数日のお休み中に


 次の日から僕は学校をしばらく休み、オンラインで授業、という日が続いた。雪春に頼んで課題の問題集を持ち帰ってもらったり、持っていってもらったりして。なんだかパシらせているみたいだけど雪春は気にしないでいい、と言ってくれた。ありがたいな。


 本当に雲林院の家のみんなは優しい。仕えているひとたちもしきりに僕のこと気にかけてくれる。執事長や侍女長をはじめ、侍女のお姉さんたちは特に僕を気にして部屋の掃除もさせてくれない。義母さんが残業の日は必ず誰かが一緒にお風呂入って僕を洗う。


 怪我の具合を義母さんに報告する為だろうけど、そんなの抜きにしてみんなあったかいし、僕を大切にしてくれる。それをお義理だとか考えるひねくれた僕はもういない。


 素直に好意を受け取っている。


 そんなある日のこと、昼休み時間に雪夏が一本の動画をメールに添付して送ってきた。開けてみると学校のレストランらしき場所で藍継が警察に逮捕される衝撃映像だった。雪夏はこっそり、だと思うけど、他の学生は大っぴらに撮影しまくっているその動画。


 罪状は暴行と監禁。そして抵抗しようとしたことで公務執行妨害。藍継は自分は名家の義娘だとか喚き散らしていたけど、他の名家出身者たちが一緒にするな、と抗議の声をあげているのも音声が入っている。雪夏のメール本文に目を通すとさらなる衝撃。


 なんでも雪夏が盗撮した動画を天星に頼んで学校中の知りあいにばらまかせたらしい。雪夏のメールによると天星は噂話とその真相を広げる天才。だから、顔が広い。


 よっぽどの鉄面皮でない限りもう藍継がまともに学校へ来ることもできない筈。これにて復讐も終了かな、と思った僕だけどまだまだ全然甘かったのだと言える。義母さんはマジであの女を少年院にでも送るつもりなのか、藍継の当主にも話を通したとのこと。


 世間体を気にするなら今すぐ養子縁組を解消してしまう方がいい、とおすすめして差しあげた。家から、養子といえど犯罪者がでたとあっては家名に傷だから、と。


 えと、そこまでするかな、普通。学校という社会で恥をかかせた挙句、家からも追放させるとか、さ。ちょいといきすぎじゃないかな、と一瞬だけ思ったけどすぐに同情は消えていった。あんなクズに情けかけたせいで先んじてみんなに心配かけたんだものね。


 学習しないと僕こそバカだ。そうして、雪夏のメールを読んでいると雪春からメールが来た。内容は、といえば今日の午前中にあった英語の授業であの女が日本童話の課題をやっていなかったことでリアン先生が本格的にキレてみんなの前で叱りつけたらしい。


 そして、藍継に理解できないと知っていてわざと英語で「この劣等生見本!」のようなことを言ったようで、過激だな、と僕は思った。逆にクラスの他生徒たちがみんながきちんと先生の意図を汲み、やってきたことを評価して、今回は宿題なしと言って授業終了。


 ただし、やってこなかった藍継には先週のと同時提出で追加罰則の宿題を課した。そのことをレストランで愚痴っていた藍継を警察が逮捕した、と。雪夏と雪春のメール内容を確認するにそういうことか。同じ卓を囲っていた取り巻きはドン引きしただろうな。


 後ろ盾用か、もしくは媚びているだけか知れないながらも一応崇拝していた体の相手が突然警察に連れていかれた、などというのは。まあ、同情はしませんがね、もう。


 とか、僕が思っているとスマホが音楽を奏でて電話ですよ、してきたのででる。


「やはー、杏ちゃん」


「雪夏? お昼食べたの?」


「今から食べるところ~。藍継の盗撮するのにレストランで張っていたもんでさ」


「そう、なんだ。動画ありがとう。お陰でちょっとすっきりしたよ。でも、ばらまくのはどうかと思うんだけど、僕。警察に逮捕されただけで充分赤っ恥ってか、醜聞だし」


「いいんだよ。ああいうのは社会的に抹殺しておくべきだからさ。今まで積みあげてきたありもしない富も名声も地位も名誉もなにもかも奪ってこその復讐だよ、杏ちゃん」


 なんか、何気に怖いこと言うよな、雪夏。


 いや、いまさら庇い立てしようとか思わないけど。僕だってバカじゃない。目には目を歯には歯を。惨さには凄惨な復讐を、と望むのは僕の権利だ。あの時は怖かった。


 本当に本当に怖かった。だから藍継が警察に尋問される恐怖を歓迎する。同じような目に遭え、と思わないわけじゃないけど。それだと僕も同類になる。だから別方法で復讐するという兄弟の提案に乗る。学校から、家から追いだす。じゃなきゃ気が済まない。


