第三十七話 ムト、本当に最後の戦いです

 白い聖獣の最後の攻撃だったのか、あふれるほどの神威しんいを浴びて、わたしの『思石しせき』の神威しんいは全部はじけ飛んだ。

 もう神威しんいは使えない。


 北の門を越える。

 すぐに異形いぎょうが見える。

 元々の黒い甲羅に、青く長い竜の首、赤く燃える二つの羽、白い四本脚。

 あれは、こっちに来て最初の夜、眠れない夜に見た夢に出てきた悪魔だ。

 ……大丈夫、夢の中でもわたしは逃げなかった。


「フィクソア、みんな降ろして上空で撹乱かくらん。ゴレイラは外壁前、アランエスケルは遊撃ゆうげき、ピヴォとわたしが前」


「危険すぎます! ムト様は私と!」フィクソアが悲鳴を上げる。


「ごめん、もう神威しんいが無いの。わたしのお守りを使うためにみんなの側にいたい」


「フィクソア、ムト様の言う通りに」


 ゴレイラが冷静に判断する。

 フィクソアはつらそうな顔で『ドウロン』を降ろす。

 それを合図にするように、聖獣が動く。

 羽ばたいた羽から、放射状に無数の燃える矢が撃ち出される。

 続いて、口から細く速い水? を撃ち出す。


 わたしの前に立ったゴレイラが『エスクド』で浮遊盾を広範囲に多重展開たじゅうてんかいする。

 赤い矢はふせげる、でも細い水は紙を割く様に盾を貫通してくる。

 抜けた先、外壁に直撃する。


「ゴレイラ、しっかり守れ!」


 ピヴォが叫び、そのまま聖獣に向かって走る。


「ピヴォ、待って!」


「ムトはそこで待ってろ!」


 聖獣は獣のような四本脚でその巨体を走らせる。

 羽も使って浮いているのか、大地を踏みしめる衝撃は驚くほど少ない。

 その上で、羽から飛ぶ火の矢が飛び、ピヴォは避けるのに精いっぱいだ。

 聖獣は、時折こちらに向かって水の槍を吐く。

 ゴレイラの浮遊盾で止めきれず、またしても外壁に穴が開く。


《これ以上の損害はまずい! ムトゥ、結界を張るぞ!》


「オリバー、ソリア、ごめん! すぐ済ますから、耐えて!」


《大丈夫です、アヤ、このくらいなら聖都の神威しんいはまだちます。あなたこそ、どうかご無事で》


 外壁に白い光が満ちる。

 そこに再び水の槍。

 白い光が強く輝き、槍を防ぐ。

 結界は、張っているだけでも、攻撃を受ける度にも神威しんいを消耗する。


「オリバー、時間はどのくらい?」


《日没までは保たない》


 傾く太陽を確認し、それが残り1時間も無い事を確認する。

 それまでに倒さないと、ソリアもオリバーもどうなるかわからない。


 ピヴォは聖獣に近づけない。

 アラン妹は、浮遊盾の前でピヴォの援護えんご

 フィクソアも上空から雷撃を落とすが、アラン妹の銃撃と共に、聖獣の燃える羽が盾の様に広がり防がれてる。

 救いは、黒い甲羅が割れたままだからか、重力攻撃を使ってこない。

 白い四肢による獣の動き、防御にも使える赤い羽根、そして強力な青い槍。

 こちらの攻撃は届かず、こちらの防御は抜かれてしまう。

 まるで大人と子供のサッカーだ。

 もう、何点取られてしまったのか。


「きゃあああああ!」


 アランエスケルの悲鳴。

 赤い矢が多数、彼女に襲い掛かり、『セキケン』で防ぎきれず吹き飛んでしまう。

 ゴレイラが『エスクド』を解除し、アランエスケルより前に出てもう一度広範囲に浮遊盾を張る。

 わたしはアラン妹に近づき『生命の花』を使う。

 大きな外傷は無い。

 息も心拍しんぱくもある。

 ただ、気を失っている。


 アラン妹の援護えんごを失い、ピヴォの余裕よゆうがなくなる。

 その分、聖獣の攻撃がこちらに多くなる。

 ゴレイラは歯を食いしばって『エスクド』を使い続けてる。

 確かに、水の槍は『エスクド』の浮遊盾を貫通してる。

 でも、盾があるから水の槍の威力は抑えられてる。

 ここでゴレイラが倒れたら、おそらく結界は日没までたない。


 左腕のホルダーを見る。

 『セイウチの心臓』『チョクレイ』『生命の花』『ホルスの目』『聖なる声』

 ポケットから『かごめ』とカエルを取り出す。

 カエルはにこりと笑ってて、こんな時なのに、つられて笑ってしまった。


