第三十八話 ムト、ムトゥ神とお話しします

 ここは?

 わたしは光が満ちた場所に立ってる。

 となりには、手をつないだピヴォ。

 怪我は大丈夫みたいだ。


「こ、ここは?」


 ピヴォがつぶやく。


「真っ白だね」


 わたしは握る手に力をこめながらそれに答える。


 すると目の前にもっと濃い光があふれる。


『初めまして、ムト。そしてピヴォ』


 優しい声が聞こえた。


「あ、はい、えっと誰でしょうか?」


 わたしは間抜けな問いで返す。

 でもなんとなくわかってた。


『私はムトゥ、あなた方に神と呼ばれる存在です』


 予想は当たった。

 これからどうなるのかの予想はできない。

 御使いなんて名乗ってしまったことで怒られるのかもしれない。

 そんな不安が伝わったのか、ピヴォが少しだけわたしの手を強く握る。

 それがとても心強かった。


『二人共、そして他の方々も、聖獣の封印を成された全ての人々に、まずはねぎらいの言葉をかけさせてください。これほどの試練によくぞ打ち勝ちましたね』


「もし倒せなかったらどうなってたんですか?」


 わたしはムトゥ神に問いかける。

 ピヴォがびっくりしてわたしを見る。

 それだけ彼らにとっての神は特別な存在なのかもしれないけど、わたしはさっきまでの昂揚感こうようかんもあって、少し怒ってる。


『聖都は崩壊ほうかいし、人々は奔走ほんそうすることになっていたかもしれません』


「そ、そんな簡単に! わたしたちは、みんなで、いっぱいいっぱいで! なんどもダメかもって……諦めてたら、ダメだったなんて、なんで、そんなことを!」


 止まらなかった。

 街が、人が、ソリア、オリバー、防衛隊のみんな、シルジン、誰が死んだっておかしくなかった。

 そんなのが試練? いくら神様だって納得できない!


『ムト、少しだけ私の話を聞いてくれる?』


 私が大きな声を上げても、神様はおだやかで優しい口調だった。

 もう『セイウチの心臓』は無いけど、ピヴォの手を握りしめると、不思議と心が落ち着いた。

 神様の話を聞くために、顔を上げ視線を合わせ静かにうなずく。


『むかし、この世界は大きな文明がありました。多くの大陸に高度な文明を築き、そこには神は存在せず、科学による繁栄はんえいがありました』

『ですが、どんなに文明が発展しても、不思議と人はいがみ合い、やがて大きな戦争が起こり、たくさんの国が無くなり、人が死にました』

『生き残った人たちは二度と大きな争いを起こさないために、必死で考えました。そして私と聖獣、試練と言う仕組みを作り出したのです』


 ムトゥ神は、私たちが理解できるように少しずつ話をしてくれるけど、あまりにも驚く内容で、ただ聞くだけしかできなかった。


『共通の敵に対し、人々が力を合わせ撃退する。その記録を残し未来にたくす。人々は過去を思い、続いている人の歴史を感謝する』

『私は時期が来ると聖獣を生み出し、結果を見極める役目を持つ。そして神託しんたくという気付きや助言じょげんさずけてきた』

『でも大きく介入かいにゅうすることは許されていない。試練の結果として人が滅びるのであれば、それは人の準備不足であり運命なのです』


 シルジンの顔が浮かんだ。

 オリバーがいなかったら、この国はきっと最初の聖獣で滅びてた。


「ソリアが神託しんたくに従いオリバーに頼まなかったら……」


『今回は大試練。それだけでも足りなかった。だからムト、あなたを呼んだの』


「わたしを?」


『オリバーが異界のあなたに私と同じ名前を付けたのは偶然。でもそのおかげで『思石しせき』を通じてあなたと繋がることができた。オリバーの渡界をあなたの帰宅時間に合わせ、人払いをして『思石しせき』を通じてあなたを呼んだの』


 相転移だっけ、あの時お父さんがいなかったり、更衣室に行こうって思ったのは神様の力だったのか。

 でも、なんでわたし?


