だった。ちょうどお礼も言いたかったし、電話代を小平君持ちで話せるなら有難いとセコイ私を自覚しつつ通話をタップした。


「もしもし?」

『もしもし?』

「はい」

『恵梨香ちゃん、おはよう……って、もうお昼か』

「こんにちは、小平君。昨日はありがとうございました。それと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

『あはは、大丈夫だった? 例の『愚図や』さんだっけ? 迎えに来てくれて助かったよ』

 葛谷さんですけどね。めんどくさいから突っ込まないけど。それより私の名前も「愚図や」って認識されてたりして。


『すっごい剣幕で怒られちゃったよ』

 なんとなくその光景が頭に浮かんだ。人差し指を立てコンコンとお説教をしている様子が。


「いやあ、本当にお恥ずかしい限りで」

 私は頭をポリポリとかいたけれど、小平君には見えないだろうと気付いて動きを止める。


『もう、人差し指を立ててコンコンとお説教されちゃったよ』

 私は超能力者か。


葛谷・・さんらしいですね」

 殊更強調して言ってみる。


『お持ち帰りされなかった?』

 あんたも超能力者か。されました。何も無かったけどさ。


「あ、う、うん、大丈夫」

『だよね、愚図やさん、そんな感じの人じゃないもんね』

 それって遠回しに私がディスられているような気が、まあいいか。勘違いさせておこう。


 でも、本人が多少は興味があったと自白しましたけどと謎の名誉挽回を図る。心の中でだけど。


 いやいや、だけどよく考えたらあのまま何かあっても不思議じゃなかった。本当に猛省しよう。


「あ、それより朱美さんは大丈夫だったんですかね、結構飲んでたみたいですけど」

『朱美ちゃんは僕の家に泊まったよ。さっき帰って行ったけど』

「なっ!」

 さっき家にいるって言ってたよね。いやいや、それより先にツッコミどころが。


「小平君の家?」

『うん、そうだよ? とても自力で帰れそうな状態じゃなかったからね。仕方なくタクシーで僕の家に連れて行ったよ。あ、もちろん本人も合意の上でね』


「ご、合意……」

 私は掌を口に当てようとしたけれど小平君には見えないだろうから やめた。持ち上げた手は力なく宙を彷徨った。それよりやったのか? やったんだな?


『あはは、恵梨香ちゃん、なんか誤解してない? 確かに泊まったけど何もしてないよ』

 そんな事ある? 小平君が自制したのかな。あの状況なら朱美さん許しちゃったと思う。結構小平君の事気に入っている様だったし、2人良い雰囲気だった気がするけど?


「あ、そそ、そうなんですね、ははは」

 でもなんで少しほっとしてるんだ私。それより、ええと……何か言った方が良いのだろうか。驚きで思考が停止している。これはそっ閉じ……じゃなかった、そっと聞き流した方が良いのだろうか。


 それにさっき朱美さんは家に帰ったと言った。

 小平君は家に泊めたと言った。


 この場合、きっと嘘を吐いているのは朱美さんだろう。小平君がわざわざ自分の心象を悪くするような嘘を吐くメリットがない。では何故か。ふしだらな女と思われるのが嫌だったから? そう言えば私だって葛谷さんの家に泊まった事は内緒にしたっけ。何故か? それはきっとふしだらでだらしない女と思われたくなかったからだ。

 そう考えたら、朱美さんの嘘も仕方ないのか。だけどこんなすぐにバレちゃっていいのかな。なんか月曜日朱美さんと顔を合わすのが気まずくなってきた。その事は触れないでおこう。お互い墓場まで持って行くんだ。


「それより、小平君、何か用があったんじゃないんですか?」

 そうだ、よく考えたらなんで電話してきたんだろう。朱美さんの件の釈明?


『ああ、そうそう、恵梨香ちゃん、今日か明日でどっか時間取れないかな? ちょっと付き合って欲しいんだ』

 なんだと? 私に付き合えと?


「ええと……それは?」

『うん、来月妹の誕生日でさ、何か買ってやりたいんだけど、何が良いのか俺じゃ良く分かんなくてさ』

 へえ、小平君、妹がいたんだ。でも、私だってそんなの分かんないよ。それに、なんで私? 朱美さんと一緒に朝を迎えたならそのまま一緒に行ったら良かったじゃん! あれ? 私なんか不貞腐れてる?


「朱美さんとそのまま行けば良かったんじゃないですか? 一緒に朝を迎えたらなら」

 今の言い方、トゲないよね? 気持ち、滲みだしてないよね?


『なんか怒ってる? 朱美ちゃんにも頼んだんだけど、今日も明日も都合が悪いらしいんだ』

 だから私が代打か。そう考えるとちょっと面白くない。でも、無下に断るのも悪いか。


「私じゃああまり役に立てないかも知れませんよ?」

『そうだけど、男の俺よりは女の子の欲しい物分かるんじゃないかな』

 そうだけど?……男の俺より?……ザク、ザクっと色々突き刺さる。もうちょっと誘い方を工夫して欲しいな。さっきの朱美さんにも頼んだ事とかは嘘吐いてくれてもいい所だと思う。嘘も方便、コレ大事。

 例えば、妹さんと私の趣味がよく似てるから私にお願いしたいとかなんだって良いんだよね。私じゃないとダメ的な特別感を出して欲しい。そういう細かい気遣いで私だって気分よく協力できるのに。


『お礼に食事でも奢るから』

「やります!」

『え?』

「協力しましょう」

 一食分浮くならやりましょう。安っぽいプライドなど捨ててしまいましょう。


『あ、そ、そう。ありがとう』

「いえ」

『じゃあ、今日か明日かどっちが都合いい?』

 どちらでも良いけど、出来れば明日は一日中のんびりしたいから今日の方がいいかな。


「今日でいいですよ」


 その後、待ち合わせの時間や場所などを打ち合わせて電話を切った。


 4時に横浜駅か。ひと眠りできそう。お昼はもう食べなくていいや。その代わり晩ご飯を小平君の銭で沢山食べてやる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る