第三十五話 ムト、真名を叫びます

「アヤ様!」


 水の気配、簡単に言うと湿気に満ちあふれた中、アランジレイトが駆け戻って来る。


「お疲れ様です! 最高でした!」


 わたしも飛びねて勝利をたたえる。

 

「アヤ様、西へ!」フィクソアがうながしてくる。


「そうだね、アランジレイトは親衛隊のみんなと聖都の中、幻獣が紛れ込んでいたら対応して!」


「俺も行きます!」


 その申し出はありがたいけど、あのね、あなた、ものすごく疲れた顔をしてるんだよ?


「みんな、昨日からずっと寝ずに戦ってるんでしょ? 少し休んで。でもフィクソアはゴメン。もうちょっと付き合って」


「私は状況確認だけでしたから、大丈夫です。アランジレイト、聖都内の安全確認と聖堂にいるシルジン王へ報告をしてください。南と東の聖獣は倒したと」


 少しだけ寂しそうにしたアラン兄だったけど、思い直したのか強くうなずいた。


「アヤ様、ご無事をお祈りします!」


 手を降り返し、アラン兄や親衛隊に見送られ、最後の決戦の地へ向かう。

 浮かび上がった『ドウロン』の上で『ホルスの目』を使い戦況せんきょうを確認する。


 西の幻獣は、白い狼。

 ピヴォは十分対応できてる。

 でも、もうどれだけ戦ってる?


「ねえフィクソア、みんなが戦い始めたのいつから?」


 アランジレイトの疲れた顔を思い浮かべる。


「昨日の夜に配置に付き、小競り合いが続いていました」


 わたしがゆっくり寝ている間、みんなは頑張っていたんだ。


「わたしがもっと早く来れば……」


「いえ、アヤ様、私たちはこのくらいで根を上げるような鍛え方していません。もう一日二日くらいなんともありません!」


 穏やかに笑うフィクソア。

 それが強がりの言葉だってことぐらいわかる。


 お父さんはたぶん徹夜で「お守り」を用意してくれた。

 みんな、全力でここまで頑張った。

 だからもう少しだ。

 ピヴォ、今行くよ。


 念の為、ソリアの状況を視る。

 二人はじっと『思石しせき』の前にいる。

 とりあえず現状報告だ。


「オリバー、ソリア、南と東の聖獣は倒した。後は西だけ。結界は張らせないからね」


《アヤ! お願い、無茶しないで!》


《アヤ……魔道具を解放したのか? 彼らは想いの本質を見極めたというのか?》


 この世界では『思石しせき』で魔法適正がわかってしまう。

 それで将来の道が決まるって言ってたっけ。

 それが全てだと思い込んで、それ以外の道を選べないのかもしれない。

 だからオリバーは魔道具に神威しんいで動く機能をつけた。

 確かに神威しんいを持つ人には使えるけど、本当の力を使えない。

 人の持つ可能性が無限にあるってことや、純粋に想う気持ちを信じられないから。


「オリバー、お父さんの魔道具が規格外なんだよ」


 わたしはそう言って笑いながら『聖なる声』を切る。

 でもわたしは、ずっと「お守り」を使ってきたからね。

 誰より、お父さんの魔道具を上手く使える、うまく使わせる自信があるよ。


 西の門を越える。

 そこには雪のような白い光景。

 幻獣、白狼の群れだった。


 外壁に近い場所で、ピヴォや親衛隊が一部の幻獣と戦ってる。

 何故、全ての幻獣で襲い掛かってこないんだろう?


「飛び込み、雷撃を行います!」


 フィクソアの声にうなずきで返す。

 遠くには巨大な白い虎。

 その手前、一面の白に向かう。

 白。

 白はなんだ?

 白は……神の力?


