センスと筋肉痛。


「あいたたた……」


 いつも通りの放課後、先輩の部屋で腰を下ろそうとした瞬間にふと、そんな小声が漏れた。


「どうしたの? 腰でも痛めた?」

「あ、いえ……球技大会の練習でちょっと筋肉痛に」


 お恥ずかしながら、私はとりわけ球技が……というより運動全般が苦手だった。

 筋力ないし、足も遅いし……球技にいたっては絶望的にセンスがなかった。

 バスケをすればドリブルでボールを蹴っ飛ばし、テニスはラケットにボールが当たった記憶がない。ソフトボールなんか、飛んでくるボールが怖すぎて永遠に避けてる始末だった。


 まさに絵に書いたような運動オンチな上、ここ最近はこの部屋に入り浸っているせいで運動する機会すらめっきりなくなってしまっていた。


「そっか。そういえばもうすぐか、球技大会アレ

「そうなんですよ〜! まったく! こないだ体育祭したばっかりでなんですぐまた球技大会なんですか!? もっとこう、他にあるじゃないですか。カルタ大会とか、陶芸教室とか……」

「マラソン大会とか?」

「それじゃ同じじゃないですかぁ。私は運動着に着替えるのもイヤなんです! そもそも寒い中わざわざ外出なくて良くないですか!?」

「うーん、コタツで丸まる猫もアレ同じこと言ってるんだろうなぁ」


 そんな私は、せいぜい延々と文句を垂れ流すことしかできなかった。


「しかもウチのクラス、運動部の子多くてみんなやる気になってるんですよね〜。私みたいな運動オンチは肩身が狭いです……」

「あー、言われてみれば運動会も強かったよね」

「はい。この私を擁しながらアレだったので、相当強いハズです」

「君を擁しながら、ね……」


 そんな先輩の言葉から、ふとその日の光景を思い出した。


「そういえば先輩は体育祭でも目立ってましたよね」

「そうかな?」

「そうですよ! 私のクラスでもスゴかったんですからね? 『先輩カッコイイ〜』って」

「へー、そうなんだ」

「なんでそんなに無関心なんですか……」


 先輩は相変わらず自分の話にはあまり興味を示さないけれど、その姿は今でも私のまぶたに焼き付いていた。


「ホント羨ましいな〜、先輩は何でもできて。あ、もしかして昔何かスポーツやってたんですか?」

「いや、別に」

「えー、ホントですかぁ? 走るフォームなんかすっごいキレーだったじゃないですか」

「うん。あれはただのセンス」

「そんな元も子もないこと言わないでくださいよ……」


 確かに先輩が自分から運動したり勉強しているところは見たことがない。何をやってもスゴいのに、先輩はそれ全てがセンスとか才能のおかげだっておどける。

 確かに私から見れば色んな才能に恵まれた人だと思う。けど、だけどさ……


「センスだけじゃないと思うんだけどなぁ……」


 うっかりその声が漏れ出てしまったことを、私は瞬時に悔いた。


「あっ、や! ごめんなさい! 今のはそーゆー意味じゃなくて……」


 恐る恐る覗いた先輩の顔は、いたずらっぽく笑っていた。


「なぁに? 君はわたしにはセンスがないって言いたいのかな〜?」

「だから違うんですってぇ……そうじゃなくてぇぇぇ」


 余計なことをつぶやいたことを激しく後悔する私を慰めるように、先輩の温かい手が優しく頭を撫でた。


「もししてたとしてもさ、苦手なんだわたし。人前で努力するの」


 その手のひらは優しく私に触れていたけれど、自分の表情が私から見えないよう必死に覆い隠しているようにも思えた。


「わたしが意識してなくても勝手に他人と比べられて、それが結果と比例してないと気が済まない人もいる。自分のための時間だったはずなのに、いつの間にか誰のためにやってるのか分かんなくなっちゃって。それが嫌で、部活も結局辞めちゃった」


 表情は見えなくても、その声のトーンで先輩あなたが今どんな心境かくらい、私にはもう想像できるのに。


「……やっぱり、部活やってたんですね」

「まあ、中学の時ね。クラスの子から誘われて、ちょっとだけ」

「何してたんですか? バレー? サッカー?」

「バスケかな。その時からわたし、割と背高かったから」


 私はこんなんだから運動部に入ったことは一度もないけど、きっとそれが先輩にとってあんまりいい思い出じゃなかったんだろうってことは分かる。分かるけど……


「でもちょっと残念です。私も先輩がバスケしてるとこ見てみたかったなぁ。ドリブルとかシュートとか私と違って絶対カッコイイもん」


 けどもし、先輩が積み上げてきた時間ものが報われもせず仕舞われたままなら、それはちょっと勿体ないなぁって。


「…………じゃあさ、見においでよ、球技大会。私バスケ出るから」

「え、良いんですか?」

「もちろんだよ。まあでも、ブランクあるからもうそんなに上手くないかもだけど」

「行きます! 絶対見に行きます! はぁ〜〜、これでちょっとだけ憂鬱が晴れました」


 ほっと息を吐く私の顔を見つめながら、先輩はふいと口角を緩めた。


「その代わりにさ、わたしも見に行っていい? 君の試合」

「えっ……!?」


 その瞬間、自分でも頭の上から血の気が引いていくのがわかった。


「ダっ、ダメです! ダメダメ! ダメに決まってるじゃないですかぁ!」

「どうして〜? わたしも見に行きたいじゃん。君の活躍」

「だから活躍なんてできないんですってばぁ! どうせ無様に振り回されるだけなんですから……」


 私がどれだけ嫌な顔を見せても、先輩はニコニコと敵意のない笑顔でこちらを覗いていた。


「いいじゃん別に。何ができても、できなくても、わたしは今ここにいる君が好きだよ」


 いつも不意にそんなことを言われるから、私は責める気にもなれなくて。


「もう……私、本当にヘタクソなんですよ?」

「いいよ。何でもできちゃうよりそっちのほうが、きっと」


 ここではいつも、先輩はありのままの自分でいてくれる。だから私も、せめてこの人が見てる時くらいは飾らない自分でいたいなって……そう思えた。


「それに、苦手な運動でオロオロしてるとこもちょっと見てみたいしね」

「もーーっ!! 先輩っ!!!」



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【不定期更新創作百合】先輩と私。 水研 歩澄 @mizutogishiro

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