義母さんの提案に乗り気な僕。そんな変?


「怖かった。怖かっ、たよ、義母さん……っあの、あのまま雪春たちが通りがかってくれなかったら僕、またあの地獄を味わうんじゃないかって、繰り返すんじゃって」


「……っ。そうか、そうだな。だが、私たちは杏があまり遅くなるようなら学校に連絡入れて隅々まで探させるつもりでいたから、だからもう大丈夫。泣かないでくれ、杏」


「ごめ、んな、さい。でも、本当に怖くて」


「謝るな。杏は悪くない。それに頭の傷も開いたんじゃないのか? 血のにおいが」


「う、うん。藍継に後ろからプラバットで思いっ切り殴られたから。多分、それで」


「クソっ、私の義娘によくもっ!」


 僕の報告に義母さんは怒りをあらわに吠えてもう一度僕を思いっ切りぎゅっとしてくれた。あったかい。ひとの温度がこんなに安心できるなんて驚きの新発見だと思った。


 義母さんが僕をあやしてくれている間に春日が通報した警察官が到着し、雪夏と雪春が僕のことと犯人である藍継の養女について話していく。警察官ふたりは相手が名家の義娘だと聞いてたじろいでいたが、雪夏が寄越してきた物証だという手錠を預かる。


 雪夏の言葉を聞くに、多分あのアホのことだから手袋とかの用心していないし指紋がべったり検出される筈だ。と言って今のうちに藍継の机に残っている指紋採取してくれ、と要望をだし、教室への案内は雪春とリアン先生が名乗りでた。ふたり、怖い顔だ。


 雪春は悪鬼羅刹、との表現が似合いそうな真っ黒いオーラを噴出させ、リアン先生は不快感をおおっぴらに表出させている。一生徒、とはいえこんな監禁するような真似した藍継に怒りがふたり共沸騰中ってところかな? 不謹慎だけど、僕はそれが嬉しい。


 心配してくれる家族や先生がいるっていうのはとても、とても嬉しいものなんだ。


 そんな普通なら知っていて当然のを僕は知らずに生きてきたから新鮮だ。


「あのひとの席、他人は寄りつかなかったし、彼女の指紋以外でることないと思いますので今のうちにでもお願いします。僕らの家族を、大切なひとをこんな目に遭わせた」


「到底許せマせーん。わたーし、教頭先生と校長先生にモご連絡しておキまースね」


 雪春とリアン先生の気迫に圧されて警察官たちはすぐ鑑識の人間を無線で応援に呼んで保健室をでていった。四人分の足音が遠ざかっていく。だいぶ落ち着いた僕は義母さんにもう大丈夫、と言って放してもらい、いまだ痛みを訴える後頭部を触ってみる。


 あの日、クソ親父に花瓶で割られた頭の傷が少し開いたようで僕の手にちょっと、血がついた。見ていた保健の先生は僕の後頭部も消毒して薬を塗ってくれ、軽く包帯を巻いてくれる。義母さんはその間ずっとあの女の悪態をついている。秋兄も不機嫌そうだ。


「二度と鏡を見られない顔にしてやって、でも到底足りない! アレも裁判送りに」


「母上、落ち着いてください。申し訳ありません。やはりすぐにでもご報告を」


「いいさ。杏がやめてくれと言ったんだ。そのことで秋を責めるわけないだろ」


「ですが、まさか嫌がらせどころかこんな惨い報復を企てるとは夢にも思わず」


 そう、嫌がらせ云々じゃない。立派な犯罪の域に足突っ込んできた藍継の性根はもとから腐っていると思う。たしかに僕、殺意にいかないまでのナニカが来ればみんな捜査しやすい、とは思ったけどまさかそれこそ暴行監禁されるなんて思ってもみなかった。


 けど、義母さんの二度と鏡を見られない顔ってのはちょっと見てみたいかも。


 なにをどうするつもりなんだろう? 僕はそんなくだらないことを考えつつ、保健の先生が寄越してくれたちっこい氷嚢で藍継に蹴られて腫れている頬を冷やす。


 口内につける薬は置いてないらしく、僕の口の中には血が少しずつ溜まっていくのでポケットティッシュに時々溜まった血を吐きだす。結構盛大に切れていたっぽい。


 よく見ると制服のシャツにも血が結構量零れ落ちていた。うわあ、台無しだ。


 僕が手持ちのティッシュを使い切って困っていると春日が新品を差しだしてくれた。ってかさ、助けてくれたのに春日、って不慣れ感満載で呼ぶのは不義理だよね。多分?