「フィクソア! 離れて!」


 嫌な予感に思わず叫ぶ。

 でも『ドウロン』は、ピヴォたちを越え、すでに敵地の直上だ。


 白い群れから一斉に白い光が放たれる。


「このぉ!」


 フィクソアも大気操作と放電で対抗する。

 わたしは『セイウチの心臓』を構える。


 凄まじい白い光に包まれた直後『ドウロン』が落下する。

 わたしは下方に向けて防壁をイメージする。

 金色の光が広がり、『ドウロン』はふわりと大地に降り立った。

 そしてその周囲は白い狼が埋め尽くす。

 威嚇いかくするでも、歯をくでもなく、真っ赤に染まった目をこちらに向けて、ゆっくりと近づいてくる。


「なんで、お願い飛んで!」


 フォクソアは、動かない『ドウロン』に対しパニックになってる。


 白が神威しんいだとするならば、神威しんいによって動く機能を持った魔道具はどうなる?

 これだけの群れが放つ神威しんいによって『ドウロン』は封じらた?

 どうすればいい?

 神威しんいによって動く機能なんかついてるから、こんなことに。

 そもそも、なんで試練の聖獣が、神の力を持ってるの?

 試練て一体なに?

 ムトゥ神って何?


「アヤ!!」


 白い包囲網の向こうから、かすかにピヴォの声が聞こえる。

 アヤってなんだっけ。

 ああ、そうか、こっちの世界の神様と同じ名前だからさ、その名前を出したらまずいって思ったんだ。


〝気を付けてな、ムト〟


 頭の中に、出かける時にかけられた、お父さんの声が聞こえる。

 ムト、夢叶。

 わたしの名前。

 操金宗一と操金亜由美の子供であるわたしに、オリバーが付けてくれた名前。

 そして、この世界の神の名前。


 その名前ならば、この世界の神の力を行使できる?

 ……それに、たぶんそれだけじゃない!!



「あやがねそういち、あやがねあゆみの長女、ムトが命じる! 二人に創られし子供たちよ、姉に従え! 幻獣よ、神の命を解きなさい!!」


 金と白の光がわたしの中から一気に広がる。

 神の名を持ち、両親の魔道具を誰よりもうまく使えるわたしが放った光で、周囲にいた白狼は白い霧になって消えて行く。


「ああ『ドウロン』動きます!」


 ふわりと軽々と浮き上がる『ドウロン』はそのまま、外壁方向、ピヴォの元へ。


「あ、アヤ?」


 黒い剣をだらりと持ったまま、いきなり消え去った白い幻獣に戸惑いながら、それでも『ドウロン』にけてくるピヴォ。


「お待たせ! 後はあの聖獣だけだよ!」


 『ドウロン』に飛び乗ったピヴォの両肩をしっかりとつかみながら言う。


「ていうか、お前、アヤ、なのか?」


「へ? なに、へん?」


「いや、なんつーか、アヤじゃないみたいだ」


 まあ、ムトだからね。


「わたしのことはいいから、今は聖獣を倒そう!」


「お、おう! そうだな」


 機能を解放しようと『両手剣ペンタグラム』に触れ違和感に気付く。

 あれ、これってどういうこと?


「ね、ピヴォ、これってどうやって使ってた? 神威しんいで使ってる感じじゃないんだけど」


「なんだそれ、あん時お前に貸してから、神威しんいなんか使ってないぞ?」


「あん時?」


「訓練室でお前が演舞えんぶしただろ? あれからこいつは俺の思い通りだぞ? だから黒い亀の時もお前の声が良く聴こえた。これってお前の親父さんが創ったモンだろ? お前がうまく使えるのは、悔しいけどさ、でも」


 ピヴォはニヤリと笑いわたしから離れ、『ドウロン』から飛び降りる。


「だいぶわかったよ。護りたい、護るために俺は、アイツを倒す! 任せろよ!」


 ピヴォは『ペンタグラム』を頭上でくるりと回す。

 まるで羽毛の様に重さを感じさせない動きだった。


「黒の力、重さを支配する。なら、こんなことも出来る」


 かかげた黒い剣の周囲が金色に染まると、ピヴォが浮き上がる。

 重量をゼロどころか、マイナスにする?


「ま、さっきの、アヤ……ムト? の声で気付いたんだけどな」


「ピヴォ」


 わたしは拳を突き出す。

 彼は浮き上がりながら、わたしの拳に軽く触れ、聖獣を見据みすえる。


「じゃ、お前が安心して帰れるように、片付けてくる」


 そう言ったピヴォは、『ドウロン』より速い速度で聖獣に向かって飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る