第三十六話 ムト、最後の戦いに挑みます

 巨大な白い虎は、速く、力強かった。

 特殊な力を使うわけじゃなく、両手の爪と牙でピヴォの剣と打ち合ってる。

 ピヴォよりも5倍は大きい白い虎は大きく動き、ピヴォは最少の動きで対応してる。

 ただ、攻撃の主導権は虎にあり、ピヴォは受けながら機会をうかがってる。

 

 それと言うのも、虎に少しだけ与えた傷も、白く光る体毛が、神威しんいなのだろうか? その傷はえてしまう。

 だからピヴォは、一瞬で倒すほどの強力な一撃を狙ってる。


「隙を見せませんね」


 そうつぶやくフィクソアは、ピヴォの邪魔にならないように、かと言って離れすぎない絶妙な位置をキープしてる。

 聖獣がどのくらい体力があるのかわからないけど、先に時間切れになるのは間違いなくピヴォの方だ。

 最初は、余裕を持ってかわせていた虎の攻撃が、少しずつ傷となってピヴォに残る。

 わたしは『生命の花』を使う。

 この際、出し惜しみなんかしない。


「あ、アヤ様、じゃなくムト様? ピヴォの傷が」


 フィクソアも驚くが、わたしも驚く。

 ムトと名乗ってから「お守り」の効果が段違いだ。

 左腕のベルトにめた五つの「お守り」はずっと金色に輝いてる。

 無意識に『セイウチの心臓』がピヴォを守り始め、『チョクレイ』が動きを洗練させ、『生命の花』が傷をいやす。

 『ホルスの目』は皆の状況を教えてくれて、『聖なる声』が皆の声を拾う。


《アヤ、いやムトゥ! 願いには代価だいかがある、無理はするんじゃない!》

《オリバー、ムトゥって、アヤ、え?》

《ムト様、いまそちらに向かってます!》

《私もゴレイラと向かってるよ!》

《ア、ムト様、聖都内の幻獣、もうすぐ殲滅せんめつ完了します! どうかご武運を》

《シルジンだ、あ、っとなんだ、御使みつかい様じゃなく、ムトゥ神なのか?》


 皆の声が聞こえる。

 答えてる暇が無い!

 わたしも今、ピヴォと一緒に最後の戦いをしてるから!


 ああ、もう!

 なんてしつこいんだ!

 頭が回らなくなってきた。

 

 「お守り」はわたしの本来の力を使う。

 そして、人は走り続けることはできない。

 どこかに限界はくる。

 

 フッと気が抜けた瞬間、ピヴォが大きくね飛ばされた。


「ピヴォ!」


「大丈夫! んだだけだ!」


 叫び返すピヴォにも余裕は感じられない。

 そろそろ、限界が近い。

 虎は追撃のためピヴォに急接近する。

 いつになったら疲れるの?

 白い聖獣のあいつは、神威しんいで動いているのかもしれない。

 さっきは『ドウロン』の機能を逆手さかてに取られたっけ……。

 神威しんいを、逆手さかて


 わたしは胸元から『思石しせき』を取り出す。

 度重なる転移で神威しんいを消耗し、ろくに充填もされず、ところどころ透明な部分が目立つ『思石しせき』。

 これは、神威しんいを溜める力があるはずだ。


「ムトが願う、あいつの神威しんいうばって!!」 


 『思石しせき』と聖獣の間に白い光が繋がる。

 まばゆい、質量を感じさせるほどの神威しんいが伝わってくる。

 

「ムト様!」


 フィクソアの切迫せっぱくした声が聞こえる。

 周りから見れば、白い聖獣の攻撃を受けているように見えるからだろう。


「大丈夫! あなたはしっかり飛んでて!」


 正直なところ、この光を受け続けたらどうなるのかわからない。

 でも、少しでも多くの神威しんいを吸い取ってやる!