「ありがと、天星」


「あり? 名前呼びに昇格だ。じゃあこっちも杏ちゃんって呼んでいいかな?」


「ん。いいよ。恩人だし」


 僕と天星の会話に雪夏がぶーぶー言うかと思ったけど全然そんな気配なく、おとなしくしているのでなんだか落ち着かない。こう言うとなんだけど、雪夏がおとなしいなんて今までからして異質とすら思える。が、その思考は読まれたらしく雪夏が拗ねる。


「俺だって空気読むやい、杏ちゃん」


「ご、ごめんっ」


「いいよーだ。杏ちゃんが今晩添い寝」


 雪夏のおバカ発言は最後まで続かない。即義母さんと秋兄から制裁がくだり、舌でも噛んだのか口を押えて悶えている。特に秋兄のは竹刀での一撃だった。義母さんは得意のハリセンだからそこまでじゃない。でも、秋兄の一撃は超威力で、背後から打った面。


 相当痛かったのか、雪夏は涙目だ。なのに、義母さんも秋兄も当然の報いだ、とばかり無視した。いや、以上に秋兄は僕の頭を優しく撫でてくれて義母さんはまた僕を抱きしめてくる。あの、ちょっとどころかかなり雪夏の扱いひどすぎじゃないでしょうか?


 などなどやっているうちに警察官を連れた雪春が帰ってきた。採取した指紋はすぐにでも鑑定にかけられるらしい。リアン先生は宣言通り教頭と校長に緊急連絡をしに職員室へ向かったとのことだった。え、っとじゃあ僕はこれからどうすればいいのだろうか?


 あの女と同じ空間に再び登校するのはすごくいやだ。だけど、これで不登校になっても僕が授業に遅れるし、それはそれでいやだ。という我儘っぷりに嫌気が差すね。


「杏はしばらく学校お休み、な?」


「え、だって授業……」


「オンラインを頼むよ。体の弱いコはそうして授業受けて試験の日だけ登校する」


 義母さんの提案に僕は納得して頷く。見ていた天星と雪夏は微妙な顔だ。なに?


 とか思っていると雪夏が心底不思議そうに僕にとっての当たり前を疑問にして吐きだしてきた。どうやら彼からしてかなりおかしなことだったようで、首傾げられている。


「杏ちゃん、なしてこんな時なのに授業の心配すんの? 休めるんだよ。公然と」


「え? だって、遅れただけ損するじゃないか、僕の人生。こんな楽しいのに」


「……。わかった。杏ちゃん実は変態っしょ? この学校の授業が楽しいとかさ」


「え? 普通だと思うけど」


「雪夏、不真面目なお前と杏を比べるな」


 僕が困惑して雪夏に普通だと思う、と主張したが雪夏の目は確実に変なひと見る目になっていく。あれ? 僕そんなおかしなこと言ったの、と考えていると秋兄が突っ込み入れてくれた。雪夏にお前と僕を比べるな、と。……僕、別に勤勉でもないつもりけど?


 そこまでまじめないいコちゃんでもないつもりなんだけど、言わないでおく。


 じゃないと今度こそ僕、モノホンの変態さんだと思われちゃう。それは勘弁だよ。


「もしもし? ああ、手をかけさせるが超特急で調べてくれ。私の義娘が被害に遭ってな……ああ、そうとも。絶対に特定してお縄にしてくれ。学生だろうと、な」


 僕が僕って変なのかな? と思って考えていると義母さんのスマホが軽快な音楽を奏でて義母さんが応答する。話を小耳にはさむに警察関係者。それも上層部の誰かだ。


 義母さんはお縄に、逮捕してくれ、と言っている。学生だろうと関係ないからと。


 それからも話は進んでいき、明日にでもあの女が登校した瞬間、家宅捜索するようにとを義母さんがしている。ええ、なに? 警察上層部に知りあいですか?


「母上と同じところで学んだひとだが今は警視総監だと聞いている。彼だろう」


 僕が義母さんのコネ、というか関係者にちょっと驚いていると秋兄が教えてくれた。誰なのか、を。聞いて僕はもう一度驚く。警視総監ってかなり偉いひとじゃんか。


 そんなひとと同じ学校ってどういうこと? 警察官の中でもエリート、出世街道いっているひと顎で使えるっていうか頼み事できる義母さんやっぱり最強だ、雲林院で。


 僕が義母さんの人脈にぽかんとしていると険しい顔で話し終えた義母さんが僕に笑顔を見せて手を差しだしてくる。「帰ろうか?」という合図。僕はまた涙腺が緩む。


 そうだ。僕にはもう帰る家があるんだ。僕が帰らなかったら心配してくれるひともいるんだ。こんなにたくさん、いる。最後、雪春は口の軽そうな天星に他言無用、と言っている。ん。まあ、勘づかれても大丈夫なんだろうけど、一応念の為だろ。


 こうして僕の波乱万丈が更新された日、車で帰った僕は蒸し布巾をもらって体を拭くに留めて口の傷に響かないように味つけ薄めの食事をとって早めに就寝するよう義母さんの絶対命令で食後少しだけオンライン授業の準備をさせてもらい、休むことにした。


 添い寝したげる~と言う雪夏に秋兄の拳骨が落ちたのはもう、お約束だった。


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