 お母さんに聞いた魔道具の説明を思い出す。


〝そうそうペンタグラムは未完成だから気を付けて〟


 あの黒い剣には、五つの穴が開いている。

 元々は、精霊魔法を使うため、オリバーが持っていた魔道具のように、精霊を操る珠をはめ込めるようになってる。

 でも、調整が上手くいかず、はめた珠の力を一瞬で使い切ってしまう。


「そんな未完成品を渡すはめになったのは、誰かさんが向こうにまぎれこんじゃったからなんだけどね」


 お母さんの笑い顔を思い出す。


 聖獣の攻撃を防ぎ、一撃で倒す。

 そのイメージはすぐに浮かび、決意する。


「ピヴォ、一度戻って! フィクソア、援護を」


 『聖なる声』で短く伝える。

 もう、返事をする余裕もないのか、それに他に手段もないのか、ピヴォは従い、走って戻って来る。

 聖獣はそんなすきのがさない。

 赤い羽根を広げ、赤熱した無数の矢を放つ。

 同時に『ドウロン』が矢面やおもてに高速移動し、底面を聖獣に向け大気をかき回す。

 烈風れっぷうが燃える矢を巻き込み、業火ごうかの竜巻になって聖獣を襲う。

 そんなフィクソアの捨て身の攻撃も、赤い羽根におおわれた聖獣に届かない。

 すぐに青い槍が放たれ、中空の『ドウロン』をかすめる。

 地上すれすれにいたのが幸いだったけど、破壊された『ドウロン』と共に、フィクソアは地表に叩きつけられる。

 ピヴォが倒れたフィクソアを抱え浮遊盾の内側に入る。


 聖獣は、大地に足を踏ん張っている。

 長く青い首をまっすぐに、大きな口を開ける。

 まずい!


「ゴレイラ! 水の槍がくる!」


 ゴレイラは広範囲に展開していた数十枚の浮遊盾を集め、槍の軌道きどうに一点集中で盾を重ねる。

 青い光。

 一瞬で複数の盾が破壊された。けど、止められた!

 喜びも束の間、聖獣の口に、先ほどよりも濃くまばゆい青い光。


「ムト様! あれはダメです!」


 『エスクド』の再展開が間に合わずゴレイラの叫びと共に放たれる水の槍。

 わたしは『セイウチの心臓』に願う。

 出現した金色の盾で斜めに受け、水の槍は空に反射し消えて行く。


 もう、迷ってられない。


「ピヴォ! こっち」聖獣の動きを見ながらピヴォを呼ぶ。


 気を失ってるフィクソアを地面に降ろしたピヴォが走り寄る。


「ゴレイラ、フィクソアとアランエスケルを守って。わたしはピヴォと行って来る」


 言いながら、ピヴォの剣の穴に、腕のホルダーから三つ、ポケットから一つお守りをはめ込む。


「おい、ムト! なんだそれ」


「いいから、一緒に来て!」


 わたしの勢いにただ頷くピヴォ。


「ムト様! ご武運を……」ゴレイラはうなだれるけど、あなたはよくやったよ?


 聖獣は、今度こそとばかりに、力を溜めている。

 青い光に白光が混ざってる。

 どんな防壁も撃ち抜く一撃が来る。


 わたしは『両手剣ペンタグラム』を左手で。

 ピヴォは右手でそれぞれ握る。


「じゃ、行こうか」


 ピヴォに笑いかける。


「お前、すげえな!」


 ピヴォも楽しそうに笑った。

 お父さんとお母さんが創った魔道具、それとお守り。

 わたし一人でもいいんだけど、今だってホントは怖くてたまらない。

 だから、頼らせて?

 一緒にあいつを倒そ?


 走り出すわたしたちに、最大の水の槍が放たれる。


「『セイウチの心臓』!」


 護りの力を解放し水の槍を消し飛ばし、代償に『セイウチの心臓』は粉々になる。

 白い前足の爪がこちらに振られる。

 避けきれない!

 ピヴォが体で受け止め血しぶきが舞う。


「『生命の花』!」


 ピヴォを金色の光が包み『生命の花』が砕け散る。


 黒い剣を振りかぶる。

 聖獣は赤い羽根で体を守ろうとする。


「『チョクレイ』!」


 速く、どこまでもまっすぐな一振りは、赤い羽根も黒い甲羅もまるで紙の様に斬り裂いていく!


「『かごめ』!」


 両断した聖獣は粒子になって弾け、復活を防ぐ『かごめ』による封印の力によって金色の光がそれを包み込む。


 そして全てのお守りは塵となった。

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