第三十九話 ムト、さよならとただいま

「アヤ、アヤ! しっかりして!」


 聞きなれたソリアの声を聞きながらゆっくりと目を開ける。

 寝かされてる体勢のわたしの顔に、ソリアの涙がぽろぽろと降り注ぐ。


「……ソリア、結界、大丈夫だったんだね?」


「アヤのおかげで、わたくしは無事でいられました!」


 そう言ってわたしにおおかぶさるソリア。

 どうやら彼女の膝に寝かされてたみたい。


 ソリアの頭をでながら、周囲を見回す。

 夕闇の迫る草原地帯、最後の聖獣を倒した場所だ。

 ゴレイラ。

 フィクソア。

 アランジレイト。

 アランエスケル。

 シルジン。

 そして、オリバー。

 みんな居る。無事でよかった。

 何かをやり遂げたようなスッキリとした顔……それと、悲しそうな顔。


 あれ、ピヴォは?

 まさか?


「ピヴォ?」


 わたしはソリアごとね起きる。


「ん? 奴ならそこに」


 ゴレイラがそう言いながら指を差した先、わたしの死角に、ピヴォが寝息と共に転がっているのが見えた。

 なんだ、無事か……。


「ムトゥ……本当にありがとうです。キミのおかげで、試練を乗り越えることができたです」


「オリバー、さん、わたしだけじゃないです。みんな、誰ひとり欠けてもだめでしたよね?」


 悲しそうなオリバーさんに、わたしはそう言って笑えた。


「ところで、アヤ様はムト様とお呼びすれば良いのですか?」


 フィクソアが恐る恐る聞いてくる。


「えっと、ごめんなさい。わたしの名前、アヤガネムトって言います。アヤガネが家族名で、ムトが名前になります。こっちの神様の名前って聞いたので隠してました。呼び名は、御使みつかい様とかじゃなければなんでも」


「アヤはアヤです! 神様なんかじゃない、わたくしの、大切なお友達なんです!」


 わたしの答えにソリアがかぶせるように言って、また泣きじゃくる。


「ということで、アヤでいいみたいです」


「俺はムトって呼ぶぞ」


 寝たままの姿勢でピヴォが言った。


「お疲れ様、ピヴォ」と、戦友に声をかける。


「さっき、ムトゥ神と会ってきた。試練の話を聞いた。神も聖獣も、昔の人が創って、試練を与えるために存在してる。俺たちが力を合わせそれを乗り越える。そうやって生き続けてる仕組みって聞いた。俺はさ、ムトゥ神ってのは、神様ってのは俺たちを守ってくれる存在だと思ってた。ならさ、ムトの方がよっぽど神様らしいと思う。だから、なんていうか、その、俺にとっての神は、ムトなんだ」


 ピヴォは起き上がりながら、こっちも見ずにぶっきらぼうにそう言った。


「ムトゥ神が、創られた存在?」


 シルジンが唖然あぜんとした顔でつぶやく。

 王家にしてみれば、そういった事実は受け入れられないかもしれない。

 各自が、ピヴォの言葉を理解しようとしながら困惑こんわくしてた。


「ピヴォ、シルジン、神とはな、人を正しく導く存在なのだ。人が道を間違えれば、それを正すことも必要なのだ。試練とは、人が正しく生きている事を確認する場で、仲間を信じ助け合い、共に立ち向かう。いがみ合っていたり、人同士で争っていて乗り越えられるものではない」


 オリバーさんが淡々たんたんと言う。


「それにしては、今回の大試練? それこそ私たちだけじゃ乗り越えられませんでしたよね?」


 アラン妹が腕を組みながら話す。


「そうだ、親衛隊と防衛隊のいさかいはともかく、防衛隊と、オリバーが用意した魔道具だけでは、この試練は乗り越えられなかっただろう?」


 シルジンもオリバーさんに問いかける。

 確かに、結果として聖獣は倒せたけど、何か一つでもタイミングがずれたり、欠けてたりしたら、もっとひどいことになってたかもしれない。


「…………」


「オリバー、折春おじさん、あなたはどうするつもりだったの?」


 黙ったままの折春おじさんに声をかける。

 それがわたしの役目だと思ったから。


「今回の大試練がどういったものになるか、ワタシもわからなかった。ですが、四方からの聖獣は想定していたです。その中には白い聖獣が含まれる。これは前回と前々回が白い聖獣だったからです。ソーイチ、ムトゥのお父さんに頼んだ魔道具には神威しんいを有効に使える機能を付けてもらった。あの魔道具たちは、白い聖獣の力を吸い、封印の触媒しょくばいにするつもりでした。ムトゥがいなくても、三体は封印できる予定でした」