「……あなたと同じ名前だから?」


『そう。名前は識別。存在を規定するものなの。この世界の人は、神の名ということで私の名前を付けないけど、オリバーは異界ということで気にしなかったのね。それに、私はこの世界の人々に力を貸せない。でも、異界のあなたに力を貸すことはルール違反じゃないの』


 わたしが『思石しせき』や神威しんいを上手く使えた理由はそういうことか。


「そんな理由でムトを巻き込んだのか?」


 ピヴォも慣れたのか、真剣な顔でムトゥ神に向き合い質問を投げかけた。


『巻き込んだ……そうですね、他に方法が無かったとはいえ、そうなります』


「ムトがいなかったら俺たちはダメだった! でも俺たちの世界の問題に、ムトを巻き込むのは違うだろっ! こいつが死んでたらどうするつもりだったんだよっ!」


「ピヴォ……」


 彼は大きな声で叫び、その眼には涙が浮いていた。

 ピヴォがわたしのために怒ってくれたから、また少し冷静になれた。


『ムトがいなければ、この世界は終わっていたかもしれない。だから、私はムトを呼んだことを後悔していない。ピヴォ、私はずっとこの世界を見て来たの。あなたのお父さん、お祖父さん、その前からずっとずっと。皆が私の子供と同じなの。なのに、試練を与えそれを見守るだけしかできないなんて、辛かったの』


 ムトゥ神もピヴォもそれ以上何も言えずに黙る。


 ムトゥ神は作られた存在で、自分のできる範囲でしか行動できない。

 ピヴォだって今の説明を聞いてそれは理解しているはずだ。

 だから、試練のことじゃなく、わたしが巻き込まれたことに怒ってくれたんだ。

 それならば、わたしが納得すればいい。


「ムトゥさん、試練はこれからも起こりますか?」


『……ええ、これからもずっと』


「ピヴォ、次はわたし抜きでも大丈夫?」


「え? あ、ああ! ムトがいなくても俺にまかせろよ!」


 ピヴォがぎこちなく笑いながら言いきる。


「それ、忘れないでよね?」


 握ったままの手を強く握りしめる。

 今、こうして生きてピヴォの手の温もりを感じてる。

 それが現実だ。

 すべてはここから始めればいい。

 この世界に生きる人たちの手で。


「それに、60年後、ムトはばあちゃんだろ? そんな歳でこっちに来れんのかよ」


 ピヴォがニヤニヤと笑う。

 こっちに来る、か。


「その前に帰れるのかな?」


 わたしが困った顔で笑うと、ピヴォも気付き黙る。

 世界を渡るための神威しんいを聖都が溜めるまで最低で10年。

 帰るにはもっとかかるかもしれない。


「……ゴメン」


「いいって、大丈夫、その覚悟で来たんだもん」


 言いつつ、涙が頬を伝う。

 お父さん、お母さん、のぞみん、学校のみんな、10年もすれば、きっともう会えない人だっている。

 しょうがないんだけどさ、でも、その事実に涙が止まらない。


「な、泣くなよ! 帰るまで、こっちでみんなと、俺と……」


 ピヴォは、うつむくわたしの両肩に両手を置き、辛そうな顔をする。

 命は助かったけど、わたしを帰せなかったことを気にしているのかな。

 きっと、ソリアにもオリバーにもたっぷり気をつかわれるんだろうな。


『二人とも、そろそろ時間です。ここにはあなた方の意識だけ呼んでいるので、あまり長時間ですと肉体に戻れない』


 肉体どころか、もとの世界にも帰れないんでしょ?


「ムトゥさん、わたしの『思石しせき』の力はもう無くなっちゃったんでしょ」


『はい。聖都に溜めた神威しんいも多くを使いました。溜めるには、長い時間がかかるでしょう』


「じゃ、やっぱり、わたしはウチに帰れないんだ」


『あなたのきずなが、しかるるべき場所にみちびくはずよ。さよなら、わたしの愛しい子』

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