 主に、義母さんや兄弟の気が済まない。


「母さんからもメール来たよ、さっき。明日から登校してもいいんじゃないかって」


「ホント?」


「……本当に嬉しそうだよね、杏ちゃん。そんなにこの学校の授業が楽しいかい?」


「うん。楽しいよっ」


「ああ、そう。うん。別にいいけどさ」


 なんか微妙な、濁し気味の応答があったけど別にいい、と言われたので僕は少し浮かれ調子になる。雪夏は電話の向こうで僕のウキウキにげっそりした様子でいるが放置。


 雪夏はあの高校の授業内容とかに不平不満があるようだけど僕は一切ないので意見が食い違って当然だものね。それに僕は僕の価値観をひとに無理強いすることはしない。


 僕がいやだからしない。できるようでできない、とよくひとは言う。人間は自己中にできているものだから、と。価値観の押しつけあいで戦争すら起こすと云われている。


 恐ろしいことに。そして、だからこそ僕は自重して僕の価値観を自分の中だけに留めておく。間違ってもひとに押しつけたり、押しつけられたりしたくない。心から願う。


「んじゃ、またあとでね~」


「うん。できるだけサボらないようにね」


「……しょうがないなー。杏ちゃんに言われたんじゃ、ね。昼からのはでるよ」


「? うん。まあ、頑張って」


 それだけ言って僕は通話を切る。そして、昼休憩を終えたあとの授業準備をする。


 対面じゃないオンラインでも正式な授業だからね。きちんと整えますよ。うん。


 そして、昼からの授業も無事に終えて僕は家族が帰ってくるのを待ってお風呂へ入ったり、夕食とったりして明日からの授業準備をして早々に眠った。義母さん情報では警察が現在進行形で藍継を絞っているらしい。他にも虐めをやっていた告発があったそうで。


 僕のをきっかけに告発したんだろうな。とかなんとか雪夏は言っていた。今まで名家の後ろ盾に守られていて泣き寝入りするしかなかったのが法律を犯したことである意味爆発したとしたならもうあの藍継家当主も見放すしかなくなるだろう。それとも庇うか?


 躾もいき届いていないような養女を?


 庇うのか、見放すのか。世間の注目点だけど僕はさほど、というか全然興味ない。それよりは明日からの授業が楽しみでならない。十日ぶりの学校だ。そこでなにを言われるかとかは正直怖いけど、でも大丈夫。僕にはもう、家族がいるから。いてくれるから。


「母さん、僕、大丈夫みたい」


 薄暗がりの中、ぼそっと零す。


 天国にいてまだ僕を心配し、見守ってくれているであろう母さんへの報告。「大丈夫みたい」、はまだこの世で生きるのに不安があるからでてきた言葉なのは予想範囲内。


 母さんがいない、色褪せたこの世に思い出がまだ少ないからでてくる言葉だった。


 ちょっと前までの僕ならこの世に価値なんてないと言い切っていただろうから明らかな好転に違いない。まだ少し戸惑いは隠せないけど受け入れていこうと思っている。


 そうしないと一生前に進めない。


 そして、天国の母さんにも、今ここで僕を想っていてくれる義母さんにも心配をかけてしまう。充分すぎるくらいもらっている。母さんにも、義母さんにも。僕は惜しみない愛情をかけてもらっている。ふと、気を抜くと泣きだしてしまいそうだ。ホント……。


 母さんの惨い死がようやく報われる。報ってもらえるんだ、と思うとこれまた泣きそうだ。できることならあの当時の事故まで遡ってあのクソ親父を裁いてほしいと願う。


 もしも、できなくてもいい。僕は僕をもう脅かされなければそれだけでいい。


 それだけ考えて僕は眠りについた。


 翌日の朝は気持ちよく目覚められたし、久しぶりの学校で僕は嬉しくてならない。


 今朝は和食で僕はまだもうちょっとお魚は早いってので玉子焼きをどっさり、でも適量でつけられた。朝から味のしみた煮物までつくってのはとても贅沢だと思うな、僕。


 みんなで朝ご飯して、支度して兄弟とでる頃にはもう義母さんはでていた。雪夏曰くああ見えて医師界では有名なひとだから忙しい、とのことだが、は余計だ。


 秋兄から突っ込みが入り、兄弟が家をでていく。またいろいろあったけど僕の幸福はまだはじまったばかりで波乱があっても乗り越えていけると信じて僕もあとを追った。


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笑って杏ちゃん! 神無(シンム) @shinmu0720

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