「えっと、わたしが余計な力を解放しちゃった?」


 わたしが魔道具を解放したことがまずかったのだろうか。


「いえ、まさか、四つの聖獣が一つになるなんて想像もしませんでした……それに、ね、ムトゥ。ワタシはどこかで諦めていたんです。ずっと長い間、人の営みを見てきて、平和に慣れた人々は、成長することや備えることを忘れ、このまま試練で滅びるのも仕方ない、そう思っていた」


「じゃあなんで魔道具をお父さんに創らせたんです?」


「ソーイチとアユミは、人の願いだけで効果を発揮する魔道具を創ります。それは誰かを助けたい、守りたい、力になりたいという純粋な力。『思石しせき』によって適正が明らかになり、個々の可能性を抑えられ、神威しんいや精霊に力をもらっているこの世界の人には成しえないモノなんです。ワタシはそこに夢を見た。人の想いが果たす奇跡を」


 そう言って優しそうにわたしを見て続ける。


「そしてムトゥが自らの行動でそれを教えてくれた。その結果として、聖都は救われた。……同時に、聖都の神威しんいは失われ、ムトゥは……帰れない」


 折春おじさんがまた悲しそうな表情になり、皆も黙りこむ。

 悲しそうにしてるのは、わたしを想ってくれてるのか……。


「いいじゃねーか! それまでここにいれば! みんなでさ次の試練に向けて準備しようぜ! だからさ、泣くなよ、ムト……」


「泣いてるのは、ピヴォの方だよ」


 涙をぬぐいながらピヴォの泣き顔を笑う。

 さっき、ムトゥ神の前で納得したつもりだったのに……泣き虫だ、わたし。


 わたしはポケットから「カエル」を取り出す。

 のぞみんにもらったお守り、わたしが無事に帰れるようにって願いをこめてくれたお守り。


「アヤ、わたくしも、あなたが帰れるまでずっとお世話しますから! どうかそれまでずっと一緒に!」


 ソリアは、そんなわたしにまた抱き着いた。

 ま、いいか、10年くらい……ね、のぞみん、それまで待っててね。


《嫌だよ、そんなの!》


 頭の中に声が届く。


「えっ? のぞみん?」


《むーちゃんの居場所はここ! そっちに残りたいって言ってもダメ!》


「なんと……オリハルコンでも特別な魔道具でもない……誰かを想う気持ちだけで創られたモノ……想い、いや絆ですか……ムトゥ、きみはやっぱり二人の娘ですね。あなたは最高の「魔道具使い」であり「魔道具職人」の能力を受け継いでいる」


 驚き、苦笑する折春さんの言葉の途中、カエルから広がった金色の光がわたしを包む。

 ソリアはその光に柔らかく押され、わたしから離れてく。


「い、嫌! アヤ行っちゃ嫌!」


「バッカ野郎! 自分のことだけ考えんな! それに、後悔しないように、言えることを、ちゃんと言おう、な?」


 ソリアがわたしに伸ばした手を、ピヴォが優しく包み、最後はやわらかくさとす。

 光は広がり、わたしを浮遊感が包む。


「みんな、ありがとう! また、また来るから! それまで元気で!」


「アヤ! また……」


 ソリアや、皆の別れの言葉は最後まで聞こえなかった。

 でも、きっとまた会える、だからさよならは言わなくていい。


 視界が全て光に包まれ、同時に体が浮き上がる。

 めまいと共に自分の輪郭すらあやふやに感じ、実際に光に溶け込んでしまったんじゃないかって思った。

 でも、柔らかく暖かな光に包まれてると、なんだかとても安心し、涙が出そうなほど幸せな気分になった。


 それは、そこに待っている人にもうすぐ「ただいま」を言えるから。

 あのときずっと一緒にいたいと『思石しせき』に願った人は、きっと「お帰り」って言ってくれるから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る