 そして、わたしと白い光で繋がれた聖獣は、まるで束縛そくばくされたように動きがにぶる。

 もがくような動きはあっても、先ほどまでのような飛んだり跳ねたりといった動きはない。

 それを最大のチャンスとみたピヴォは動く。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 残った全ての力をその一振りに込めた。

 虎も、神速で届く剣を爪で受けようとした。

 ピヴォはどんな重力調整をしたのか、黒い剣は、爪よりも先に白い胴体に届き、分離した大きな体は、白い霧になって弾けた。


 瞬間、わたしと繋がっていた白い光は、最後の攻撃とばかりに、強い力となって『思石しせき』に飛び込んだ。

 まりにまった神威しんいを押し出すようにはじけ、わたしは空中の『ドウロン』から吹き飛ばされた。


「ムト様!」


「ムト!」


 フィクソアとピヴォの声が聞こえたけど、落下しながら気を失った。

 でも不思議と怖くなかった。

 そう、信じているから。

 

―――――


「ムト! おいしっかりしろ!」


 目を開けると、わたしを抱きかかえる少年、ピヴォ。泣くなよ、男の子。


「ムト様!」


 フィクソアの声と、ゴレイラとアラン妹の声が重なる。

 

「……わたし、そっか落ちて……ゴレイラかな?」


「はい、俺の『エスクド』で、なんとか間に合いました!」


「間に合ってねーから気を失ったんじゃねーか!」


 ゴレイラの神妙な声に突っ込みを入れるピヴォ。

 いや、間に合ったよ。

 気を失ったのは落下中だもん。

 むしろ、眠っていたのが正解かもね。

 あー疲れた……って!


「聖獣は!」


「任せろって言ったろ? やっつけたよ」


 慌てて立ち上げるわたしを支え、ピヴォが得意そうに言う。


「あなたね、ムト様が神威しんいを吸収して弱体化したところを刺しただけでしょ? ちゃんと見てたんだからね?」


 アラン妹がすぐに突っ込む。

 ああ、なんかいいな、この感じ。


「ムト様、大丈夫ですか?」


 思わず笑ってしまったわたしにフィクソアが心配してくれる。


「大丈夫。そっか、つまりこれで、聖獣はみんな倒せたんだよね!」


「そうだな、なんか終わってみればあっけなかったな」


「あんたは! いい? ムト様が来てくれてなかったらこんなふうに笑ってないのよ? 聖都のみんなだって無事だったかどうか……」


 ピヴォの軽口かるくちにアランエスケルは不満そうだ。

 確かに、大変だったけど、みんな無事で、ソリアも結界を張らずに済んで、聖獣はみんな霧になって……あれ、なんだ? なにか引っかかってる?


「ゴレイラ、どうしました?」


 黙り込んでいるゴレイラにフィクソアが聞く。


「……ムト様、遠方をる力がありますよね? 北門の外、見られますか?」


 そうだ。わたしが帰る前ピヴォが言ったんだ。

 聖獣の甲羅で武器を創れないかって。

 南も、東も、そして西も、倒した聖獣の実体は残ってない。

 なんで、最初の黒い亀だけ残ってる?

 

 わたしは『ホルスの目』で北の草原をる。

 そこには確かに、甲羅が割れた巨大な黒い亀が残っている。

 倒した時のまま……じゃない?

 赤と青と白の粒子が空から降り積もるように、黒い聖獣の亡骸なきがらおおっている!


「フィクソア、ごめんもう一度飛んで!」


 わたしの必死な声に、当初の浮き輪サイズに縮小していた『ドウロン』を素早く最大化させるフィクソア。


「どうしたんだムト?」


「北の聖獣が復活する! 行ける人は乗って!」


 ピヴォの問いかけに『ドウロン』に飛び乗りながら、皆に伝える。

 三人はすぐに反応し乗り込む。

 同時にフィクソアが最大速度で北に向かう。


「みんな、北の聖獣が復活する! たぶん三方の聖獣の力を取り込んでる! 北に向かって!」


 『聖なる声』でみんなに、いや聖都全ての人に声を届ける。

 あれはこれまでの聖獣とは違う。


「ソリア、オリバー、ごめん、結界の準備をお願い」


 二人にだけ声を送る。


《ムトゥ、大丈夫だ、ちゃんと加減する。だから、いいか、ちゃんと帰ってくるです》


《アヤ、こっちは心配しないでね!》


「なんとか、早く倒すからね……ね、オリバー。ソリアが死なない程度に結界を張ったらさ、わたしが帰るのに必要な神威しんいってまるまでどのくらい?」


 わたしは自分の『思石しせき』をながめながら聞く。


《10年……といったところか、でもムトゥの『思石しせき』に存在する神威しんいがあれば大丈夫です》


「……了解です」


 わたしはすっかり透明になってしまった『思石しせき』を握りしめた。

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